掌編 「正論」
2時間半の戦争映画を観終えた直後のリビングには、戦場の残響が薄く漂っていた。
僕はコーヒーでも淹れて気分を切り替えようと、ソファから腰を上げた。
その瞬間、君がぽつりと問いを落とした。
「もし目の前であなたの大切な人が殺されそうになったら、どうする?」
薄暗い部屋。
間接照明が君の横顔を半分だけ照らしていた。
「そりゃ、助けるよ」
「相手を殺すことになっても?」
君はテーブルの縁に指を置き、軽く叩く。そのリズムが妙に生々しくて、質問の重さを際立たせていた。
「うーん、そうしなきゃならないなら、そうなるかな?」
「そっか」君はそう言うと、体を少し捩った。
「でも、それを正当化はしない」
君が少しだけ首を傾ける。その仕草が、まるで“続けて”と言っているようだった。
「人を守るという行為と、誰かを傷つけるという行為は、まったく別の軸だろ? でも極限状況では、その二つが強制的に同じ場所に押し込まれる。つまり、混同しやすい」
「混同?」
「うん。守るために行動することと、相手を殺すことを肯定することは全く違う。僕は守るために行動をする。そして、もし結果として殺してしまっても、それを正当化はしないってこと」
「ほぅ」
「何?その『ほぅ』?」
「ほほほ」
君は急に肩の力を抜いて笑い、立ち上がった。
そして、映画の余韻も会話も置き去りにして、トイレへ向かっていった。
どんな正論も、生理現象には勝てないな。
僕は湯を沸かしながら、静かにそう思った。
完
(本文608字)
あとがき
なんとなく。正論という言葉は嫌いですが、あえて使ってみました。いつも通り、深い意味はにゃい。
