1-30-第22部:目に届く思い【中世精霊ファンタジー正統派群像劇「黎明の器たち」】

ご覧くださいましてありがとうございます。この記事は連載の途中回です。最初からお読みいただくと、より楽しんでいただけます。ぜひ下のリンクへお越しください。読後リアクションをいただけると励みになります。


序章:笑い合う未来を託された者は| 精霊術ファンタジー/黎明の器たち


 近衛の班長は狭い土の間の階段を登り、丘へ続く出口を抜ける。陽が一気に差した。額に手を当てて眉をひそめる。
「そのまま上へ走れ。」

「班長。あの奥に四人がいます。」
 もう一人の近衛が枯れた低木の枝と岩肌の向こうに鎧を脱ぐ四人を見つける。

「よし、合流だ。急げ。」
 班長は鎧の擦れ合う音をさせながら丘の上を駆け上がる。一度後ろを振り返る。登ってきた階段に続く道からはまだ誰も出てこない。

「鎧が……動きにくい……。あいつら、それでか……。」
 近衛は革紐に手を掛けながら坂道を上がっていく。肩紐と脇紐に手を回し、留め具へ手を伸ばす。鎧が外れ、坂道を転がり落ちていく。
「班長。外せるものは外しましょう。」

「なるほど。それはいい。そうする。」
 班長も革紐に手を掛ける。

「ぐあっ!」
 前を行く近衛の胸元に何かが当たった音がすると、そのまま前へ倒れ込んだ。

 班長は倒れ込んだ近衛へ駆け寄ろうと紐に掛けた手を止め、顔を上げる。前方の岩が並ぶ間から、弓を構えた男が八人見えた。

――カンッ。放たれた矢が班長の鎧の肩で弾かれる。

「ごっ」

 班長は目の前で二射目の矢が倒れた近衛の頭頂と肩に刺さるのを見た。
「…………。」
 目の前で仰向けになったままの男を見て、剣に手を掛ける。振り返り丘の下を見ると、十数人の男たちが迫っているのを捉えた。
「うおおおおおおおっ」
 三射目を構える八人の男たちに顎を引き、剣を掲げて駆け上がる。

 八人の男たちは弓をいっぱいまで引いた。
「撃てっ!」

 近衛の四人は岩に手を掛けて上がっていく。視線の先には頂がある。

 先頭の近衛が後ろを振り返る。

「後に構うな、前だけを向け。手を休めるな。」
 口髭の近衛は口に入る砂を吐きながら足を上げる。

「もう少しだ。」
「ここまで来れば奴らも追えんだろ。」
「口髭っ。お前の勝ちだ。」
 先頭の近衛が頂に手を掛け、一気に上がる。
「手を貸せっ。」
 振り向き、差し出された手を引き上げる。

