見出し画像

「がんの2つの治療法」心理療法の生物学

はじめに

 日本人の二人に一人が生涯で一度はがんを経験すると言われる時代になりました。がんの治療法は、手術、放射線治療、そして抗がん剤治療から成る「標準治療」です。これは臨床試験によって有効性と安全性が科学的に証明された、最も推奨される治療法を指します。その治療効果から、がんは3つに分類することができます。50~60%は治療により治癒可能ながん、20~30%は治癒は困難だが延命が可能ながん、そして20~30%は治療がほぼ無効な致死的ながんです。ということは、約半分のがん患者は「病を治す」ことに専念すればいいのですが、残りの半分は「病と共にいかに生きるか」そして「いかにして心静かに死を迎えるか」というQOL(生活の質)の向上が問題になります。
 QOLの問題は、身体的な痛みだけでなく、不安や抑うつといった精神的苦痛、仕事や家族の問題などの社会的苦痛、「人生の目的」を見失い、死の恐怖におびえるという精神的な苦痛から成る「全人的苦痛」という概念で捉えられます。標準治療は、がん細胞に直接働きかける「身体療法」ですが、「有効な治療を受けている」という認識が不安や苦痛を軽減する「心理療法」としての要素も包含しています。しかし、それだけではこの多層的な精神的苦痛には対処できません。そこで、患者の心に働きかけて苦痛を除く「心理療法」もまた必要ということになります。その役割を担っているのが補助療法です。その意義と問題点について考えてみます。

第1章 身体的方策と食事・物質的方策

 補助療法は大きく分けて「身体的方策」「食事・物質的方策」「心理・精神的方策」の3つに分類されます。それらには身体療法と心理療法を兼ねたものもありますが、心理療法だけのものもあります。以下の表は、主な補助療法をまとめたものです。

補助療法の種類

 補助療法の中で、運動や健康食品などの摂取は、患者が「自分でもできること」として最初に取り組むことが多い領域です。特に「運動」については、疫学調査により、がんの診断後に週に3〜5時間のウォーキングに相当する運動を継続している患者は、そうでない患者と比較して、再発の抑制や生存期間の延長が見られると報告されています。乳がんや大腸がんでその効果が顕著であり、単なるリハビリテーションの枠を超えて、治療の一環としての意義が認められつつあります。運動は免疫機能の活性化、ストレスの軽減、さらにはホルモン治療に伴う骨密度低下の予防など、多方面にわたるメリットももたらします。鍼灸治療についても、がん患者特有の倦怠感や疼痛の緩和に有効であることが示されています。
 アンケートによれば、患者の半分以上が「体力・免疫力を高める」ことを目的に、食事や健康食品を利用しています。これらはがんを直接的に治すという確かな証拠は不足していますが、心理的には大きな効果が期待されています。

第2章 心理・精神的方策と「祈り」の効果

 がん患者の心は、診断から治療、そして再発への不安という終わりのない闘いの中で疲弊していきます。この領域で重要な役割を果たすのが心理・精神的方策です。がんの末期状態において、患者が祈祷、お払い、礼拝、牧師や僧侶との対話などの宗教的なケアを受けることは、精神的な救いとなるケースが多く見られます。ある研究では、宗教的信念を持つ患者の方が人生の満足度が高く、幸福感が強いことが示されています。遺族に対する調査でも、患者が宗教的ケアを受けたことについて、遺族の宗教の有無にかかわらず、8割以上が「役に立った」と回答しています。これは、宗教的ケアが特定の教義を押し付けるものではなく、患者の価値観を尊重しながら「傾聴」を行い、人生の最後における意味を見出す手助けをするものだからです。
 身体的方策と食事・物質的方策は、一見すると身体的な変化を目的としているように見えますが、実際には多分に心理的な要素を含んでいます。例えば、ヨガや太極拳は「心理・身体的な働きかけ」と定義され、身体を動かすことと同時に、精神的な集中や瞑想状態をもたらします。また健康食品の摂取も、単なる栄養補給に留まらず、「自分で自分の健康を管理している」という自律性を高め、食事体験を通じて精神的な充足感をもたらす「心理・栄養学的な働きかけ」としての側面を持っています。

