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アリス・マンローの感想を書いたら、長さも次元も変わった話

<1日目>Dimensionsとの衝突

 軽井沢で人気の地元スーパー『ツルヤ』の庭のベンチに座って文庫本をひらく。

 小鳥たちの囀り、薄曇り15度の肌寒い空気、新緑の木々の匂い、そんな環境で僕はアリスマンローの世界に浸った。

 具体的には『小説にように(原題:Fiction)』を読んだ。

 文学的師を求めてチャットGPTに短編小説家としてジョイス、アンダーソン、チーヴァーの中から誰がいいと思う? とアドバイスを求めて何度もやり取りをした。

 『チャンドラーのような倫理観と恩田睦みたいな温かい眼差し』という視点を外せない要素として指定するとアリス・マンローを勧められた。

 Amazonで新潮社クレストブックの『イラクサ(原題:nettles)』を購入した。文体にクセがなく、読後感も悪くない。けれど、それほどいいか?と思った。

 2013年にノーベル文学賞をとり短編小説の女王という二つ名を与えられているくらいなのだから、僕の期待が大きすぎるということはないはずだ。

 『イラクサ』を収めた短編集は薄緑色に草花がデザインされたステキなデザインのハードカバーだった。

 2日後に旅行が控えていたので文庫版を探したところ『Fiction』が入っている短編集が創芸文芸文庫で見つかった。

 急いで最寄りの駅の小さな本屋で買い求めた。軽井沢に妻と3泊4日の旅行に行くことになっていたからだ。ハードカバーより文庫本の方がさっと出して隙間時間にも読める。

 『イラクサ』は初恋が時間と共に大きなものとなったが、結局は苦い思い出になることが訥々とした語り口で語られた。

 チャットGPTではアリス・マンロー作品には“ショッキングな内容のものはない”と確認していた。

 もともと残酷な描写や心理的に重い物語は苦手な僕だ。なんの心の準備もなく短編集『Fiction』を最初から読み始めた。

 最初に収録された『次元(dimensions)』を読んで私は激しく動揺した。なんの変哲もない夫婦の話が途中でがらりと転調した。

 物語の中に入り込みすぎていた私は軽い眩暈さえ催した。

 それくらい私にとって『dimensions』はショッキングな内容だった。少し変わった夫ーサイコパスと言っていいのか分からないがー起こした凄惨な事件を彼を非難することなく描いている。感情をどこに持っていってよいか分からず動揺した。

 ささくれだった心に救済が必要だった。
 もう一度『イラクサ』を読むことで僕はだいぶ落ち着いた。

 それだけこの作品が優しく懐かしくほろ苦い温かい痛みを感じる傑作だったんだなと認識された。

 僕は読書を中断して森林公園を散策した。あちこちでイラクサや小説に出てくる植物や小川を見つけ、自然の中にも物語とリンクする感覚がして、少し面白かった。

 カナダの気候に近いのかもしれないな、普段、東京にいるとこもったカビ臭いような空気しか嗅ぐことができない。

 僕は胸いっぱいに、緑の自然の新鮮な空気を吸った。脳や肺や手や足や全ての血管隅々に綺麗な酸素が行き渡るのを感じた。

 チャットGPTにお願いした。短編集『Fiction』の中からショッキングではない順番でタイトルを教えて欲しいと。

 『女たち(SomeWomen)』が1番穏やかな内容だということだったので、気楽に読んだ。これは大丈夫だった。

 ある男(亡くなる寸前?)を3人の女があれこれ世話をするドタバタした話なのかなと思ったけれど、特になんの感情の揺れも起きなかった。

 よしよし、この調子で行こう。もうこの頃には私はアリスの自然な文体や物語の虜になっていてページを捲る手が止まらなくなっていた。

 アリスワールドにもぐりこんでいる感覚がたまらなくなっていた。

 『子どもたち(Child‘s play)』は、ある2人の女の子の話だった。夏のキャンプで知り合い、苦手だった知的障害の女の子を怖がる話だと思って読んでいた。

 また、最後に明らかな物語の転調がありそうだなぁなんてとこまでは、予想はできていたのだが、ラストで心を射抜かれた。
 
 またしても心がフワフワと現実感を失った。

 旅の当日、新幹線に乗り、軽井沢につき、私はステーキ、妻はパスタの昼食をとったあと軽井沢で有名で妻が大好きな地元スーパー『ツルヤ』に行って買い物をした。

 30分ほど買い物を付き合い、私は外にある自然公園に面したベンチでアリスの続きを読み始めた。『Fiction』だ。

 薄曇り小鳥の囀り柔らかな風の中という絶好の読書環境の中で、私はアリスの『Fiction』を読める僥倖に恵まれた。

 私は、この作品を読むために『nettles』→『dimensions』→『nettles』→『SomeWomen』→『Child‘s play』を読んできたのではないか?