「助かった。」

「まだ気を抜くな。」
 口髭の近衛も最後の手を掛け、頂に腰を下ろす。

「そうだぞ、王都は遠い。」
「王都が見えるか。」
「ああ、虫のように小さく見えているさ。」

 全員が頂上にたどり着き、息を吸う。西の遥か彼方にはガムトー山脈がうっすらと見える。

「よし。ここからは下りだ。だが脚は上がらんから、転ばないように行こう。」
 口髭の近衛が風の中で手に付いた砂を払うと、埃は舞い上がり消えていく。

「おうっ!」「よしっ!」「ああ。」

 四人は枯れ枝に手を掛け、岩屑を転がし、足元を確認しながら進む。

 口髭の近衛は一番後ろに付き、枯れ草が目立つようになった先で、茂る枯れ草が動くのを見る。
「……おい……。」

「なんだよ。急げと言ったのはお前だろ。」

「だめだ……。止まれ、いや、引き返せ。尾根筋を北へ行くぞ。」
 口髭の近衛は枯れ草の向こうに見える影を捉える。

「何言ってるんだよ……。」

「違う。下からも来てる。五人……いや、十……十人以上だ。」

「なんでだ。奴らは何人いるんだ。」
「戻れ。もう一度上へ。そこを左に行く。」

 降りてきた道を戻り、頂を再び目指す。

「早く、早くしろ。」
 口髭の近衛は何度も振り向いて手を振る。

「だめだ。足が上がらん。」
「下の奴らも疲れているはずだ。」
「手の力も無くなってきた。慌てたら手も滑らせる。」

「急げ、急げ。早くしろ。尾根筋を北だ。」
 口髭の近衛は頂の手前まで上がり、尾根筋を北へ向かう足場にたどり着く。

「分かってるよ。」
「口髭。先に行って、道を見てくれ。」
「案内を頼む。」

「分かった。早く上がれよ。」
 口髭の近衛は北の細い岩の足場に目をやり、後ろを振り向きながら進む。その時、頂上に人影が立つ。口髭の近衛は咄嗟に岩の陰へ身を滑らせてかがむ。

「おい、いたぞ。三人だ。」

 その声に三人の近衛は顔を上げる。そこには三人の弓を構える者が並んだ。そして、その後ろからさらに五人の男が顔を並べた。

――口髭。後は頼んだ。

 頂に立った男たちは、すぐそこにいる三人の近衛へ弓矢を一斉に放った。

 至近距離から放たれた矢は全て三人を捉える。岩から離れた手は空を切り、背中から岩の下へ身体を投げ出して落ちていく。一番上の身体が二番目、三番目を巻き込み、坂を転がり落ちていく。

 口髭の近衛は岩の陰から落ちていく仲間を眺め、口元を押さえた両手を強く握り、奥歯を噛みしめる。

「確か、三人じゃなくて四人だったよな。」
「ああ、そのはずだ。」
「そいつで最後の一人のはずだ。」

――班長も……。逃げる。逃げて、絶対に王都に着く。そして知らせてやる!

「この辺にいる可能性は高いはずだ。」
「そうだろう。逃げるとしたら……もう北しかないだろう。」
「よし、尾根筋を北へ行くぞ。」

 口髭の男はすり足で岩の陰を北へ進む。
――だめだ。このままじゃ追いつかれる。どうすればいい。どうすればいい。
 細い足場を探りながら一歩ずつ足を出す。背後の上から声と足音が近づいてくる。急いで足を踏み入れる。

 その時、足場が崩れ落ち、数個の石が坂道を転がっていった。

「おい、あそこ石が転がってるぞ。」
「怪しいな。」
「絶対そこだろ。急げ。」

 先遣隊の弓を持った男たちは尾根の広い道を駆け足で急ぐ。

――だめだ。もう間に合わない! 来るな。こっちに来るな!

「おい、いたぞ! あの影だ。」
「岩場の……ああ、本当だ。」
「上から行こう。この角度は無理だ。」

――! 走れ。走るしかない!
 口髭の近衛は細い足場を強引に走り出す。

「あ! 逃げた!」
「追え! 逃がすな。」
「撃て、撃て!」

 走りながら放たれた矢は空を切り、口髭の近衛の周囲を飛んでいく。

――いける! 逃げ切れる!
 踏み出した先に大きな穴が空いていた。
――跳べ! 跳ぶしかない!
「うおおおおおおおっ。」
 背にある壁を押し、穴の縁に足を置いて跳んだ。