第3章 プラセボ効果と「嘘」の有効性

 「効果がないもの」であっても、それを信じて摂取することで症状が改善する「プラセボ効果」は、補助療法のみならず、標準治療においても無視できない生理的反応です。プラセボを服用して生じる効果は、化学物質がもたらす「効果」ではなく、心理的な刺激に人間の身体が反応して引き起こす「生理的反応」です。期待や過去の経験によって、脳内では鎮痛物質であるエンドルフィンなどが実際に放出されます。多くの研究で、プラセボを飲んだ人の30%以上に鎮痛効果が見られています。
 重要なことは、プラセボ効果には「治せるもの」と「治せないもの」の明確な境界があることです。改善が期待できるものは、痛み、不安、倦怠感、不眠、下痢などの主観的症状です。他方、改善が期待できないものは、がん細胞の消失、骨折の接合、細菌感染の治癒、高血圧の根本治療などの客観的病理です。つまり、患者が健康食品を信じて飲むことで「痛みが和らいだ」「元気が出た」と感じることはあり得ますが、それによって「がん細胞そのものが消滅する」ことは否定されています。
 医療の世界でプラセボの最大の問題とされるのが、効果がないプラセボを「効果がある」と嘘をついて患者に摂取させる「欺瞞」です。この問題を解決するために考えられたのが、プラセボであることを正直に告げる「オープンラベル・プラセボ」です。「最新の特効薬だ」と偽って投与する「欺瞞的プラセボ」と、事実を伝えるオープンラベル・プラセボの効果を比較したところ、両者には有意な差がないことが示されています。たとえ偽薬だと知っていても、医師が語る「プラセボ効果の科学的背景」への期待が、十分に強力な効果を引き出すのです。米国医師会の指針では、プラセボを使用する際も、患者に「これは成分のないものだが、自己治癒力(ホメオスタシス)を引き出す可能性がある」と誠実に説明すべきであるとされています。もちろん、その効果を医師自身が信じること、そして標準治療の「補助療法」として利用することが大前提です。
 プラセボが症状の改善効果を示すのに対して、逆に症状の悪化を表すのがノセボ効果です。がん患者に対して「治療法がない」ことや「余命はあと1か月以内」などの残酷な真実を告げることは、患者に対して深刻な心理的ダメージを与え、それは病状にも反映されます。にもかかわらず「真実告知」が徹底されるようになった背景には、医療者の「自己防衛」という側面も否定できません。「真実」を告げずに「善意の嘘」をつけば、医師は「明らかな嘘をついた」として訴えられるリスクを負うからです。真実を告げることは、患者が自分の人生を完結させ、最後のお別れを言うチャンスを確保するという「権利」を守ることにもつながるという意見もありますが、それはきわめて深刻なノセボ効果を無視することになります。それでは「善意の嘘」で希望を持たせるべきか。これは医療現場での深刻なジレンマです。

