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【短編小説】座付き作者 #10 明治歌舞伎編


「ええぃ仰々しい、静かにしろ。悪に強きは善にもと、世のたとえにもいうとおり、親の嘆きが不憫さに、娘の命を助けるため、腹に企みの魂胆を、練塀小路に隠れのねえ、御数寄屋坊主の宗俊が、頭の丸いを幸いに、衣でしがお忍が岡、神の御末の一品親王、宮の使いと偽って神風よりも御威光の、風を吹かして大胆にも出雲守の上屋敷へ、仕掛けた仕事のいわく窓、家中一統白壁と、思いのほかに帰りがけ、とんだところを北村大膳!」

 明治十四年(一八八一)、東京・京橋に近い新富座では河竹黙阿弥の新作狂言『天衣紛上野初花』が上演されていた。

 ガス灯に照らされて、朱色の袈裟を纏った僧形の市川団十郎が舞台中央で不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしている。将軍家に仕えるお数寄屋坊主の河内山宗俊が、松江藩主に拐われた町娘を助け出そうと一計を企て、上野寛永寺の高僧に変装して大名屋敷に乗り込むという筋立て。輪王寺宮の御威光を盾にして、首尾よく事が運ぶかに見えたが家臣の北村大膳に正体を見破られ最早万事休すかと観客も思わず手に汗握る。だがそこは人並み外れた知略と胆力で鳴らした河内山宗俊、気色ばむ北村大膳らを相手に、豪胆な居直りの啖呵を切る名場面。

「この玄関の表向き、俺に騙りの名をつけて、若年寄に差し出すか。但しは騙りを押し隠し、御使僧役で無難に帰すか、二つに一つの返答を、聞かねえうちは宗俊も、ただこのままじゃ帰られねえ。」

黙阿弥得意の七五調の名台詞に劇場内が沸き立っている。

「成田屋!」

「九代目!」

 大向こうから盛んに声が掛かる。

 * * *

 芝居が跳ねた後、わたしは馴染みの東京日日新聞の記者と銀座の牛鍋屋で芝居談義を交わしていた。

「いやあ、団十郎さんの河内山宗俊は実に痛快でしたな。黙阿弥さんの名台詞がまた冴え渡っておりました。菊五郎さんの直侍と揃い踏みで、まさしく団菊時代を象徴するような舞台でした。」

 彼は興奮冷めやらぬ様子で語っている。だがわたしには気になる事があった。森田座の座付き作者時代から黙阿弥師匠が次々と編み出す当たり狂言を見てきたが、ここに来て最後の花道を飾っているような気配が漂うからだ。

「御一新後に団菊時代が幕開き、歌舞伎人気が衰えないのは本当に嬉しい話だと思います。ただ黙阿弥師匠ははっきりとは言いませんが、最近の活歴や散切り物が物足りないようで。何と言っても師匠の真骨頂は宗俊のような江戸歌舞伎の世界ですから。もう自分の狂言作者としての役割は終わった、そんな風に考えておられるような気がしてならないのです。引退するなどと言い出さないか、心配でなりません。」

「いやいや黙阿弥先生にはまだまだ頑張って頂きたい。今まさに自由民権を叫ぶ声が上がり、庶民の藩閥政治への不満は高まる一方だ。こんな時代だからこそ世間は河内山宗俊の胸のすくような啖呵を渇望しているのです。あんな狂言は黙阿弥先生にしか書けませんよ。」

(完)

#短編小説 #歌舞伎 #河内山宗俊 #九代目団十郎
#河竹黙阿弥 #自由民権運動

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