「おい、跳びやがったぞ。」
「あいつ!」
「撃て! 逃がすな!」

 口髭の近衛の脚が穴の向こうへ着地した瞬間、再び足場は崩れ落ちる。右手を伸ばして何かを掴もうとするが、その場所すら崩れ落ち、そのまま滑落して下まで落ちていった。

「ああ、落ちたな。」
「ありゃあ無理だ。」
「よし、目標は達成だ。」
「降りるぞ。俺たちも気を付けよう。」

 口髭の近衛は岩壁に当たりながら地面まで一気に落ちた。その身体が動くことはなかった。

 その頃、トーリスミアの商館群では、ガンタプから続く街道にログバディア公爵の領旗が現れていた。焼け跡の前へ各班が戻ってくる。

「街道で二人。」
「奥から出た二人も倒した。」
「西で三人。」

 モグニーが最後に戻った班を捉えた。
「もう一人は。」

「一人、北へ抜けましたが、西の斜面で穴から相当な高さから落ちて動かなくなりました。」

「よし。」
 モグニーは街道脇に繋がれている八頭のマグニペスを見る。
「八頭、八名。だな。」

「おそらく。奴らが言っていたので合いますね。」

「ああ。皆よくやった。」
 モグニーは各班へ顔を巡らせた。
「では宿営地に移動する。」

 ワントバングが平地へ腕を向けた。
「副団長。じつはこの付近が宿営地です。」

「そうなのか。」

「はい。街道を押さえながら、北方軍総勢千三百五十人。荷車四百。マグニペス六百、セルメラ百五十。この地に十分に収まります。」

 モグニーが騎士たちへ向いた。
「この二両の荷車の荷を降ろして、街道の向こうに残した連中を呼んでこい。残りの者は食事の準備にかかれ。」

「はい。」「はい。」「はい。」

 ワントバングが部下一人を呼び寄せた。
「一緒に行け。」

 二人の騎士が空にした荷車に一人のワントバングの部下を乗せてトーリスミア側の街道へ向かった。

「ワントバング。今回はお前のおかげで全て処理することができた。礼を言う。」

「私は何もしておりません。皆さんのご活躍の賜物でしょう。」

 丘から戻った騎士たちは、近衛の八頭を街道脇へ寄せた。

 モグニーは一班長から五班長までを呼んだ。
「食いながらでいい。少し話がある。」

 乾物を手にした五人が荷車の脇へ集まる。

「なんです。」

「最初に街道にいた近衛の二人だ。」
 モグニーは乾物を割った。
「一人が怒りながら、しばらく給金をもらっていないと言った。もう一人も今月は貯めた金を崩して暮らしていると言っていた。」

 三班長の手が口元で止まった。
「近衛がですか。」

「ああ。あの状況で嘘を言っているとは思えん。」

 二班長が乾物を噛み切る。
「そうなんですか……。」

「俺がたくさん給金を貰っているんだろうと語り掛けると二人がそう返した。近衛を引き寄せるために言った言葉だったがな。」

「今朝も言っていたが……」
 一班長が隣の四班長へ顔を向けた。
「俺たちがずっと、聞かされている話と違うな。」

「だろ……。」
 モグニーが五人を捉えた。
「公爵は、何度言っても地方に必要な支援が来ないと言った。周りでは王都ばかりが豊かだって声も上がっていた。」

「俺も言いましたよ。」
 五班長が乾物を膝へ降ろした。
「王都ばかりじゃないかって。」

「俺もだ。」
 四班長が鼻から息を抜いた。
「近衛まで給金が止まってるとは思ってなかった。」

 二班長が二人へ首を向けた。
「だが、公爵は王都の近衛が金をもらってるなんて言ってないぞ。」

「それはそうだ。」

「地方へ必要な支援が来ないことと、近衛の給金が止まってることは別の話だろ。」

「これだけで公爵が嘘をついたとは思っていない。」
 モグニーは手に残った乾物を口へ入れた。
「だが、俺たちが聞いていた王都の姿と、今日ここで聞いた話が違うと言ってる。」

 三班長が膝へ肘を乗せた。
「王都の近衛って、王都側じゃ一番金を切られにくそうな連中ですよね。」

「そう思うよな。」

「それが貯めた金を崩してるのか……。」

 一班長が平地の端へ顔を向けた。街道脇では八頭のマグニペスが繋がれ、その向こうに焼けた場所へ続く丘が見える。
「さっきまで、あいつらは王都から来た敵だったんですけどね。」