第4章 自由診療と優良誤認の境界線

 補助療法は標準療法の補完として公的保険が適用されているものもありますが、その枠外である「自由診療」として、一部の開業医やクリニックで提供される例も多く見られます。その意義は、患者の「選択の自由」に応えることにあります。標準治療が限界に達し、「もうできることはありません」と告げられた患者にとって、自由診療は一筋の希望の光となります。医師が「絶対に死なせない。ここには戦う武器がある」と力強く告げることで、絶望の淵にいた患者が生きる意欲を取り戻すケースもあります。また、患者と家族が納得するまであらゆる可能性を試すことは、後に残される家族にとっても「やりきった」という納得感につながることがあります。そのように、身体療法だけでなく心理療法の効果も大きいのです。
 一方で、自由診療には極めて深刻な問題が山積しています。第一に、「標準治療の観点」から見た科学的根拠の欠如です。多くの自由診療は、十分な臨床試験を経ておらず、その有効性や安全性が確認されていません。未検証の治療を患者に施すことを「人体実験そのものであり、医療倫理的にきわめて問題だ」と厳しく批判する声もあります。第二に、経済的な公平性の欠如です。自由診療は全額自己負担であり、高額な費用を支払える患者だけがその恩恵を享受することになります。その結果、経済格差がそのまま健康格差に直結する懸念があります。第三に、不当な医療広告と消費者被害です。インターネット上で「がんが消える」「末期がんでも完治」といった過大な宣伝を行うクリニックが後を絶たず、社会問題化しています。
 2024年、消費者団体が医療法人サカイクリニック62に対し、インターネット上の広告が「優良誤認表示」に該当するとして、差止請求訴訟を提起しました。問題視されたのは、まだ研究段階にあるにもかかわらず、万能な効果を謳っていた、マクロファージ活性化療法、マクロファージ活性化化粧品・サプリメント、テロメア注射・点滴、腸内フローラ移植、エクソソーム点滴療法、マイクロウェーブによる温熱療法、高濃度水素吸入療法、自己血サイトカインリッチ血清療法の8つの治療項目です。この訴訟は、2025年3月28日に東京地方裁判所で和解が成立し、終了しています。和解の内容は、クリニック側が優良誤認表示があったことを認め、不当な広告を停止することに同意したものです。
 この事例が問題視されたのは、科学的根拠のない治癒効果を謳ったこと、その結果、本来受けるべき標準治療の機会を奪う恐れがあったこと、そして「治療費に2000万円かかった」という例もあるほど、極めて高額な費用を請求していたことです。患者が自分の意思で、納得した価格の補助療法や心理療法を受けることは「個人の自由」ですが、医療者がそれを提供する場合、「嘘をつかないこと」が倫理的な絶対条件です。
 サカイクリニックの治療項目について検証すると、「理論的」にはすべて有効である可能性があり、すでに臨床試験が行われているものもあります。従って「必ずがんが治る」ではなく「がんが治る可能性がある」あるいは「延命の可能性がある」と真実を語り、「補助療法だから標準療法と併用しましょう」と提案し、適切な価格設定を行えば、それは患者の「選択の自由」の範囲として許容されたでしょう。

第5章 「祈祷」究極のオープンラベル・プラセボ

 「寺院での加持祈祷も、標準治療としての科学的根拠がないのに、がんが治癒すると称してお金を取っている点では同じではないか」という疑問が生じます。しかし、両者には法的な立場と「契約の性質」において大きな違いがあります。寺院は「医療機関」ではなく、提供するのは「信仰」や「儀式」です。参拝者はそこに科学的証明を求めているわけではありません。一方、クリニックは「医療機関」としての免許を持ち、医師という専門職が「治療」として提供しています。患者はそこに「医学的・科学的な正しさ」を期待しており、その信頼を裏切ることは、医療法や景品表示法に違反します。
 寺院でも「祈ればがんが死滅する」などと医学的な表現で宣伝すれば問題になるでしょう。だから、宗教行為は「ご加護」や「心の安寧」を謳うものであり、医学的効果を偽装してはいません。加持祈祷のお布施は個人の志に任される部分も多く、また社会的な相場観の中で提供されます。しかし、そのような観点から、問題がある寺院が全くないわけではないことが懸念されます。
 医療ではないことを十分に理解していながら、その効果を信じて頼ることで、心の平穏と希望を持つことができ、それがホメオスタシスの活性化を通じて、健康の回復をもたらすことがある。その意味では、宗教は究極のオープンラベル・プラセボということができるかもしれません。

おわりに

 がんの補助療法を巡る議論は、「科学的な正しさ」と「心理的な救い」のバランスをどこに置くかという、極めて人間的な問いに行き着きます。医療現場では、標準治療と補助療法を「対立」させるのではなく、適切に組み合わせる「統合医療」という考え方が普及しつつあります。そこでは、補助療法はあくまで「脇役」としての立場を守りながら、副作用の軽減や精神的な安定をサポートする役割を担っています。患者が健康食品や祈祷を利用することは、それが標準治療を妨げない限りにおいて、個人の信条に基づく「自由」として尊重されるべきです。しかし、それを「治療」として提供し、対価を得る医師側には、極めて高い透明性と説明責任が課せられます。プラセボ効果を狙った処方であっても、患者を欺くのではなく、そのメカニズムを誠実に説明した上で行うべきです。補助療法が真に「癒やし」として機能するためには、提供者側の倫理観と、利用者である私たちの「何が主役で、何が脇役か」を見極める冷静な視点が欠かせません。

 


いいなと思ったら応援しよう!