見出し画像

[ちょっと遅めの自己紹介] 一歩も外に出られなかった私が、もう一度外の世界へ


子どもの頃からずっと、

「私は、何のために生きているんだろう?」

そんな問いを、心に抱えていました。


※こちらの記事は、前記事の続きです。

🍀結婚、出産、そして産後うつと病気

夫と出会い、第一子である息子が産まれた後、ワンオペ育児のストレスもあり産後うつを発症しました。



世界中で、子どもと2人きりのようにしか感じられない圧倒的な孤独。そして、初めての育児によるストレスから化学物質過敏症(CS)を発症。


その5年後、娘を妊娠したことをきっかけに症状はさらに悪化し、電磁波過敏症(ES)も併発しました。


自宅にいても、シックハウス系の匂いと、外から入ってくる洗剤や排気ガス、農薬などの匂いで体調を崩し、日に日に外出することも難しい状態となっていきます。



インクや輸送中の匂いなどで本や新聞も読めない。電磁波でテレビを見ることも、携帯電話を使うこともできない。


家の中にも、外にも、身の置き場がない。


「普通に空気を吸いたい───」

「それだけでいい」


生きる上で、最低限のそれすらも叶わないなんて。



そう思う日々がひたすら続きました。


そんな状態だった私にとって、毎日は途方もなく長く感じられました。


必然的に、自分自身と向き合う時間だけが、どんどん増えていかざるを得ませんでした。



🍀少しずつ、外の世界へ

それでも、2人目の育児は楽しく、子どもたちが2人で遊ぶ姿を眺めている時間は、穏やかなものでした。


そして、くる日もくる日も、自分の内側ばかりを見つめ続けることに飽きてきた私は、

「少しずつでも、外とつながりたい」

そんな思いを日に日に強くしていきます。


体調不良で急に休んでも迷惑になりにくい、ボランティアやサークルへの参加から始め、少しずつ外の世界とのつながりを取り戻していきました。



その後は、

「自分と同じ病気の人が、これ以上、増えないでほしい」

という切実な思いから、病気を抱えながらもナチュラルクリーニングの講師を4年間続けました。


講座では、過敏症についてお話するのではなく、環境にも人にも優しい「ナチュラルクリーニングそのものの良さ」を伝えることを、心掛けました。



同時に、娘の幼稚園がシュタイナー教育だったこともあり、育児に対する私の見方も大きく変わっていきました。

それは、子育てだけではなく、対人関係や自身の考え方の形づくる上においてもとても役立つものとなりました。


子ども達が小学生になると、毎日のように10人以上の友達を家に連れてくるようになります。


子ども達の匂いで体調を崩しながらも、伸び伸びと遊ぶ彼らを見ているうちに、

小さい頃には圧倒されて教室にも入れなかった「子どものエネルギー」から私自身もたくさんの元気をもらっていることに気付きました。


🍀「働くこと」を目標に

子どもたちの小学校生活も落ち着いてきた頃、家計のこともあり、体調が良くない中でも仕事を探し始めました。


CSとESの両方があり、外に出ては体調を崩す私にとって、働くことは簡単ではありませんでした。


それでも、どうしても諦めたくなかった。


私にとって、病気からの回復を目指すうえでの一つの目標は、
「働くこと」だったからです。


病気のことを話せば雇ってもらえないと思い、面接では持病を伝えませんでした。



働いては体調を崩し、すぐに辞めてしまってご迷惑をおかけした職場もあります。


それでも、また探しました。


一歩進んでは、また戻る。


そんなことを繰り返しながら、私は少しずつ、「自分にできる仕事」を探していきました。


🍀やっと見つけた、できそうな仕事

考えて、考えて、考え抜いた末に、
「同じ空間にいる人数が少ない給食の仕事なら、できるかもしれない」と、思い至ります。


消毒や洗剤などへの不安はありましたが、幸い、勤務先では自然な石けんが使われていました。


建物の気密性が低かったことも、私にとっては幸いでした。


働き始めると、思っていた以上に仕事が楽しく、少しずつ体も慣れていきます。

「気を付けた生活をしていれば、普通の人に近い生活ができる」

と自信が出てきていた頃。


同じ過敏症を抱える方の、新聞記事を見つけます。


🍀無料相談窓口を始める

新聞で、同じ化学物質過敏症(CS)を抱える方の記事を見つけた私は、他人事とは思えず、新聞社に電話をしました。


記者さんを通してその方と連絡をとり、ご自宅を訪ねることに。


当時は、発症から14年ほどが経ち、以前に比べて体調も落ち着いていました。

それまでの経験から、症状への対策や、回復のために私がやってきたことをお話できたら。

そして何より、「同じ病気を抱える人同士がつながることが、少しで  も力になるのではないか」、
と思ったのです。


私自身、ご近所に同じ病気の方がいらしたり、ナチュラルクリーニングの講習会を通して、少しずつお仲間が増えていました。


同じ病気の方と出会い、情報を交換したり、共感したり、一緒に笑い合ったり。


そんなつながりが、私自身の回復にも大きな支えになっていました。


だから、

「今度は私が、誰かの力になれたら」

そう思い、新聞社に連絡先の記載をお願いし、無料の相談窓口を始めました。


結果、相談窓口を通して90名ほどの過敏症の方とお知り合いになることができ、お宅訪問をしてのアドバイスや自宅でのお茶会なども行いました。


🍀noteで書きたいこと

これから、noteで書いていきたいことは大きく三つあります。

一つは、化学物質過敏症についてです。

22年のお付き合いになるこの病気のこと。

そして、「無料相談窓口を通して考えたことや気付いたこと」を書いていきたいです。

私自身の経験が、少しでも、どなたかの参考になれたら、これ以上に嬉しいことはないです。


二つ目は、子育てに関することです。

成人した子どもちの育児の記録を、振り返って書いてみたいです。

毎日、自分が生きていくことに精一杯だったので、今更ながらですが書けたらいいなと思っています。



そして、三つ目は、私の思い描く「理想の場所」についてです。


この令和時代に私が子ども時代を送っていたとしたら、きっと不登校になっているだろう、と感じることがあります。



また、元気な高齢者の方でも、外出先がなくて困っている方も多く見かけます。



そして、過敏症のお子さんも、大人も増えている。

行き場所に困っている方たち。

そして、そうでなくても、どなたでも気軽に立ち寄れる場所。

「おばあちゃん家のような、ほっとできる空間」があったらいいな、と思っています。


ワンオペ育児の大変さを経験したからこそ、子育て中のお母さんのお手伝いもできたらいいな、とも。

そんな場所を、いつかつくれたら───


そんな頭の中で描いている理想図を書いていこうと思ってます。


ほかには、日々のことなどを
つれづれなるままに。


🍀最後に

最後まで読んでいただきまして、
ありがとうございます✨️

こうして読んで下さったおかげで、今日も良い一日になりそうです😊あなたにとっても、素敵な一日になりますように🍀


これから、どうぞよろしくお願いいたします😊






いいなと思ったら応援しよう!

なぎ|つれづれなるままに ご興味を持って下さり、ありがとうございます。 いただきましたご厚意は、肺炎で入院していた保護猫の天ちゃん(保護当時、推定生後1ヶ月程度)の、入院費・治療費に補填させていただきます。 天ちゃんは、度々肺炎を起こしながらも、日々遊びに全力投球しながら、一生懸命生きています。

この記事が参加している募集