「今も敵だ。」
 五班長が乾物を噛んだ。
「こっちを見つけたら捕まえるか斬るかしただろ。」

「分かってるよ。そんな話はしてない。」

「じゃあ何が言いたい。」

「王都の奴らは王都でいい暮らしして、俺ら地方の人間が苦しんでる。俺は今朝、そんなつもりで聞いてたってことだよ。」

 五班長の口が閉じた。

 二班長がモグニーを見る。
「副団長は、どう思います。」

「分からん。」

 五人から声が消えた。

「一人や二人の話で王都の全部が分かるなら苦労しない。だが、聞かなかったことにする気もない。」
 モグニーは立ち上がった。
「ノブルバリア団長が来たら、そのまま話す。倒した近衛が給金が止まったと言ったこと、貯めた金を崩していると言ったことだけをな……。」

「タリッペヌア公爵にも伝わりますか。」

「それは団長が決めることだ。俺が飛び越えて公爵へ話すことじゃない。」

 三班長が残った乾物を口へ運んだ。
「普通に考えりゃ、俺たちが王都を攻める理由にするために、王都ばかり豊かだって話を聞かされていたようにも思えるよな。」

「やはりそうなるよな。」
 四班長が三班長の腕を小さく叩いた。
「何が正しいか分からなくなってきたぞ。」

「おいおい、こんな時に止めてくれよ。弓を握る手がぶれちまうよ。」

 五班長が笑い、二班長も口元を緩めた。

「だが、俺たちが戸惑うことは許されない。やつらは俺たちを確実に襲ってくる。それを忘れるなよ。」
 一班長が膝に手を置き前のめりで各班長を見回す。

「その通りだ。俺たちは定められた任務をこなすだけだ。」
 モグニーは食べ終えた五人へ腕を振った。
「余計な話をした。すまんな。休む奴と宿営の準備をする奴を分けろ。本隊が来る前に区画分けをするぞ。」

「今はそっちの方が大事ですな。」

「お前はさっきから食ってばかりだろ。」

「働いたから腹が減ってるんですよ。」

 五人がそれぞれの班へ歩き始めた。

 モグニーも荷車へ進みかけたところで、足元の土へ低い振動が続いた。

 一班長が振り返る。
「副団長。あの話はまずいですよ。」

「すまんな。お前だけに話せばよかったな。」

 トーリスミアでは、ログバディア公爵軍に続いてトルシバン伯爵軍が商館群へ入っていた。東へ続く丘の向こうから、五両の車輪が重なる音が近づいていた。

「来たぞ。皆自分の物を受け取るために集まってくれ。」

 やがて五台の荷車が広場へ入り、御者を務めていた先遣隊の騎士たちが順に車体を寄せていく。二台の空荷車からは迎えに出ていたワントバングの部下十五人が降り、広場に残っていた三人と合流した。

 荷車の周囲へ騎士たちが集まった。荷台へ預けていた胸当てや肩当て、騎乗具が持ち主へ渡され、五台の荷車が平地の街道側へ寄せられていく。

「これはこっちへ寄せろ。残り二台は間を空けて止めてくれ。」
 ワントバングは部下たちに荷車の周囲で置き場所を指し示す。

「分かった。」

 少し離れた場所からその様子を見ていたモグニーが歩いてきた。
「ワントバング、ちょっといいか。」

「はい。副団長。」

「この広場について聞かせてくれ。」

 ワントバングは荷台から離れ、モグニーの前へ進んだ。

「お前は宿営地の区画割りにも詳しそうだな。」

「はい。それも考えておりました。」

「そうか。」
 モグニーは広場へ顔を巡らせた。
「本隊が入れば騎士だけでは済まん。伴徒も荷車も騎獣も来る。どこから入れて、どう分ける。」

「まず街道から入る場所を空けておきます。入ってすぐ詰まれば後ろの荷車が動けません。」
 ワントバングは広場の奥へ腕を伸ばした。
「騎士と伴徒を領ごとに入れ、その後ろへ各領の荷車と騎獣を寄せていけばよろしいでしょう。ここは街道沿いに長い場所ですから、到着順に王都側から埋めていけば、後続も入りやすくなります。」

