いつもと変わらない朝。1話
脳梗塞。
まさか、自分がなるなんて。
そう思ったのは、41歳のときでした。
今でも、あの日のことはよく覚えています。
いつもの月曜日の朝
12月1日。
週の始まりの月曜日。
その日も、いつもと変わらず会社へ行きました。
会社の車に乗り換えて、同僚と一緒に近くの現場へ向かいました。
現場は会社からそれほど遠くなく、朝礼が始まるまで車の中で20分ほど待っていました。
そして、朝礼の前に車から降りて、現場まで歩いていたときでした。
50メートルくらい歩いたところで、突然、視界がおかしくなりました。
白くぼやけるような感じ。
霧がかかったような感じでした。
実はその前の日の日曜日の夕方、買い物をしているときにも同じようなことがありました。
5~10分くらいすると治ったので、
「ちょっと疲れてるのかな」
くらいに思っていました。
だから月曜日に同じ症状が出たとき、
「あっ!昨日の感じだ」
と思いました。
でも、その数秒後。
今度は突然、ものすごいめまいがしました。
ぐるぐる回っているような感覚。
立っていられない。
歩けない。
「やばい!歩けない、立てない」
そう思いました。
一緒にいた同僚に伝えると、支えてもらいながら何とか車まで戻りました。
同僚が会社に連絡してくれました。
電話の相手は、兄でもある会社の社長。
すぐに現場へ向かってくれました。
兄が来るまでの間も、めまいは続いていました。
頭も重い。
頭を起こそうとしても、また下に落ちてしまうような感じ。
それでも僕は、脳梗塞なんてまったく考えていませんでした。
僕は普段、あまり風邪をひくほうではありません。
高熱を出したのも、もう10年以上前。
インフルエンザになったこともありません。
だから、
「もしかして、ものすごい熱でも出てるのかな?」
「初めてインフルエンザになったのかな?」
そんなことを考えていました。
そして、
「あー、仕事で迷惑かけそうだな……」
そんなことまで考えていました。
まさか、自分の脳で何かが起きているなんて。
このときは、本当に思っていませんでした。
病院へ
兄が到着すると、すぐに病院へ行くことになりました。
どこの病院に行くか迷いながら、兄が病院へ電話をして、
「すぐ診てもらいたい。歩けない状態です」
と伝えてくれました。
病院に着くと、入口には何人かの看護師さんやスタッフの方がいて、車椅子を用意して待ってくれていました。
そのまま車椅子に乗せてもらい、診察室へ。
そのあたりのことは、今となってはあまり覚えていません。
先生から何か質問をされたと思います。
「どんなめまいですか?」
そんなことを聞かれたような気もします。
途中で、
「トイレに行きたい」
と伝えたこと。
少しお腹も痛かったこと。
そのあと、頭のCT、血液検査、胸のレントゲンだったかな……。
いろいろな検査を受けました。
そして検査をしている途中。
気持ち悪くなって、その場で吐いてしまいました。
すぐに吐き気止めの点滴が始まりました。
車椅子に座ったまま点滴をしてもらい、ときどき眠っていたと思います。
点滴の影響だったのかもしれません。
しばらくすると、母も病院に来てくれました。
「胃腸炎でしょう」
検査結果が出ると、僕と兄と母の3人で先生の話を聞きました。
点滴のおかげなのか、少し体調も良くなっていて、顔色も少し戻っていたと思います。
先生から言われたのは、
「頭のCTでは何もありません」
ということ。
そして、
「年齢的にもまだ若いので、脳の病気という可能性は低いと思います」
という話でした。
MRIを撮れば、さらに詳しく調べることはできる。
でも、そこまでする必要はないんじゃないか。
そんな感じの説明だったと思います。
そして、先生からは胃腸炎ではないかと言われました。
正直、
「胃腸炎でも、えー……って感じだけどな」
と思いました。
こんなにめまいがして、歩けなくなって、吐いて。
