Photo by
en_lovepower555
私が〇〇だから、もうさようなら
「私が〇〇だから、相手はあんな反応をするんだ」
長い間、そう思い込んでいました。
相手が不機嫌になったら、私の言い方が悪かったから。
相手が冷たくしてきたら、私が何か失礼なことをしたから。
相手が離れていったら、私に足りないところがあったから。
いつも、相手の反応の原因を、自分の中に探していたのです。
でも、それは違いました。
相手がどう反応するかは、相手自身が持っている観点が、そのまま表れているだけ。
私がどうであったかとは、本当は関係のない話だったのです。
頭では、わかっていました。
でも、どうしても腹に落ちなかった。
知識として知っていることと、体の奥まで「そうか」と納得することの間には、思っていた以上の距離があったのです。
その距離が、ふいに埋まったのは、お昼寝から目覚めた瞬間でした。
力を抜いて、何も考えずに休んでいたところに、すとんと降りてきたのです。
そしてもうひとつ、気づいたことがあります。
この気づきが腹に落ちたのは、遠方に引っ越してきて、一人になったことと繋がっているということ。
誰かと一緒にいると、つい相手の反応を気にして、自分を見失いがちになります。
静かな一人の時間があったからこそ、ここまで深く、自分の内側を見つめ直すことができたのかもしれません。
思えば、ここ最近、なんだかやる気が出ず、どんよりとした日が続いていました。
でも今ならわかります。あれは、浄化していたのです。
表面的には静かに見えても、内側ではずっと、大きな思い込みを手放すための準備が進んでいたのでしょう。
「私が〇〇だから」
もう、さようなら。ご苦労様でした。
これからは、相手の反応にいちいち自分を差し出さず、もっと軽やかに、人と関わっていけそうです。
