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私が倒れたら、母の暮らしが止まる。在宅介護で痛感したこと


介護をしていると、つい自分のことは後回しになります。

母のことが先。
ごはんのこと、排泄のこと、薬のこと、通院のこと。
気がつけば一日じゅう、母を中心に動いていて、自分のことはあと回しです。

少しくらいしんどくても、
少しくらい寝不足でも、
少しくらい腰が痛くても、
「今日を回さないと」
という気持ちで、なんとかやってしまう。

たぶん、介護をしている人はみんな、そんなふうに無理を重ねがちなのではないかなと思います。

私もそうです。

でも、ある時ふと、怖くなりました。
もし私が倒れたら、どうなるんだろう。

母の生活は、その瞬間に止まってしまうんじゃないだろうか。
そう思ったのです。


私が元気でいることが、前提になっている

在宅介護は、家で過ごせるあたたかさがあるぶん、介護する人が動けることを前提に成り立っているところがあります。

朝になれば起こして、食事を出して、薬を飲ませて。
着替えを手伝って、汚れたものを片づけて、必要があれば受診の段取りもする。

その一つひとつは、やってしまえば日常です。
でも、本当は、その「日常」を回している人が動けなくなったら、たちまち困ることばかりなんですよね。

私が熱を出したらどうする。
私がぎっくり腰になったらどうする。
私が寝込んだら、母の食事は、排泄は、薬はどうなるのだろう。

そう考えた時、介護者が無理をすることは、自分だけの問題ではないのだと気づきました。当たり前のことなのに今まで真面目に考えてこなかったです。


「私がやらなきゃ」が、自分を追い込んでいく

介護をしていると、自然と「私がやらなきゃ」が強くなります。

誰かに簡単に頼めないこともあります。
頼みにくい気持ちもあります。
家族だからこそ、自分がやるしかないと思ってしまうこともあります。

そうしているうちに、

休んではいけない。
寝込んではいけない。
弱音を吐いてはいけない。
私がしっかりしないと。

そんなふうに、自分で自分を追い込んでしまう。
でも、介護って、気合いだけで続けられるものではないんですよね。

介護者も生身の人間です。
その時その時は何とかできても、無理を重ねれば、いつかどこかでひずみが出る。
体もそうだし、心もそうです。

朝起きるのがしんどい。
ちょっとしたことでイライラする。
何もしていないのに涙が出る。
もう何も考えたくない。

そうなってからでは遅いのかもしれません。


倒れないことも、介護のうちなんだと思う

昔の私は、どこかで
「私さえ頑張れば」
と思っていたところがありました。

でも今は、それだけでは続かないとわかります。
介護は短距離走ではなくて、終わりの見えにくい毎日です。
だからこそ、頑張ることより、続けられる形にしていくことのほうが大事なんですよね。

全部を一人で抱え込まないこと。
少しでも外の手を借りること。
もしもの時を考えておくこと。
自分の受診や睡眠を後回しにしすぎないこと。

そういうことは、決して自分に甘いわけではなくて、
むしろ介護を続けるために必要なことなのだと思うようになりました。

介護者が休むことは、さぼることではない。
介護者が元気でいることも、ちゃんと介護の一部なんですよね。


私がつぶれたら、母も困る

自分のことを大事にする、という言葉は、介護の中ではどこか後ろめたく感じる時があります。

でも、今は思います。

自分の体を守ることは、母の暮らしを守ることでもあるのだと。

私が倒れたら、母が困る。
私の心がすり減りきったら、母に向ける言葉まで荒れてしまうかもしれない。
私が余裕をなくしたら、家の空気そのものが張りつめてしまうかもしれない。

そう思うと、介護者の不調は、そのまま暮らし全体の不安定さにつながってしまうのだと思います。

だからこそ、無理をしないこと。
助けを前提に考えること。
休める時に休むこと。
それは自分のためだけではなく、母のためでもあるのだと感じています。


ほんの少しでも「もしも」に備えておく

大げさな準備でなくてもいいのだと思います。

たとえば、

もし自分が動けなくなったら誰に連絡するか考えておく。
ケアマネさんに、いざという時の相談をしておく。
使えるサービスを把握しておく。
自分の不調を「このくらい大丈夫」で流しすぎない。
食事と睡眠だけは、最低限守るようにする。

どれも当たり前のことのようでいて、介護をしているとつい後回しになることばかりです。
でも、そういう小さな備えが、いざという時には大きいのだと思います。

以前、体が鉛のようになってもう一歩も動けない日がありまして、
キッチンで片付けが終わってその場に座り込んで横になった事がありました。
そこに息子が帰ってきて体を揺らして名前を呼ぶので返事をしたら、大丈夫?、うん大丈夫、ちょっと疲れちゃってと言ったら、びっくりするじゃないか、紛らわしい所で寝るなよ。ソファーで寝なよと(笑)
冷静に考えたら倒れてると思ったんでしょうね。
そんな日もありました。

介護は、母のためだけに回しているようでいて、実際には介護者の健康の上に乗っている部分がとても大きい。
だから、介護する側が倒れない工夫は、もっと大事にしていい。
私は本当にそう思います。


おわりに

介護者の私が倒れたら、母の生活が止まる。
この言葉は少し重たいけれど、在宅介護の現実をよく表している気がします。

だから私は、自分のことを後回しにしすぎないようにしたいと思っています。
完璧にはできなくても、無理を重ねて共倒れになるより、少し手を抜きながらでも続けられる形を選びたい。

介護は、気持ちだけでは続きません。
体も、心も、暮らしも守りながら続けていくものなのだと思います。

母の生活を止めないために。
そして、私自身がつぶれてしまわないために。

先月、健康診断に行ってきました。
元々、心臓と腎臓、血圧には問題はあるのですが、なんとか寝込まず、ひどくならないように。
食事療法でひとまず、痩せましょう💦
と言われ……。
ハイ肝に銘じますと行って帰ってきました。

これからも、「頑張りすぎない工夫」を探しながら、介護を続けていきたいと思います。



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