【小説】元悪役令嬢おかん王妃は、シンギュラリティの夢を見るか 3.昔攻略対象、今おじさん④
頭頂部が薄く、亜麻色の髪のはずが大分白いものに浸食されている。紫の目は穏やかな性格が表れていて、一言でいえば『気のいいおじさん』。
ゲームの攻略対象の一人ルートヴィヒ・アルガオールは、そんな印象の人物だった。
「妃殿下、突然のご訪問とはまた……」
「申し訳ないな。緊急事態やってん」
騎士団長の応接室に通されたあと、気さくに挨拶を交わす二人を、リリエンはぼんやり眺めていた。
よく覚えている。この二人、ゲームでは犬猿の仲だった。
「王太子殿下のお話は、耳にしております」
「噂はやっぱ回るのが早いわな。で、まあうちのダンナの奇行を思い出して、懐かしくなって会いたくなってん」
「それは……」
騎士団長、めっさコメントに困っている。そりゃ王様の悪口は言えないし、同意も否定も気まずいだろう。
「ま、まあ……このようなところまでお越しいただき、光栄の至り。過日の醜態まで思い出さずにおいでくださればよろしいのですが」
「ははは、お互い様や」
そこで王妃は、リリエンとローズマリーに顔を向けた。
「紹介するわ。デルタ公爵家のローズマリー姫、あと今代の聖女リリエンや」
「なんと……!」
ルートヴィヒは、驚きをあらわにリリエンの前に立つ。
「再び聖女が現れたとは聞き及んでおりましたが、この少女が?」
「マリエーヌと同じ立場、同じ力を持つ子ぉや」
リリエンはひとまずルートヴィヒに礼を取ったが、どうしたものかと思っていた。
聖女聖女言われているが、特に今のところ何か不思議な力を使えるようなことはないのだ。神殿にいきなり連れて行かれて、『聖女が現れた! これがその印!』とか言われてむき出しの背中を数人の大人と両親に見られただけ。以来聖女の修行と称して神殿にほぼ幽閉状態、学園に通えることにはなったが、神殿から派遣された使いが絶えずリリエンを見張っている。逃げも隠れもする気はないのに。
「失礼いたしました、聖女殿。お役目は今後何かと重責となるとは存じますが、何かあれば不肖このルートヴィヒもお力添えいたします」
「あ、ありがとうございます」
「それに、先の聖女マリエーヌも相談に乗ってくれることでしょう」
へどもどしているリリエンに、ルートヴィヒは優しく微笑んだ。
これがあの、ゲームでは『氷結の騎士』とか呼ばれていたキャラとは思えない。優しいおじさんである。
「おお、そうだ」
ローズマリーとも挨拶をしたあと、ルートヴィヒは言った。
「聖女には護衛が必要になるやも知れませぬ。もしよろしければ、この場でご紹介いたしましょうか」
「昔のあんたみたいな立場の子ぉか? ええな」
ローズマリーはうなずき、素早くリリエンとローズマリーに目配せした。
――攻略対象かどうか見極めろ、ということだ。
三人がしばらく待っていると、扉が叩かれすらりと背の高い騎士が入ってきた。
「お呼びですか。閣下」
黒髪黒目、二十歳ほどだろう。少し影があるが、真面目そうな美青年だった。
リリエンは直感した。間違いなく攻略対象だ、と。
長年培ってきた、おたくとしての勘である。
「すまぬな、突然。妃殿下、彼はディートリヒ・ルベウス。今団内で最も実力のある者といって間違いございません」
「妃殿下……! 失礼いたしました」
ディートリヒは、素早く最敬礼を取った。その所作もきびきびとして無駄がない。あと美形なのでいちいち絵になる。
間違いない。攻略対象でしかあり得ない。
「お呼びだてして申し訳ありません。実は、こちらの聖女リリエン・ファウの護衛としてあなたが適任であると、団長閣下からご紹介いただきまして」
「聖女様?」
ディートリヒの視線が、リリエンに向けられる。
「お目にかかれて光栄です。ディートリヒ・ルベウスと申します」
「初めまして……」
「お隣の方は、デルタ公爵家令嬢ローズマリー姫。リリエンのご友人なので、同行してくださいましたのよ」
王妃に紹介され、ローズマリーは優雅に礼をした。ギャルモードでないときは、本当にやんごとなきご令嬢としか見えない。
ディートリヒは、ローズマリーには特に関心を見せた様子はなかった。儀礼的に挨拶し、すぐにまたリリエンに向き直る。
「不肖私めが、これより聖女様の護衛となる光栄を賜れるとのことでしょうか?」
表情はあまり変わってないが、めっさ嬉しそうだ。
リリエンが困ってマルゲリータを見ると、彼女は視線をリリエンとディートリヒの間で交互に動かした。攻略対象だと思うか?という合図だろうか。リリエンがうなずいてみせると、彼女は鷹揚に口を開いた。
「正式な手続きはこの後となるでしょうが、団長閣下の推薦もございますので、そのようになることでしょう」
「恐悦至極に存じます。このディートリヒ・ルベウス、微力ながら尽力いたします」
「ありがとうございます……」
乙女ゲーでよくあるパターンだ。最初のイベントにありがちな展開。これがゲームならば、このあと好感度を上げればイベントが発生するのだろうが。
できないのだ、それが。
リリエンは隣のローズマリーを目の端で一瞥し、唇を引き結んだ。
