おとしたものは【#チャレがや杯2026応募作品】
「榊優介です。桜木さんのプロフィールを拝見してぜひと思ったけど、競争率が高くて……お会いできて本当に嬉しいです」
桜木美緒は、仕立てのいいスーツを着こなした目の前の男性を見つめた。
落ち着いた物腰と穏やかな笑顔は、かなりの好印象だ。
婚活男性あるあるの自分語りもなく、むしろ美緒の話を聞きたがった。時に楽しげに笑い、思いやりに満ちた言葉を返す。
ボロの出やすい会計もスマートで、初回のデートとしては満点だった。
「今日は本当に楽しかったです。よかったらまたお会いできませんか」
別れ際の熱のこもった言葉にも嘘はなさそうだ。
美緒の胸は幸せな未来の予感に高鳴った。
二人の交際は順調に進んだ。
五つ年上の優介の話しぶりはゆったりと心地よい。美緒の質問にも、深く考えてから丁寧に答えてくれる。
これまで紹介された男性の中でも抜群の好感触だった。
三か月が過ぎたころ、二人は優介の車で海へ出かけた。
人の少ない砂浜。空と海を茜色に染めて沈む夕日。
「美緒さん。お話ししたいことが……」
まさにプロポーズには最高の舞台で、優介が顔を赤らめて口ごもる。
「美緒さんがよければ、僕と……わっ!」
「!?」
ぐらりと揺れた優介の体が砂浜へ倒れ込んだ。その脇を小さな子供が駆け抜けていく。どうやらはしゃいで優介に衝突したらしい。
「ああ、驚いた……優介さん!?」
向き直った美緒は仰天した。
優介が砂の上に跪いて、一心不乱に何かを探しているではないか。
「何か落としたの? 私も一緒に……」
「動くな!」
優介の大声に、美緒は竦み上がった。だが優介はなおも狂ったように地面を這い回っている。
「ね、ねえ、コンタクトでも落としたの?」
「うるさい! 動かないでくれ!」
あたりが暗くなると、優介は舌打ちを洩らして諦めたように立ち上がった。
「帰ろう。遅くなった」
それだけ言うと、別人のような仏頂面でさっさと車の方へ歩いていく。
美緒は慌てて後を追った。
別れ際に「じゃあ」と素っ気ない一言を残して走り去る車を、美緒は呆然と見送った。
翌週、優介から会いたいと誘われた美緒はひどく悩んだ。
あれだけで手切れにするにはあまりに惜しい相手だが、どこか違和感が拭えない。
「この前はごめんね、美緒さん」
優介は神妙な顔つきで頭を下げた。
「あの、おとしものは……」
「ああ、それはいいんだ。ねえ、今日は山へ行こうか。どうも僕は海と相性が悪くてね。ははは」
美緒は内心首を傾げた。
景色のいい場所でプロポーズの仕切り直しをするつもりだろうか。
だが、あの豹変ぶりはどうにも……。
その日の夜遅く、帰宅した優介を母親が嬉々として出迎えた。
「お帰りなさい、優ちゃん。ちゃんと落とせた?」
「ああ、ばっちりさ」
ソファへどかりと座った優介の傍らへ、母親がいそいそと腰を下ろす。
「お疲れさま。今回は後始末が大変だったわね」
「まったくだ。あのガキがぶつからなきゃ、ちゃんとプロポーズの台詞が言えたのにさ。それまでは順調にママの声が聞けてたんだから」
母親は不満げに首を振った。
「あの時イヤホンを落としたのは痛かったわね。でもマイクは無事でよかったわ。あんなふうに怒鳴っちゃダメよ。まだ結婚前なんだから」
「判ってるよ。おかげでヤバい顔見られたけど、それも今日で片がついた。うまい具合に手頃な崖があってよかったよ」
「そうね。警察の方も問題なかったみたいだし」
「ママの指示どおり『蜂に驚いた彼女が足を踏み外して』って言ったから。うまくパニックのフリできたかな」
「とっても上手だったわよ、優ちゃん。じゃあ次のお相手を探す前に、ママとデートの練習しなきゃね」
嬉しそうに頷く息子の頬を、母親はむっちりした指で満足げに撫で上げた。
(本文:1497字)
『チャレがや杯』、初めて参加させていただきました!
お題のキーワード、フル投入の方も多数いらしてすごい!!!
秋しばは、4年ほど前に書いた『おとしもの』というタイトルの掌編を書き直しての参戦です!
(だってキーワードを見たら、そのものズバリだったので…)
約2200字の作品を気合いで1500字に詰めました(笑)
久々に必殺技の "字収めの舞" を踊り倒した秋しばです。
みくまゆたんさん、コッシーさん、ご企画ありがとうございます!
よろしくお願いいたします!!
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