それでも胃腸炎なのか……。
少し不思議な気持ちはありました。
でも、検査では何も見つからなかった。
そう言われれば、そうなのかなと思いました。
「今日は一晩入院して、明日になって体調が良くなっていたら帰ってもいいでしょう」
そう言われました。
僕も、
「じゃあ、それでお願いします」
と答えました。
このとき考えていたのは、
「今日と明日は仕事を休まないといけないな」
「迷惑かけるなー」
そんなことでした。
まさか、このあと生活そのものが変わるなんて思っていませんでした。
「何か、ひっかかるな」
兄は一度、仕事に戻りました。
母も、
「明日の昼くらいに迎えに来るから」
と言って帰りました。
その日の夜。
兄から電話がありました。
「何か、ひっかかるな。やっぱりMRI検査してみたら?」
そう言われました。
実は僕自身も、
「うーん胃腸炎って言われたけど、本当にそうなのかな?」
という気持ちが少しだけありました。
でも、
「まぁ、明日になって考えてみる!」
そう言って、その日は眠ることにしました。
寝る前に看護師さんが来て、夜の間は点滴を止めてくれました。
そして、そのまま眠りました。
翌朝、もう一度めまいがした
翌朝。
何か夢を見ていたような、そんな感覚で目が覚めました。
まだベッドに横になっているのに、
頭が落ちていくような感じもありました。
「あれ?めまいか!また?」
そう思いました。
しばらくして、ゆっくり起き上がりました。
そして、トイレへ行こうと歩き始めました。
でも、やっぱりふらふらする。
ちょうど通りかかった看護師さんに、
「ふらふらする」
と伝えました。
すると、ほどなくして先生が来ました。
僕の顔を見るなり、
「顔色が悪いな」
「すぐにMRI撮りましょう」
と言われました。
そのままMRI検査を受けることになりました。
「小脳っていう場所の脳梗塞が見つかりました」
MRIから戻ってきて、しばらくすると先生が来ました。
そして、こう言いました。
「昨日、年齢的に若いしって話をしたんだが……」
一瞬、何を言われるんだろうと思いました。
そのあと、
「小脳っていう場所の脳梗塞が見つかりました」
と言われました。
頭が真っ白になりました。
「……えっ?」
それしか出てきませんでした。
昨日までは、
「胃腸炎でしょう」
と言われていた。
今日は、
「脳梗塞が見つかりました」
と言われている。
頭の中で、その2つの言葉がうまくつながりませんでした。
そして先生が、
「大丈夫だから」「頑張ろう」
と言ってくれました。
その言葉を聞いたとき。
張りつめていたものが切れたのか、涙が出てきました。
そして、なぜかそのとき頭に浮かんできたのは、
好きな人の顔でした。
「まだ会いたいな」
そんなことを思ったのを覚えています。
ここから、すべてが変わった
その病院には脳の専門の先生がいなかったため、別の病院で診てもらうことになりました。
先生が手配してくれて、救急車で別の病院へ搬送されることになりました。
母にも連絡が入り、病院へ来てくれました。
兄は、このとき、
「最初から救急車を呼べばよかった」
と悔やんでいたそうです。
でも、僕は兄を責める気持ちはありません。
あのときの僕自身だって、自分が脳梗塞になるなんて思っていなかったからです。
昨日の朝。
僕はいつも通り会社へ行きました。
仕事をして、家に帰る。
それだけの、いつもと変わらない一日のはずでした。
それが、たった一晩で変わりました。
そして僕は、このあと救急車に乗って、別の病院へ向かうことになります。
――ここから、僕の脳梗塞との生活が始まりました
次回へ
救急車に乗って向かった先で、
僕はこれから始まる入院生活のことを何も知りませんでした。
ただ一つ分かっていたのは、
「僕は脳梗塞になったんだ」
ということ。
ここから、僕の生活は少しずつ変わっていきます。
次は、救急車で運ばれた先で起きたことを書きます。
