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大人になると「純真な心」が失われるのか

子供の頃の純真な心のままでいたい

どうして「大人になる」と
純真な心が「なくなっちゃう」
んだろう、って考えたりしますね。

そもそも、純真な心って
「失われる」ものなんでしょうか。

それとも、「純真な心」は、
失われているのではなく、
本当は、どこかに残っていて、
「隠れている」だけかもしれません。

もし「隠れている」のなら、
純真な心は、どうして、
何に「覆われる」のでしょう。

純真な心を「覆うもの」は、
自分の心を守るための
バリアなのかもしれない、
そう感じるようになりました。

例えば、子供が初めて見ても、
近づくと危ないような動物は、
黄色と黒のストライプのような
わかりやすい見た目をしています。

そして、子供ながらに、
その見た目から、警戒する方が
いい存在だなと、思うのでしょう。

それと同じように、
子供が大人をひと目見た時に、
怖いおじさんかもしれないと思うと、
自分の周りにバリアを張るでしょう。

逆に、初対面でも、
優しそうなお姉さんだなと思うと
子供心にバリアを張らなくても
大丈夫だと安心するのでしょうね。 

つまり、「純真な心」とは、
相手や周囲に対して警戒がなく、
無防備な時の心の状態だと思うのです。

小さな子供のうちは、
見ず知らずの人ではない、
身の回りにいる人に対して、
バリアを張ることはないので、
「純真な心」は覆われずに、
そのままでいられるのでしょう。

そして、成長していく中で、
いろんな友だちや先輩後輩、
親や親戚、先生などとの相手との
心の距離が近くなってもいいか、
遠い方がいいかを感じ取っていきます。

その中で、あまり近づけたくない、
遠ざけておきたいと思う相手が、
自分に近づいてこようとする時に、
バリアを張って自分を守るように
なっていくのだと思います。

さらに、初対面の人に対する時や、
関係性が遠いうちには、近づいても
大丈夫かよくわからないので、
最初から、バリアを軽く張り気味で
接しながら距離感を測るのでしょう。

こうして、人は成長する中で、
バリアで覆われて見えなくなった
「純真な心」が失われてしまったと、
勘違いしてしまうのでしょう。

ただ、大人になっても、
子供のような「純真な心」を
持ち続けてると感じる人がいます。

初対面の相手に対しても、
自分の心を守るバリアを張らずに、
相手に対して無用に心の距離を取らず
心の距離を、縮めることができる人です。

接客業などで、お客様に対して、
そのようにできる人は、
少なくないかと思います。

そのような
仕事としてできるのではなく、
誰に対しても、しかも自然に
そのようにできる人、
つまり「純真な心」をいつまでも
持ち続けていると思える人を
心から尊敬していますし、
ずっと憧れてきました。

いったい、どうしてそのように
できるんだろう?と思ってきました。

そして、そのようにできない
自分自身を「人見知り」なのだと
思い込んできたかもしれないと、
思うようになってきたのです。

つづく

以下につづきの内容を投稿しました。
よろしければ合わせてご覧ください。

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