「騎獣と荷車はどうする。」

「各領主が街道沿いに宿営区画を取り、その後方に騎獣と荷車を配置させるように、部下たちに言って聞かせてあります。」

 街道の東では、丘の間からトルシバン伯爵軍の後方が順に宿営地へ入っていた。その列の向こうには、新たにベルツァン伯爵軍の先頭が見え始めている。

「もうそこまで考えていたか……。」
 モグニーはワントバングの胸元へ目を移した。協商連会の徽章が留められている。
「なあ。」

「はい。」

「お前、本当に協商連会の者か。」

「これですね。」
 ワントバングは自分の胸元へ顔を向けた。
「違いますよ。」

 モグニーの眉が動いた。

「違うのか。」

「今だけです。協商連会の旗も徽章も、グァーダナド殿から預かっているだけですよ。」

「お前……。」
 モグニーは徽章からワントバングの顔へ目を戻した。
「随分あっさり言うな。」

「聞かれましたので。」

「それは秘密事ではないのか。」

「はい。グァーダナド殿から止められております。これを知っているのはタリッペヌア公爵とポヒュトロン公爵、それにお二方が信用されている方々だけです。」

「じゃあなぜ言った。」

「それはあなたがそれを知るに相応しい方だと私が今日判断したからです。これがばれれば私も咎められますがね。大丈夫でしょう。あなたなら……。」

 モグニーはしばらくワントバングを捉えた後、鼻から息を抜いた。
「……まあいい。まもなく本隊が来る。」

「そうですね。」

「区画の話を聞かせてくれ。」

「はい。」
 ワントバングは広場へ身体を向けた。

 二人は広場の中央へ向かった。背後では五台の荷車が順に並び、ワントバングの部下たちが車間を空けながら御者を誘導していた。

 その頃、先遣隊が去ったトーリスミアの商館群では、北から重なってくる蹄と車輪の音に町民たちが戸口へ集まっていた。

 ガンタプへ続く道から伸びる北方軍の列は、騎獣は騎乗と荷車の牽引へ分かれ、領ごとの旗を先頭にした列が町へ入り始めていた。

「商館を破壊したうちの領主が通るぞ。」
「俺たちの心なんてわかりゃしねぇんだろ。」
「しかし長いな。まだ列の終わりは見えないぞ……。」

 路地口に立つ酒屋の老主人が北へ顔を向けた。
「来るだろ。あれを見ろよ。」

 先ほど騎士へ食って掛かった細身の男が、その隣から街道の先を指した。
「この列の長さは一領主の騎士団じゃないぞ。」

 一つの領旗が商館前を抜ける。その背後には騎乗した騎士、徒歩の伴徒、荷車が続き、最後の車輪が通り過ぎる前に次の旗が北側の家並みから現れた。

 細身の男は破却された本館へ顔を向ける。
「あの商館を壊した意味が分かってきた……。」

「どういうことだ。」

「やつら王都に攻める気だ。」

「どういう意味だ。分からん。」

「マンタスさんが手がけた本館だけ壊して、周りは残したんだぞ。」

「王都側の商経済会を潰したかったってことか。」

「それだけじゃない。俺たちにも、あっちへ付くなって見せてるんじゃないのか。」
 細身の男は倉前に集まる騎士と通り過ぎる列を見た。

 通りではポヒュトロン家の騎士が町民を路地側へ寄せ、軍列の幅を確保していた。
「軍列が続く! 道へ出るな!」

 牽引するマグニペスが本館前を通り、その後ろから飼い葉を積んだ荷車が進む。向かいの倉の前へ立つ騎士が、車体との間を空けるため壁際へ寄った。

 軍列の騎士の一人が破却された本館へ顔を向けた。
「おい。あれか。」

「何がだ。」

「あそこだけ壊れてる。」

 隣を進む騎士も本館を捉えた。
