プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第五章9
第五章 第九話「生活」
「ただいまー。」
「おかえりー。・・・?どしたの?」
「うーん、結果だけ言えば明日の夜給料について社長に直談判することになった。だから明日の夜はご飯がいらないかな。」
「・・・はぁ!?なにがどうなったらそんなことになるのよ!!あんた会社で何やってんの!?」
「いや・・あのさぁ。俺飲食好きじゃん?辞めたとはいえ。」
「あ・・・うん・・・それは私も悪かったとは思ってるけど・・・戻る?」
「まぁ・・・戻れるわな。多分電話一本で。」
・・・とはいえそれでいいのか。
「ごめん・・・簡単に言い過ぎた。二人の人生のつもりで私の人生の話しかしてなかった。」
いや、それは別にいい。
「そういうことじゃないんだよなぁ。」
「・・・もうちょっと私に話してくれればいいのに。」
そう・・・言われてもなぁ・・・
「いや、一応歳上なりの気遣いってやつ?」
「そう・・・わかった。無理はしないでね。」
「ふふ、まぁ名誉毀損だのそういうことはしねぇからなんとかなるんじゃないか?」
「そういうことじゃないわよ。」
「わかってる。あと少しだけ好きにやらせて。」
最後の悪あがきを。
「・・・うん。」
・・・そうして彼女が寝静まってから、めちゃくちゃ久しぶりに泣いた。
なんと今日の夜には早速社長との会食である。
給与明細を貰ってからたったの二日。
我ながらとんでもない仕事の速さだ、反吐が出るぜ!
っていうかリアルに吐きそうなんだよね。
朝だって濃いめぐらいで抑えたコーヒーが普通に戻ってきちゃうぐらいには、メンタルあたりがやられてる。
仕事終わりにダッシュで帰って冷たいシャワーを浴び、気を引き締めつつ会場に向かう。
少し早く着きすぎてしまったかもしれない。
どうにも手持ち無沙汰で、煙草に火をつける。
しばらくすると黒塗りの、なんていうかアウトレイジに出てきそうな車が停まった。
なんでこの会社こんな状態なのに、割と立場のある人達はみんなやたらイカつい車乗ってんのさ。
「早かったな。」
「お疲れ様ですー。ダッシュで風呂入ってくるぐらいの時間はあったんで良かったです。配送汗すごいっすからねー。」
嘘だ。
無理やり冷水で自分を叩き起こしたんだろう。
「社長にどう話を持っていくつもりなんだ?くれぐれも失礼の無いように、とだけ念を押しておかなければと思ってな。」
すまん事務長、それは約束できない。
相手の出方による。
もし社長が悪びれもしなければ星一徹譲りのちゃぶ台返しを披露するぐらいの準備はできている。
「流石にそこまで変な話はしませんよ。基本は正直に話します。」
もちろん事を荒立てる理由は、基本的には無い。
「まあなんとかなるでしょう。炊飯行ってた時にお会いしたことありますけど雰囲気柔らかいおばあちゃんでしたよ?」
「お、おい失礼だぞ!」
失礼ではないだろう。印象の話だぜ?
「流石に本人の前ではそんなこと言いませんよ!印象の話です。どこまでいけそうかなっていう。」
事務長はそれからなんかよくわからないが、失礼な態度とは何か?
みたいにやけに抽象的な質問をしてきたので、そんなの態度次第だと伝えておいた。
大事なのは今日の決意だしな。
「まあ、あんま深く考えずに基本給直してもらいましょうよ。」
このぐらいの強がりが今の俺の精一杯。
なるようにしかなんねーって思ったところで、どうにもならない気しかしない。
「社長、このような時間を取ってい・・」
「あらーーー!ほんっとうにイケメンなのね!!」
アレ?
ねぇ社長?
今俺ちゃんとしようとしたの、わかる?
「ありがとうございます。私の事を存じて・・」
「あのね!!私は元々炊飯が子会社だった時に、籍だけとはいえ社長を務めさせていただいていたから炊飯の方とはよくお話しするんです!」
アレ?
「そしたらもうね!あなたが来てくれたことでみんな明るくなった、楽しく仕事できるようになったって!ほんっとうに感謝しています。」
あらら、照れちゃうなぁ。
・・・っていうかあれから一週間になるのか。
明るく楽しいってのが続いてるんなら部長と岡本くんが頑張ったのだろう。
そりゃいい仕事したな。
「ありがとうございます!その節は・・」
「だからね!私もその人に会いたいわぁなんて思ってたら、ちょーうど事務長さんから電話があってー!」
うん、口を挟む暇もない。
ハリウッドの面白黒人でももう少し人の話を聞くと思うぞおばあちゃん。
・・・・・・とにかく要約すると
1・炊飯のパートさん達の有名人
2・まるで往年のスター
3・社長も楽しみにしてた
4・想像以上のイケメン
5・炊飯部長もすっごい褒めてた
と、まあこんな感じのことをずっとマシンガントークしていらっしゃる。
相変わらずばぁさんにしかモテねぇな俺。
とにかくどうにかして自分の話したかったことを通さねば、ただおばあちゃんをもてなしただけの素敵な一日になっちまう!
「社長!お話の途中大変申し訳ないのですが、どうしても一つお伝えしたいことがありまして本日お伺いさせていただきました。よろしいでしょうか?」
っていうかこういう時のアレのために事務長連れてきたのに、当の本人はなんだか神妙な面持ちで俺を凝視するばかりで何の役にも立たない。
何しにきたんだアンタ。
「あ、ごめんなさいねずっと私ばかり。小林さんどうぞ。」
・・・この人は多分お嬢様で、世間知らずで、会社のことを何も知らず、純粋な善人。
要はただのおばあちゃんだ。
「はい、ありがとうございます。私がお伺いしたいのはこちらの給与明細についてです。総支給、つまりお給料については問題ないのですが」
・・・問題大アリだけどな。
「ここの基本給というところが私の前職と比較しても著しく低いのです。その相談に参りました。」
「それが低いとどうなるんです?お給料そのものに違いはないとのことですけど。」
・・・最悪だ。
これ以上最悪で、唯一どうにかできそうな返答を俺は知らない。
