「ないもの」ばかり数えていた誕生日。私がnoteで受け取ったもの
家族が揃い、賑やかな毎日が始まりました。
予想はしていましたが
とにかく自分1人の時間がおそろしいほど取れない。
今まで充分に執筆やコメント返しに充てる時間がある環境(5月〜8月10日まで)が当たり前だったので
好きなときに好きなことができないジレンマ
が半端ありません。
わたしにとって
note活動は呼吸の一部
みたいなもの
だったことにあらためて気付かされた。
それは自分の記事を書くことだけではなく
✅️他の人の記事を読みにいくこと
✅️読んで考えること
✅️コメントを書くこと
✅️自分の記事に来たコメントにリプすること
全てがわたしにとって大切なこと。
今はこれらをする時間がほとんど取れず
家族との時間を優先しています。
そしてそんな自分がもどかしく
ずっとイライラしている。
実は今日誕生日でした。

そして
まなつさんには
「7月が誕生日です」
と嘘を付いてメンシプに入り、こちらのお誕生日記事を書いてもらいました。
まなつさん、みなさん、本当にごめんなさい。
わたしがこのことを告白する気になったのは
あるクリエイターさんとのやり取りがあったから。
そのクリエイターさんはわたしがnoteを始めた頃からお名前をよくお見かけしていた
有名なクリエイターの方。
彼女の記事から伝わる人柄に惹かれたわたしは
思わずDMを書いていました。
実は私の誕生日が今日で、嘘をついていたこと。
彼女とわたしには人間としては雲泥の差があるものの、意外な共通点があって、勝手に親近感を覚えさせていただいていること。
この行為だって、いわば
完全な私のエゴ
です。
今まで交流が深いわけでもないクリエイターから突然こんなDMが来たら誰だって戸惑いますよね。
だから
私の一方的な思いでDMしている旨、そして
返信不要です、とも書き添えました。
そもそも読む行為自体相手の時間を奪うこと。
返信がないのは当たり前、既読にすらならなくともなんら不思議ではない前提でした。
そしたら。
その方から
メッセージがかえってきただけではなく
なんと
本日チップが届いていました。
彼女と私の間には
人間として明らかな差があることは分かっていましたが、彼女から受け取ったのは
チップだけではありませんでした。
それ以上に、
「人に何かを与える」ということの意味
を、行動そのもので見せてもらった気がしました。
正直、びっくりしました。
だって私は彼女に何かをしてあげたわけではない。長い間深く交流してきたわけでもない。
彼女の記事を紹介したわけでも、何か力になったわけでもない。
むしろ突然、
「実は今日が誕生日なんです」「私は嘘をついていました」
なんていう、ものすごく個人的な話を一方的に送りつけた人間です。
それなのに。
彼女は言葉を返してくれた。
そして今日、
誕生日の私にチップまで贈ってくれた。
画面を見ながら、しばらく固まりました。
嬉しい。
もちろん嬉しい。
でも、それ以上に
恥ずかしくなった。
ここ1週間の私は
「自分の時間がない」
「noteができない」
「記事を読みに行けない」
「コメントを返せない」
「有料記事のリライトができない」
頭をよぎるのはそんなことばかり。
家族が揃ったことは嬉しい。ずっと離れていた家族と一緒に暮らせるようになった。
本来なら、ものすごく幸せなことのはず。
なのに
自分がやりたいことを、自分の好きなタイミングでできない。ただそれだけでイライラ、モヤモヤ。
もちろん、noteが私にとって大切な場所であることは変わらない。
書くことも。読むことも。考えることも。
誰かと言葉を交わし、交流することも。
全部、大好きだし私にとってとても大切なこと。
だからこそ、それが思うようにできない今がとても苦しい。その気持ちまで否定するつもりはない。
ただ今日、彼女から届いたものを見て思ったこと。
私は「自分に欠けているもの」ばかりに目を向けていた。
自由な時間がない。
noteをする時間がない。
コメントを返す時間がない。
記事を読む時間がない。
そんな「ないもの」ばかり目を向けて、
