【シロクマ文芸部】太陽の夏休み
夜店から夜店へと、白い浴衣の童子が移ろい続けている。
イカ焼きの店、金魚すくいの店、射的の店…。次から次へと店を訪れる。しかしその手はずっと空である。さっきまで弾ませていた水風船は、すーっと消えていく。童子を見守っていた屋台の店主の視線も、やがて他の誰かを捉える。
童子の手には何も残らない。童子の顔は誰の記憶にも残らない。
「ここにおられましたか」
青年は童子を見つけ、駆け寄った。青年は半袖シャツに紺のスラックス、白い足袋に雪駄という、履き物だけが不釣り合いな恰好である。
童子は青年を見上げると、半分つまらなそうに、しかし半分安心したように言った。
「しばらく一人で回りたいのじゃ。あとで迎えに来たもれ」
「尊様…」
童子は青年に背を向けて走り出した。雪駄がカランコロンと小気味よく鳴る。S市中央通りの歩道に沿って夜店が二列に並んでいる。車の通りが止められ、人々は車道を行き交っている。
すれ違った背の低い少年が鈴の付いた団扇を落とした。童子は団扇を拾って少年に渡す。
「ほれ小僧、これを落としたぞ」
「あ、ありがとう!…あれ?」
少年は団扇を受け取ると、まるで見失った人でも探すかのようにキョロキョロし、やがて自分の目的地に向かった。童子はため息を吐く。
「尊様」
先ほどの青年が追い付いてきた。青年の顔を見る勇気は無かった。
童子はこの街の昼神。昼に活動する市民から信仰心を得ている。よって夜のこの祭りは夜神の領分であり、童子が夜の市民の記憶に残ってはいけないのである。その条件を承知で、この青年に連れてきてもらった。
「夜店はほんに楽しそうじゃ。なぜ昼には無いのじゃ?外は暗いのに店は明るくて、大人も子供も楽しそうで、みんな両手いっぱいに思い出を買って持って帰るのじゃ。我は…」
童子は空の両手に視線を落とした。金魚の袋も、大きな綿あめも、焼きトウモロコシも、店先で眺める以上のことができない。
店主と挨拶以上の会話ができず、お賽銭箱から持ってきた小銭は一銭も減っていない。
あんなに憧れた夜店が、温かく輝きながら列をなしているのに、この心は少しも温まらない。
「先ほどから呼び止めておりますのに、これをお渡ししに来ました」
言うと、青年は一枚の木札を童子に渡してきた。五角形の絵馬のようで、この街の夜神の紋が刻まれている。
「これは…!」
「今夜だけだぞ、と夜神様から言伝です。あちらの夜店をお借りしています」
青年の指す方に、空っぽの、しかし暖かそうな灯りの灯る質素なテントが立っていた。
*
その日、S市夏祭りで最も売れたのは、突如開店した「太陽の夏休み」という商品だった。
日中の太陽のように真っ白のミサンガである。しかし、それを身に付けると、月や星灯りが一層輝いて見えるのだという。
星空の輝きは太陽の幕引き。ゆえに昼神の加護は裏返して星々に息吹を与える。
ビル街のS市中央通りでありながら、ダイヤを砕いたような星空が広がるのである。ミサンガは飛ぶように売れ、人々は今までの祭りで一番の思い出を持ち帰った。
「夜神がケチなせいで今夜しか使えんのだがのう」
童子はしかし満足げに言った。夜神の限定的な許しにより、この夜店の中だけ童子とお客さんが交流できるのだ。
「だからこそ売れたのでしょう。我ら日本人は”限定”という言葉に弱いですからね」
童子がひたすらミサンガを編み、青年が接客販売に奔走していた。二人ともいい汗をかいた。
「ん、この音は?」
「あ、尊様!早く行きましょう!」
青年が金庫に鍵を掛け、『完売』の札を立てて童子の手を引いた。
「祭りの締めは花火ですよ!」
祭りの参加者たちが川に集まっている。まずい、星灯りが眩しすぎる。花火が見えないかもしれない。
童子は念を込め、ミサンガのご利益を今だけ止めた。動揺し、どよめく人々。
しかし花火が上がると、その何倍もの歓声が広がった。
「のう、人の子よ」
「はい?」
みんな花火に夢中だし、どうせ童の声は誰にも覚えられん。だから童子は堂々と言った。
「今までで一番楽しい夜じゃ!」
一際大きな花火がドーーンと弾け、祭り会場はその音で満ちた。
