【せりふ三題噺】夜の花屋
当店に新入りスタッフが入った。なんでも社長の恩人で、食い扶持を失ったから恩返しのため雇われたのだという。彼の名はカケル、彼は——。
「涼さん、資材の検収終わりました」
「ありがとうございます」
カケルは48歳、背が高く線が細い。こめかみに白髪が混じり、物腰は柔らかいものの、歩く姿はただ者ではない。鍛えられた体幹による重心移動、周辺の環境把握を欠かさない足運び。気を抜くと身のこなしを見るだけで怖気る。
涼は25歳の正社員で、カケルの教育係である。正直恐れ多い。とはいえ夜間業務を教えられるのは涼しかいないのだ。仕事だと割り切って、カケルという明らかに格上のパートを教育する。
22時のベルが鳴った。当店は花屋で、10時~19時まで営業している。その後休憩、片付け、準備を経て、22時に再開店する。お迎えするお客様は人間ではない。
「行きましょうか、カケルさん」
カケルは準備万端だ。二人とも黒の長ズボンに青いシャツ、その上に深緑色の長いフローリストエプロン。そしてエプロンの上にベルトを装着し、刀を差した。
涼が花屋のガラス戸を開け、商店街の湿った月光を浴びた。
カケルが変容した。赤い瞳、長い耳、白い毛皮、月光の元で半人半兎の異形を表す。
見据えた闇の奥に、蠢く数多の魍魎。アブラムシやダニの怪物、瘴気を纏った骸、花の育ちを妨げる怪物たちである。
「カケルさん、気合い入れてこ!」
「ええ」
二人は抜刀し、闇を満たす商店街の怪物たちに斬りかかった。
*
「あら、綺麗なゼラニウムね!」
「ありがとうございます。秋の末まで咲き続けるので、おすすめですよ」
カケルの名札には真新しい新人マークが付いているが、花の知識の吸収が早い。
いつかの晩に狩った怪物たちは、商店街の生命力を奪う妖たちである。それはあらゆるナマモノの鮮度を奪って喰らう。
夜になるとあらゆる従業員が駆り出される。魚屋や肉屋、八百屋は鮮度を守るため、花屋も花を守るために夜の狩りに出る。
結果、商店街の生命力は正しく調和され、商売は繁盛する。しかし商店街も高齢化し、狩人の外注も資金面で難航している。
「カケルさんのおかげで商店街の皆さんも喜んでますよ」
「それは良かったです。おかげさまで花の勉強も捗ります」
日中のカケルはやはり人の姿で、謙虚な人だ。しかし、かの晩の豹変たるや…。
半人半兎の剣客、人間には荒々しく、獣にも完全に振り切れていない。月光を浴びた時だけ現れるそれは、行き場を失くした暴力性の具象であった。
「そうだ!これ差し入れよ。今度うちの店にも来て頂戴ね!」
そう言って常連の婦人は、自店の名物の三色団子をパックに入れてカケルに差し出し、真っ赤なゼラニウムを買って帰った。
「今の近くの和菓子屋さんの奥様です。この時期なら七夕団子が美味しいですよ」
涼が声をかけると、カケルは「和菓子屋さんですか、いいですね」笑みを浮かべてと応えたものの、一抹の憂いが垣間見えた。
カケルがなぜ前職を失ったのか、なぜこの夜の危険な仕事を引き受けたのか、なにより半人半兎の経緯は…?
この人について知らないことが、聞くべきでないことが多すぎる。あの一抹の憂いにも触れてはならぬ過去があるのだろう。
だが、今は知らなくていい。花が自ら人に話しかけることはない。ただ寄り添って、いつか打ち明けるその時に受け止めればよい。