今、自分の目の前にあるものをちゃんと見ていない。
家の中には家族がいる。うるさいくらいに声がする。
誰かが私を呼ぶ。ご飯を作れば食べる人がいる。
「ママ」と呼ぶ人がいる。
そしてnoteを開けば、私の書いたものを読みに来てくれる人がいる。
コメントを残してくれる人がいる。スキをしてくれる人がいる。温かなDMをくれる人がいる。
言葉を交わし、リアクションしてくれる人がいる。
たとえすぐに返せなくても、そこにはちゃんと
誰かが私に使ってくれた時間
がある。
考えてみれば、私はすでにとんでもないくらいたくさんのものを受け取っている。
今日、その方からいただいたチップは、金額以上のものを私にくれました。
人に与えられる人は、自分が何を返してもらえるかなんて考えていない。
少なくとも、今日の私にはそう見えました。
だからこそ私は彼女を見て、
「人間として雲泥の差がある」
と実感した。
でも。
ここで「やっぱり私はダメだ」で終わったら、
それもまた自分のことしか見ていない気がする。
だったら私は、今日もらったものを
今度は誰かに渡せる人になりたい。
すぐじゃなくてもいい。大きなことじゃなくてもいい。
コメントひとつでも。誰かの記事を読むことでも。困っている人に声をかけることでも。
「あなたの記事、よかったです」と伝えることでも。
時間がないなら、ないなりに、今の私にできる形で。
そしてもうひとつ。
今日が本当の誕生日だからこそ、ちゃんと書いておきたいことがあります。
まなつさん。本当の誕生日を偽ってしまって、ごめんなさい。
理由が何であれ、嘘をついたことに変わりはありません。メッセージでそれを伝えた私に理解ある言葉で返してくれてありがとう。やっぱりあなたは人間としての器が大きな人。
あなたのリアクション次第では
この記事を書くことはありませんでした。
そして本当のことを言わずにいたこと。
ずっと心のどこかに引っかかっていました。
家族が揃って、自分の時間がなくなって、思うようにnoteができなくなって、
イライラして、自分のエゴであるクリエイターの方に突然DMを送って、
思いがけない優しさを受け取って、そして自分の嘘を告白する。
なんとも私らしい、ぐちゃぐちゃな誕生日😢
でも、
完璧じゃないからこそ書けることもある。
格好悪い自分だからこそ、残しておきたい言葉もある。
今日、私に優しさをくださったあの方へ。
本当にありがとうございました。
あなたからいただいたものを、私は私のところで止めないように、いつか別の誰かに渡します。
そして今、私のそばにいてくれる家族にも。
noteで出会ってくださった皆さんにも。
限られた時間の中で、私なりのやり方で返していきたいと思います。
note活動は、やっぱり私にとって呼吸の一部。
そして同時に今しかない家族との時間も、書けなくてもどかしいこの時間も、
誰かから思いがけない優しさを受け取った今日も、いつか全部、
かけがえのない思い出になっていく。
そう思ったら、今のこの不自由さも少しだけ愛おしく思えるのかもしれない。
そしてもらったものを、いつか誰かに渡せる人でありたい。
こんな自分勝手で未熟な人間ですが、
いつもわたしの記事を読んでくださるみなさま、
本当にありがとうございます。
追記:
本日夕方、
「あなたの記事が紹介されました!」のポップアップ通知がきました。そして
誤って画面下をタップし内容を確認する前に消えてしまいました💦
「記事の引用」、メールでもアプリでも通知ONにしてますが、なぜかメール通知は来ていません。多分今までも同様の通知を見逃しています😭
もしこの記事をみているクリエイターさんで「記事を紹介したのは私」という方がいらっしゃったら大変お手数ですがコメントかDMでお知らせいただけないでしょうか?
「あずなぶーる」のハッシュタグで探したのですが、見つからずにモヤモヤしています😢
また、見逃した引用通知を見る裏ワザ(?)みたいなのをご存知の方がいらっしゃれば教えていただけると嬉しいです😣

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