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プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第三章4

第三章 第四話「みんな楽しく!」

「おはようございまーす!」
「おはよー!」
「おはようございます。」

うーん。違和感。

考えてみれば当たり前なのだが、挨拶が返ってこない現場なんてここに来るまでなかったわけで。

挨拶が返ってくることに違和感を覚えた私がここに毒されていたのだなと思う。

みんなで朝礼に向かうと、もはや当然と言わんばかりに早歩き鬼ごっこが始まった。


・・・のだが、様子がおかしい。

逃げ惑うスーツの人!追いかけるマダム!
いいなー私も追いかけよう!
脂ぎったおじさんの波と、化粧の匂いのキツいマダムに混ざって私もスーツを追いかける!

ん?化粧の匂いがキツい?
マダム達の女の顔につい「マジか」とひとりごちた。
今日どう見ても濃すぎるだろあんたたち。

しかしこれではまるでゾンビパニックだ。
一人の男を追いかけるおじ、おば、私。
なんかこういうお祭りをテレビで見たことがあるような気がする。

まぁ、楽しければ良しとしよう。

「ゼェ・・・ゼェ・・・あのー、岡本くん・・・後、お願い・・・」

鬼ごっこを終えると、何故かシャツのボタンすら取れている半裸に近い男がそこにいた。
何があった。

魂の抜けたような半裸の人を尻目に、岡本くんがテキパキと指示を出す。

工場長は今日もいない。

後で聞いたところによると病欠とのことだったが本当だろうか?
本当なら仕方ないが、私は『おじさんの嫉妬は醜いな』と思ってしまったのだ。

昼休みが終わり、午後の作業に入ると半裸の人はいなくなっていた。
思い返せばいつだって昼休みに彼の姿を見ない。
外に食べに行っているのだろうか?

ともあれ半裸の人のいない現場が前のように暗くなることはなく、みんなで楽しく仕事が出来たように思う。

そして何よりも驚くべきは今は定時である。
久々の華金というやつだ。

まあ、今日のところは何の予定もないので真っ直ぐ帰ってゲームをするだけなのだが。

家に帰り、手早くご飯を済ませ、寝落ちするまでゲームに勤しんだ。


さぁて今日は土曜日!
待ちに待ったお肉の日である。
お肉をワインで、サングリアで流し込むという至福の時を味わうために今週頑張ってきたのだ。

普段は適当に済ませるメイクもバッチリ決めた。
なんだかんだキメて出かけるのは好きなのだ。

「あ!藤田久しぶりー!」
「久しぶりー!じゃあ早速はいろっか!」

カランッ-

入店すると、店内のそこかしこからお肉の焼ける音と、なによりとんでもなく空腹を刺激する匂いが充満していた。

既に極楽である。祭りだ。
やはりお肉は世界を救うのだ!

いくつかのお肉とデキャンタワインを頼み、お肉を待つ間に友人はいきなり本題をぶっ込んできた。

「彼氏にプロポーズされちゃったの!」


・・・なるほどなるほど。

長年の親友であり腐れ縁であり、愛憎渦巻くナニカでもあるこの女は『初手マウント』というぶちかましでもって私の極楽浄土を粉砕した。

「どぉせぇ、わたしゃもう5年も彼氏のいない喪女ですよぉーだ。」

「ごめん!ごめんって!どうしても報告したくてさぁ。電話だと味気ないし、結婚式の招待状とかの話もしておきたかったし。」

「へぇへぇ、よござんすねぇ。私だって彼氏が欲しくてたまらないってゆーのをご存知ない?」

「知ってるってばぁ。ごめんってー。でも本当に一番に報告したかったの!」

それは本当だ。
この友人は確かにいつも私を最優先してくれるのだ。
彼氏を除けば。

「うん知ってるよぉ。彼氏欲しすぎて撃沈しちゃったけど、お祝いしたい気持ちは本物だから。
おめでとう!」

「うん、ありがとう!」


「お待たせいたしました!こちらがデキャンタワインとグラスがおふたつ、こちらリブロース、ハラミステーキ、鶏皮カレーチップとシュリンプアヒージョですねー!以上でお揃いですか?」

これはヤバい!想像以上だ!
っていうか他で食べるよりお肉大きくない?
鉄板の上でじゅうじゅうと焼けるお肉達が愛おしい。

・・・これが彼氏でもいい気がしてきた。

「うん。私この子達が彼氏でいい。」

「うん?君は何を言っているのかな?っていうか気になる人とかいないの?」

「えぇー?それがいたら苦労なんてしないんですよお姉さん。家と職場の往復ばかりで何の色恋沙汰もありゃしませんて。」

「なんでそんなおじさんみたいな喋り方なのよ・・・なら職場にいい人いないのぉ?」

ワインを一気に飲み干す。喉が熱い!

「前に言ったでしょーよ。おじさんばっかでたまーにいる若い人も根暗ーな感じでさぁ、気になるどころか目につく人だっていやしない。」

「あらーそれはちょっとアレよねぇ。じゃあ仕事はどうなの、楽しい?」

「あー、前まではほんっとつまんなくてもう限界かなぁなんて思ってたけど、今週なんか歳が近そうな変なスーツの人が来るようになって、それから楽しくなってきたかも。」


あれ?

「なにそれ!恋じゃん!そのスーツの人じゃん!」


あれ?

「ちーがーうって!仕事の仕方が上手っていうかとにかくみんなを楽しくしてくれる人っていうか、でも顔が古いのよぉ。」

「顔が古いは失礼過ぎる!え?どんな顔なの?」

「んー・・・なんだろうなぁ?私って松坂桃李くんみたいな人好きじゃん?」

「そうね。」

「なんだろう、玉山鉄二を」
「超かっこいいじゃん!」

「聞け!玉山鉄二を若干くたびれた感じにしてー、もう少し阿部寛に寄せたような顔っていうかー、中東?」

「中東!?いやー、でもベース玉山鉄二はだいぶカッコいいと思うけど?」

「タイプじゃなーいー!」

「でもちょっと気になってるでしょ。アンタそういうとこあるし。気になってるならなんかしておいた方がいいと思うよ?その人の名前は?」


「・・・知らない。」
私もドン引きだ。
名前を知らない。

いや自己紹介してたのは覚えてるけど。
お恥ずかしい話、聞こえてなかったのだよ。

「はぁ!?知らない!?あんたそれはないわー。けど同じ職場だったらすぐ聞けるか。
まぁ彼氏うんぬん抜きにしても歳の近い人で仕事できそうとか人良さそうとか、連絡先ぐらい交換しておいてもいいと思うよ?」

ふーん、なかなかズルい女だなこいつは。


「まぁ・・・仕事してる時はすごい楽しそうで、ちょっといいかもって思ったけど・・・」

「じゃあ話しかけるくらいしたらいいじゃない!」

「こないだ喫煙所で見かけたけど、なんか・・・声かけられなかったから・・・」

「えぇ・・・乙女に過ぎる。でも頑張っときなさいよー?私たちももうそう若くないんだし。」

その通りである。
あの時の自分を殴りたい。

「わかった、ちょっと頑張ってみよう!」

しこたまお肉を食べ、浴びるようにワインを飲み、月曜こそと決意を新たに宣言させられ、私たちは解散した。

・・・結論から言えば、名前も知らないスーツの人が職場にくることはもう無かった。

ー次回ー 第三章 最終話「型の定着」

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