「前からじゃないのか。」

「違う。この辺りが開発されていたのをガンタプに入る前に俺は見ていたんだ。」

「先遣隊が先に入ったって言ってたよな。」

「奴らがやったのか。」

「そうかもしれんな。」

「せっかく作ったものを何のために……。」

 二人の横を進んでいた騎乗の騎士が振り返った。
「お前ら、間が空いてるぞ。詰めろ。」

「今行く。」
 二人の騎士は歩調を速めた。

 別の領旗が通りへ入る。

 今度は数人の伴徒が本館を見たまま通り過ぎた。
「何があったんです。」

 荷車の横を歩く若い伴徒が前の伴徒へ寄った。
「知らん。」

「火事だから潰したんじゃないですよね。」

「焼けた跡には見えんな。」

「じゃあ、なんで壊したんですか。」

「俺に聞くなって。」

 伴徒は前の列へ顎を向けた。
「お前は荷車から離れるな。」

「はい。」
 伴徒は車輪の横へ寄った。

 細身の男は酒屋の老主人の腕を掴んで指さす。さらに大きな領旗が二人の前を横切った。
「これはタリッペヌア公爵の領旗だ。その後ろは……議決権を剥奪された領主が続いている。」

 その向こうを何十人もの騎士が続く。

 破却された本館は、通り過ぎる騎獣と荷車の隙間から何度も現れ、そのたびに列の中から顔が向けられた。

 やがて軍列の先は町の南端へ達し、宿営地へ続く丘の間へ入っていった。

 それでも北側から次の旗が現れた。

 北方軍の最後方がトーリスミアへ入り始めた。

 先頭にマヨナリルレンの領旗を置き、その後ろにはカズルダンで行動を共にしてきた領主たちが続く。ガンタプ出立前に定めた通り、穏健派十一領は他の北方軍から離れず、一つのまとまりを保って進んでいた。

 最後尾には、開いた書へ剣と筆を交差させたエルリルマーグ家の赤い大旗があった。

 エルリルマーグは騎士団の間を進んでいた。

 街道脇から細身の男の声が飛んだ。
「壊したのはポヒュトロンだろうがあんたらはその一味か!」

 周囲の町民が一斉に男へ顔を向けた。

 酒屋の老主人がすぐに腕を掴む。
「やめろ!」

「放せよ!」

 通りを進む騎士たちも路地口へ顔を向けた。

 エルリルマーグの騎士団長が赤い旗の前から振り返る。
「法務卿。」

 エルリルマーグはマグニペスを端に寄せ列を離れる。
「聞こえておる。」
 破壊された商館の前に立ち止まり、長く息を吐く。

 列が進み、崩された本館が建物の隙間から現れた。

 屋根は地に落ち、玄関側には割られた板や材木が積まれている。周囲の倉と商館は残り、戸口にはトーリスミアの騎士が立っていた。

「マンタスさんの商館だ!」
 細身の男が再び叫んだ。
「皆で直してたんだぞ! 人を雇って、やっと開けたところだったんだ!」

「もうやめろ!」
 酒屋の老主人が両腕で引き寄せる。

「あんた、ウェルリンドルさんの仲間じゃなかったのか! 法務卿は取り締まる側じゃないのか!」

 騎士団長がエルリルマーグへ身体を寄せた。
「マンタス殿の商館だそうです。」

「ああ、知っている。」

 細面の領主が後続から近づき、残る倉へ目を向けた。
「周囲はそのままですな。」

「ポヒュトロンが指図したか。昔から狭量な男よ。それが民意に反映されておる。」

「自分の名声が下がることを恐れたのでしょうか。」

「何も壊すことなどせんでも、そのまま使えばいい。」
 エルリルマーグは細面の領主へ顔を向けた。
「この商館は先代アシュハラビム殿が、この地の繁栄を作るために手がけたものだ。いわばこの商館群の産みの親だ。」

