見出し画像

祖父の7回忌。この6年で変わったのは、娘だけじゃなかった。

昨日は、私の祖父の7回忌だった。

娘が生まれる約1ヵ月前にこの世を去った祖父。
そんなこともあって、祖母は娘のことを
「おじいちゃんの生まれ変わり」なんて言っていたっけ。

祖父が亡くなったことに加えて、
また別のことでも家の中はバタバタしていて…。
そんな時に生まれたのが娘だった。

「家族の光になってほしい」
そんな思いを込めて、
名前の一文字に“光”を使った。

でも、光どころか
影なのではないかと感じたくらい、
育てにくい子どもだった。

当時は初めての子だったから、
子育てってこんなものかと思っていたけど、
今になって振り返ると、
他の子と比べたら
育てにくい子だったのかもしれない。

祖父の法事にも、当然娘を連れて行った。
その後、夫のほうの祖父の法事にも。

そうなるとどうなるか。
娘は、じっとしていられない。

お寺の中のものがいちいち気になって、
近づいたり、触ったり、
お坊さんの周りをぐるぐる回ったりした。

親戚から、なんとなく白い目で見られている気がした。

私が甘やかしているから。
しつけができていないから。

そんなふうに言われているような気がして、
肩身が狭くて、居心地が悪かった。

法事なんて行きたくないと思った。

娘にとっては、
ただ静かに座ってお経を聞くこと。
それが、とても難しい。

大人だって、お経の意味、分かる?
私は分からない。

なんとなく読んで、なんとなくやっていること、
たくさんある。

(調べてみたら、お焼香には
邪気を祓い、心と体を清めてから故人に向き合う意味や、
香りを捧げることで故人を導く意味があるらしい)

これまでの法事では、
ずっとじっとしていられなかった娘。

そして今回の7回忌でも、
やっぱりお寺の中を気にしてウロウロしていた。

でも今回は、お経の間、
一応、私の膝の上に座っていた。

ずっと喋っていたけどね。

「このお経はどういう意味?」
「これは宝石?高いの?」
「水晶玉なのに、なんで何も見えないの?」

そんなふうに、
気になったことをそのまま口にする。

息子もお寺の中が気になって、
走り回ったり、触ったり。

むしろ、娘より息子のほうがヒヤヒヤした。

一方で、弟の子どもたちは
4歳と2歳なのに、ずっと静かに座っていた。

これは年齢の問題じゃないんだなと、
思い知らされた。

だからこそ、最年長の娘の言動は、
一番幼く見えたかもしれない。

それでも、これまでと比べたら成長していた。
一応、ひとつの場所にとどまることができたから。

ただ、娘は根本的には変わっていない。

家でも外でも裏表がなくて、
慣れた人には気を使わない。

好奇心旺盛で、忖度しない。

それでも私は、今回の法事が
これまでで一番気楽だった。

人目よりも、娘の気持ちを優先できたから。

そして何より、
周りの大人たちの娘を見る目が変わった。

「しつけがなっていない子」ではなく、
「りっちゃんはこういう子だから」と。

娘の成長よりも、
周りの見方が変わったことのほうが大きかった。

押さえつけたって、収まりきらない。

押さえつければつけるほど、
その場が嫌いになる。

それでは、本末転倒だと思う。

常識通りに振る舞うこと。
それができたら楽かもしれない。

でも、それが本質ではないと思う。

法事って何をする日?

亡くなった祖父のことを思う日。

子どもを常識で縛る日でも、
叱りつける日でもないと思う。

だって娘は、祖父に会ったこともないし、
「死とは何か」なんて、まだ分からない。

いつか分かる日がきたら、
きっとそのときに、
静かに座れる…といいな。

いいなと思ったら応援しよう!