見出し画像

『Tシャツが乾くまで』は誰に響く作品だったのか

放送当初から話題になっていた『Tシャツが乾くまで』が、ついに先週で最終回を迎えた。ただ正直に言うと、後半に進むにつれて微妙になっていった感が否めない。最終回を見終わったときも、「えぇ……これで終わりかぁ」と思ってしまった。

最終回まで視聴した感想を書いていきたい。

名前のない関係。これが令和のちょうど良さなのだろうか

本作のキーワードでもある『名前のない関係』。最終回では咲子と充もまた、名前のない関係になっていくわけだが、これが令和のちょうど良さなのだろうか。

「夫婦や恋人じゃない。友達でもない。だから言えることがある。」
あずさは充とコインランドリーで出会ったときに、そう言った。

たしかに、とも思う。たとえば僕も、居酒屋で同席した人と「今日限りだから」という理由で身の上話をペラペラと打ち明けたことがある。あれは名前のない関係だったからできたのだろう。

充と離婚するときに「嫌いになんかならない」と咲子は言った。でも僕は、嫌いにならない”ために”名前のない関係を選んだのだと思う。咲子の充に対してのフィルターを直すために。夫婦の関係だと、また破れてしまうから。

奇しくも本作が最終回を迎えるころに、「一生結婚しない」と回答した人が2割を超えた、という記事を見た。

結婚では背負うものがあるから、名前のない関係を選ぶ。名前のない関係とまでは言わずとも、友達くらい、踏み込んだとしても恋人までに、留めておく。これは令和のちょうど良さなのかな?とも思えた。

『嘘はダメ。でも言いたくないことは言わない』ってどうなん!?

もう1点、僕が突っ込みたい部分がこれだ。咲子と充との間で決めたルール『嘘はダメ。でも言いたくないことは言わない』について。

これって名前のない関係と同様で、互いの心地よさだけを残すために作ったルールに思えるのだけれど、果たして夫婦はこれで良いのだろうか。ただ傷つけるだけならダメだと思う。でも夫婦関係を続けるためには、言いたくないことを言わないといけない瞬間は絶対ある。

というよりも、咲子と充のそれぞれの秘密については夫婦になる前に言っておかないとダメじゃないか? 充の失踪癖も咲子の離婚歴も後出しになったからこそ、亀裂が入ったわけだし。

咲子と充は「自分たちは大人の関係だよね」と見せておきながら、実のところ大人な関係に見せているだけなんじゃないか。花火が嫌いとかそう言うことよりも先に、もっと先に共有すべきことがあるだろ、と思ってしまった。

樹生の感覚に一番共感できたドラマ

ということで登場人物のほとんど共感できず、充の帰宅までがピークのドラマという印象でした。今回の登場人物で一番共感できたのは、強いて言えば樹生かなぁ。

樹生もまた咲子と名前のない関係(咲子からすれば女友達)になり、あずさと充の関係を理解する。ただ、それでも樹生はあずさにぶつけた。

「やっぱ嫌なもんは嫌だ」

僕はこの樹生の感覚が正常だと思う。2人の関係に愛はなく、本当にただコインランドリーで話す関係だったとしても、嫌なもんは嫌なのだ。「まあそういう関係もあるよね」と変に大人ぶるでもなく、夫として妻の男関係に嫉妬するくらいが人間らしいのではないか。

なんだか全員が妙に大人びていて、でもその大人のなり方が変な方向で。このドラマは誰に向けたドラマなんだろう……と思ってしまった。んーむ。久しぶりにリアタイで最終回まで追いかけていただけに、残念である。

スキ、コメント、フォロー嬉しいです!『Tシャツが乾くまで』の感想もお待ちしております。

いいなと思ったら応援しよう!