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遥かなる星の国 vol.2〜半世紀前のシンガポールに住んでいた〜⭐︎シンガポールアパート事情


11階建2LD+K
 母と私が父の待つシンガポールのチャンギ空港に到着したのは45年前の9月だった。着いたのは夜で、ホテルに一晩泊まって翌朝、これから3年間暮らす家に向かった。

 海外駐在員が赴任先で住む家。と聞くと、どんな家が想像されるだろう。街の中心部にあるオートロック式でコンシェルジュがいる高層マンション? いや、ここはやっぱり白亜の瀟洒なコロニアル風の戸建か。広い芝生の庭にプールなんかがあったりして。

 確かにそんな家に住んでいる日本人もいた。大概が大企業の役付き社員だった。そういう家には、運転手付きの車があって、アマさんといわれるマレーシア人の女中さんがいた。

 私の父はいわゆるホワイトカラーではなくて、重工業の現場で仕事をするブルーカラーに属していた。シンガポールでも現場で現地の人たちに技術を教えるのが仕事だった。だからという訳でもないのだろうが、いや、やっぱりそういう訳だったのかな、私たちが住んだのは、その頃郊外にいくつも建っていたフラットと呼ばれる11階建のアパートだった。

 高層マンションか、やっぱり、いいところに住んでたんじゃないか、と思われるかもしれない。
 

 確かにそうだ。2LD+K、エレベーター付き(11階建なのだから当然か)。部屋はそれぞれが広くて中学生が縄跳びが出来るほど天井も高い。どの部屋にもクーラーが付いている。確かに聞いただけなら、なかなかの好待遇である。私たちの家は9階の端だった。丈夫そうなドアの前にもうひとつ、金属製の格子ドアが付いていて、それにも鍵が付いていた。

直角じゃない壁と床
 ドアを開けると日本とは違って、靴のままで入る。それは予想していた。ドアの向こうは靴脱ぎスペースとか上りかまちとかはなく、いきなり部屋になる。それも予想はしていた。しかし、床が全面コンクリートだとは思わなかった。そうか、フローリングとかタイルとかじゃないんだと、ちょっとびっくりした。

 さすがに寝室の床はコンクリートの上にカーペットが貼ってあって、部屋らしくなっていたのでホッとする。家具(ベッドとか勉強机とか洋服タンスとか)や最低限の家電(冷蔵庫とか洗濯機とか)も会社が揃えてくれていたので、とりあえずの不自由はなかった。

 しかし、床がコンクリートのままと言うのはあまりにあまりだということで、フロアシートを貼って靴を脱いで上がれるようにした。タイル風の格子柄のシートを買ってきてカッターで切って貼るのだが、なぜか角が合わない。壁際に細い三角形の隙間が出来る。格子柄の線に沿って切ったし、シートが曲がっているとは考えにくい。

 そこで気が付いた。角が直角じゃないのだ。壁と壁が(たぶん床も)垂直になっていない。よく見ると壁の表面もボコボコだ。ぱっと見には分からないが、横から光が当たると大きく不規則に波打っているのが分かる。この家にいる間、私はよくテーブルを壁に寄せてピンポンの壁打ちをして遊んだが、球の跳ね返りがとても変則的でなかなか面白かった。
 

 アパートは2棟ずつが並行にならび、その真ん中にエレベータータワーが立っている。玄関ドアから通路を通ってエレベーターホールまで行くが、その通路のコンクリートの手摺りは外側に大きくうねっていた。父からは通路を歩くときはできる限り手摺りから離れて歩くように言われた。

 他にも、ここに書ききれないほどにツッコミどころが満載の新居だったが、それはまた改めて触れることにする。

人種のるつぼアパート
 今から45年前のシンガポールは、マレーシア連邦から分離独立して10年ほどで、現首相のリーシェンロン氏のお父さん、リークアンユー初代首相のもと、近代化に向けて、イケイケドンドンの真っ最中だった。            

 市街地に次々と建設されていく高層ビルや広い道路。郊外に点在していたカンポンと呼ばれるマレーの村がどんどん取り壊され、跡地には日本を含む海外諸国から誘致した企業の工場とそこで働く人たちの住む高層のアパート群が建設された。カンポンに住んでいた人たちはそのアパートの1階部分に入った。

 私たち家族が住んだのはそういうアパートのなかのひとつだったようで、なかなかの急場ごしらえだったのだろう。後に聞いたがずいぶん前に取り壊されたそうだ。シンガポール政府としては、イケイケだった頃の若気の至り、消したい過去の遺産だったかもしれない。

 シンガポールは人種のるつぼと言われているけれど、そのアパートはまさにその縮図だった。マレーシア人、中華系、インド系、それから私たち日本人、その他、諸々。

 ガイドブックに載ってない、もうひとつのシンガポールの顔を見られたのはここに住んだお陰だと今は思う。(続く)

 

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