 そして今ここで、全く聞いたこともなかった『アリス・マンロー』を読み、その物語を読むだけでなく“体験”できるための文学的素地を得るために今までの読書があったのではないかと勘違いするほどに、この話を気に入り恋に落ちたと入っても過言ではない。

 『Fiction』に出てきた“チョコレートリリー”という言葉の響きと連想されるイメージが、そして

『もしかしたらこれはそのうち、人に聞かせるような面白い話にさえなるかもしれない。そうなったとしても不思議はないだろう』

 という一文に私の人生が肯定された気がした。

 dimensions、そう、アリス・マンローを読むことによって私の文学に対する読み方の次元が変わったのかもしれないなと、今度はホテルの天井に高いロビーで孤独な夜を歌うスティングの『Shape Of My Heart※1を聴きながら思った。

※1  学生時代、映画レオンのエンディングで流れる名曲。一緒に観た妻がなんでこんなに悲しいラストなの! と非難された思い出の曲でもある。

<2日目>Woodと妻の記憶


 朝7時に起きて雲場池に行った。ここは妻が行きたがっていたところで、朝の散歩を楽しむ旅行客がちらほらいた。

 朝の風が気持ちいいテラスのサワムラでカルダモンロールを食べながら水出し珈琲を飲む。ひとことだけ口に出して言いたくなった。

「あゝなんて気持ちいい風だ」

 次に『木』を読むことにした。原題はWood。妻とレンタサイクルで中軽井沢駅近くのコモングラウンズに行った。

 昼食にOSOBAR(オソバー)で三種の天ぷらそばを頼んだ。ピーマン、エノキ、春菊の天麩羅が新鮮で、蕎麦もひき立てで美味かった。

 ウッドチップが敷かれ、木の香りがぷんぷんするこの場所で『木』を読むのは最高の環境だなって思った。

 夜。

 妻がホテルの部屋の中で窓側のツインベッドに寝転がっている。僕たちは地元スーパーで買った弁当を食べ終えそれぞれの時間を過ごしている。

 去年、妻は軽井沢の三笠通りで怪我をした。雨上がりの下り坂を自転車で走っている時に濡れた枝に滑って転んだ。したたかに右肘を打ちつけた。

 右手の小指を怪我した。

「痛いだろ。病院へ行こう」

 僕はそう言ったが、妻は一瞬強張った顔をして笑って言った。全然大丈夫、まったく痛くなんてないんだから。アイスでも食べに行こうよ。

 大丈夫なんかじゃなかった。怪我をした右膝には水が溜まりどんどん足が腫れた。もともと左足が悪かったのに…。僕は後悔した。

 ベッドに寝転がっている妻の足元のエクストラベッドにもなるソファーで僕は『木(Wood)』を読んでいた。

 アリスマンローにしては珍しいことに男の主人公だ。職業は林業を営んでいて、孤独を愛する木こりと言ったところだ。

 彼は静寂を木を自然を妻を愛している。しかし、妻は看護師をしていて院内感染のせいで病気を持ってから痩せこけ元気がなくなった。

 昔みたいな陽気な妻に戻って欲しいと男は思っている。ある冬に男は雪に足を取られて“右足”を捻挫してしまう。

 左足もそれを庇って怪我してしまった。雪が降り積もる。男は両手と両膝を使い、四つん這いになって雪をかき分けて進む。

 自分の足跡が雪で見えなくなる前にトラックへ戻らなければ命の危険がある。そしてやっと安全な場所に来たと思ったら、ハゲタカがいた。

 絶体絶命……。

 僕は目の前にいる妻の白い両足を見るチャコールグレイのワンピースから覗く太ももの奥をのぞく。カーヴァーの『大聖堂※2』に出てきた1シーンを思い出す。

※2  最も敬愛する短編作家。ラストシーンの転調と美しさは圧巻。よくこんな話が書けたなとずっと思っていたが、実際にカーヴァーの実体験を元にしたとのこと。

 これは……なんだ。

 ジョイスに影響を受けたというアリスマンローのエピファニー(天啓)とはこういうことなのだろうか。

 僕は今の仕事に満足していない。自己評価が低い。だから文章を書いて自分を慰めたい。もしくは世界を紡ぎたい。

 そんな時間を持っている僕を見て、妻は時々、寂しそうな顔をしている。でも何も言わない。

「フリータイムね!」

 そう言ってスマホで、ブロックを消すパズルゲームをして楽しんでいる。今もそうだし、妻の日本語を直すクセがあるイヤな僕のことも諦めているようだ。

 木こりの男は幻聴かと思う。自分のトラックの音がする。泥棒かと疑う。しかしそれは彼を助けにきた妻だった。

 彼(僕)は妻を見て勘違いしていた。いや、分かっていたけれど、確信していなかっただけだ。妻はバカじゃない。

 木こりの様子がおかしかったから、と妻は自分の車で彼のことを助けにきたのだ。以前の明るい妻の横顔を見て彼は思う。

『賢人は皆同じように考える』

 そういった言葉を男は思い出す。僕もその一文を読んでハッとする。

 男と僕はよく似ている。ペシミスティックなところが、人を寄せ付けないところが。僕らの妻はよく似ている。明るくて賢い。

 賢ぶらない。

 男は最後に『木』を見て違う言葉がひらめく。

 『森林』と。

 もう男は木を木と単体では考えない。木はたくさん重なり森林となっている。

 僕はただアリス・マンローの『イラクサ』を読んで400字感想文を書こうとしていた。

 なのにいつの間にか7作も読んで、どっぷりアリス沼に浸かっていた。3泊4日の軽井沢旅はあと1日半ある。短編集10作読んじゃって、感想文をアップするんだろうなと思った。


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