「これは地域の者の批判を浴びそうですね。」

「だが、その由来を覚えている者も今では少なかろう。それでも建物は残っておった。壊せば、アシュハラビム殿がこの町に残した形まで失われる。」

 路地口から細身の男の声が飛んだ。
「トーリスミアの復活をなぜ邪魔するんだよ!」

 酒屋の老主人が掴んだ腕を強く引く。
「もういい! 黙れ!」

「よくないだろ!」
 男は壊れた本館へ腕を伸ばした。
「昨日までここで働いてた奴もいる! マンタスさんはポヒュトロンの手下に連れられて、城の牢に閉じ込められたに違いない! 法務卿はそれを見逃すのか!」

 赤い大旗の周囲で騎士たちの足が緩んだ。

 エルリルマーグは路地口の男を捉えた。
「そこの若いの。マンタス殿が連れ去られるのを見たのか。」

「ああポヒュトロンの騎士だよ! 何台もの箱車で働いてた人全員連れて行った。それから帰って来ないんだぞ。」

「そうであったか。」

 細身の男の口が開いたまま止まった。

 酒屋の老主人が横から入る。
「止めておけポヒュトロンの騎士に聞かれるぞ。」

 エルリルマーグが二人にマグニペスを近づける。
「お前の言いたいことは聞こえた。私の方で確認をするゆえ、それ以上は声を荒げるな。そなたの身を案じて言う。それ以上大声を出すな。」

「あんた、加担してたんじゃないのか。」
 若い男が年配の男の腕を振りほどいた。
「じゃあなんでこの軍列に並んでいるんだよ。」

 騎士団長が壊れた本館と残る倉を交互に捉えた。

 細面の領主が口元へ手を寄せる。
「エルリルマーグ殿。随分と前が進んでおりますぞ。」

「ああ知っている。先に進んでくれ。すぐに追いつく。」
 エルリルマーグの声に、細面の領主が口を閉じた。

 エルリルマーグは前方の列へ顔を向け、すぐ細身の男へ戻した。
「そなたの情報は私が受け取った。私の全力を持ってマンタス殿と仲間の身の確認をする。わしに預けられよ。以上だ。」

 一つ前の領との間が広がっていた。

「進め。」

 騎士団長が前方へ腕を振る。
「列を戻せ! 前へ続け!」

 エルリルマーグも数歩進んだ。

「法務卿殿!」
 背後から酒屋の老主人の声が追ってくる。
「その中にパッファルメと言う女がいるはずだ。その者の二人の子は王都にいると伝えてやってくれ。頼んだ。」

 エルリルマーグは振り返らずに手を挙げた。騎士団長に口を寄せる。騎士団長は懐から紙を取り出して何かを記した。

「済まなかった。知らぬとはいえ、済まなかった。あんたに期待する。」
 細身の男はしゃがみ込んで両膝をついた。年配の男が隣で俯いている。

 エルリルマーグはマグニペスの腹を蹴り一気に速度を上げた。

 崩された本館の前には、まだ二人の男が立っていた。

 エルリルマーグの騎士団長は騎士団特攻隊長に声を掛けると列を離れ、トーリスミア城を目指してマグニペスを走らせた。

 最後の荷車もトーリスミアの家並みを離れ、北方軍の列は先遣隊が待つ宿営地へ向かった。

最後まで目を通してくださり、嬉しく思います。

ここまでお越しいただいたあなたに何かリアクションをいただけたら幸せいっぱい、感激です。

どんな一言でも、ぽつりと残してもらえたら、大好きなあなたをもっと好きになっちゃいます。ぜひ交流させてください。

いいなと思ったら応援しよう!