こんな世界を、私は赦せない
神を信じるのは自由。それはこの時代、ちゃんと認められている。
でも、私が疑問に思うのはそこじゃない。
信じてるその神、本当に正しい道に人々を導いてるの?
神って、何?
全知全能? 人知を超えて優れた存在?
癒し、赦しをもたらす者? 創造主?
楽園に導く愛の存在?
それとも、試練を与える存在?
どれでもいい。でも、ひとつだけ思う。
もしその神が「赦しなさい」と教えているのなら、
その教えのもとで、なぜ殺し合いが起きるの?
信仰が違うという理由で命を奪うなんて、それこそ神に逆らう行為じゃないの?
「赦すかどうかは神が決めること」と言うなら、
なぜ人が、戦争という手段で他人を裁いていいと思うの?
もしかしてその神は「もっと殺せ」と言ってる?
「私以外の神を否定しろ」と?
……それ、もう神じゃなくて悪魔じゃない?
最近SNSで戦地の市民の人が撮った動画が流れてきて戦争について考えずにはいられなくなった。
正直今までニュースで戦争の話題をしててもどこか遠い存在で、日本は平和でよかったーくらいにしか思ってなかった。
日本の平和は、多くの命が犠牲になって築かれたものだと学んではいた。
それはもちろん感謝してる。
ただ、まるで同じ地球で起きている出来事として実感していなかった。いままでは
だけど普通の暮らしをしてた人たちが誰かの勝手で起こった戦争に巻き込まれて泣いている姿を見て、ハッとさせられた。
今なんだって。
今この人たちはこの恐ろしい苦しみと恐怖を体験してるんだって。
あらゆる文明が発展して、少なからず物理的に豊かになったこの地球の同じ時間に
戦争によって死ぬかもしれないという恐怖におびえてる人々が存在する。
目の前で爆弾が落ちて、次の瞬間、生きている保証がなくなる。
なぜ罪もない市民を巻き込まなければいけないのか
自分の信仰心を掲げて戦いたいなら、
せめて人のいないところで、存分にやればいい。
どうして関係のない市民を巻き込むの?
子どもを泣かせ、家族を失わせ、普通の暮らしを踏みにじってまで、
神の名を叫ぶ意味って、なんなの?
なんで戦争に踏み切ったやつらが、安全な場所で高みの見物してるの?
死ぬのは誰?泣くのは誰?
決めた本人たちはスーツ着て会見して、被害者ぶって、何を守った気になってるの?
ここでゴチャゴチャ言ってる私も、何もできない無力な傍観者なんだけど。
だって、動画の人きっと誰でもいいから助けて、ここから救ってって思ってるはずだから
こんなことが神の名のもと起こるなら
私は神を信じないだけでなく、憎いとさえ思う
全知全能を名乗るなら、今すぐ現れて止めてほしい。
「核を持たずとも、平和は築ける」
「力に頼らずとも、対話で道は開ける」
「信仰とは、他者を支配する理由ではなく、共に生きる知恵である」
……そんなふうに、世界中に言ってくれたらいいのに
私は無力だ。
世界を変える力も、戦争を止める力もない。
それでも、もう遠い存在として見ることはできなくなってしまった。
見てしまった以上、知ってしまった以上、
自分の世界と切り離して生きていっていいのかと、
答えの出ない問いを、私はずっと自分に投げかけている。
SNSの小さな動画の中で泣いていた
あの泣き顔が、目に焼きついて離れない。
だから、私はここに書く。
誰かの「正義」が、誰かの「地獄」になっているこの世界で、神の名のもとに命が奪われるという、あまりにも無意味な現実にどうか早く気づいてほしい。
たとえ何もできなくても、
「それはおかしい」と思う心だけは、
私は、決して手放したくない。
それが、今の私にできる、
小さくて、でもたしかな祈り。
あとがき
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
本来の予定では、AIと一緒に作った人類を遠くから見つめる“知的存在”の視点で描いたSFストーリーを連載するつもりでした。
文明の矛盾や、進化の本質を、少し皮肉とユーモアを交えてお届けする予定だったのです。
でも、そんなときにSNSで目にした、たったひとつの動画が、私の心を強く揺さぶりました。
爆音の中で泣き叫ぶ子ども。
誰かの正義の影で、命を落としていく人々。
現実のあまりの重さに、
どうしても、この気持ちを先に書かずにはいられませんでした。
これは予定外の、けれど今の私にとって一番必要だった言葉です。
読んで、不快に感じる方もおられるかもしれません。
戦争の原因が宗教的なものだけではないことは、もちろん理解しています。
もしかしたらこれは、何もできない無力な自分への怒りを、神にぶつけた言葉なのかもしれません。
それでも、感じてしまったこの思いを、言葉にせずにはいられませんでした。
これを読んでなにか感じとっていただけたら、
考えるきっかけになったら幸いです。
なお、当初予定していたストーリーも、近いうちに少しずつお届けできたらと思っています。
