Ta-045:三杯素雞│三杯湯葉鶏
台湾の街角を歩いていると、ふと目を惹かれる「素食」の文字。言わずと知れたベジタリアン専門の料理店です。ずらりと並んだ料理の中に、艶やかに醤油色を纏い、鶏肉と見紛うばかりの逸品が鎮座しているのを見かけることがあるでしょう。その名は「素雞(スージー)」。しかし、箸を伸ばせばその食感は肉にあらず。それは、台湾の食文化が育んだ、大豆生まれのもう一つの「鶏」。この一口をきっかけに扉を開ければ、その先には、単なる食の好みの話では終わらない、台湾の人々の心に根付く慈悲、仏教哲学、そして世界を静かに、しかし確実に変えつつある大きな潮流が広がっているのです。さあ、この「素雞」を通じて、深く豊かな台湾の素食(ベジタリアン)文化の世界をちょっとだけ覗いてみましょう。
素雞とは、豆腐を作る過程でできる湯葉(豆皮)を何層にも重ね、強く圧縮して棒状に成形した大豆製品です。その断面に見える層が、まるで鶏のささみのような繊維質な食感を生み出しており、まさに「ベジタリアン(素)のチキン(雞)」と呼ぶにふさわしい食材です。台湾では、これを甘辛い醤油ベースのタレで煮込んだ「滷味(ルーウェイ)」の定番具材として、あるいはスライスして炒め物や和え物にするなど、日常の食卓に欠かせない存在となっています。もちろん味わいは肉のそれとは少し違いますが、可能な限り肉の食感を再現しつつ、味付け次第で肉にも大豆にも化ける、大きな可能性を備えた食材なのです。
このような肉に似せた加工食品(仿葷菜)の歴史は古く、その源流は中国の寺院や宮廷にまで遡ります。仏教の戒律を守る僧侶たちのため、あるいは特定の日に肉食を断つ皇帝や貴族たちのために、料理人たちは腕を競い、野菜や豆類を駆使して本物そっくりの肉や魚料理を作り上げました。その技術と精神が台湾に渡り、独自の食文化と融合する中で、「素雞」のような、より手軽で日常的な食材へと発展を遂げたのです。それは、宗教的な敬虔さと、食を楽しむ人間の創意工夫が交差する点に生まれた、文化的な発明品なのです。台湾には世界でも有数の「仿葷菜」食の世界が広がっています。台湾で美食を楽しむなら、このジャンルは外すことはできません。
「素雞」のあの独特な食感は、科学的な視点から見ても非常に興味深いものです。主原料である湯葉は、豆乳を加熱した際に表面に形成されるタンパク質と脂質の薄い膜。これを物理的に何層も重ねて圧縮することで、タンパク質の分子が互いに絡み合い、加熱しても崩れにくい安定した繊維状の構造が生まれます。この構造が、まるで肉を噛みしめるような歯ごたえを生み出すのです。さらに、醤油や八角などのスパイスと共に煮込む(滷)過程で、アミノ酸と糖が反応するメイラード反応が起こり、香ばしい風味と食欲をそそる褐色が生み出されます。動物の命を奪うことなく、科学的な知見をもって豊かな食体験を創造する。そこには、生命への慈しみと食への探求心という、二つの哲学が見事に共存しています。
台湾の素食文化は、単なる伝統に留まらず、今や現代社会の課題と向き合い、世界に向けて力強いメッセージを発信する最前線となっています。
数字が語る菜食大国・台湾
驚くべきことに、台湾の素食(菜食)人口は全人口の約13%〜14%にのぼり、その数は300万人を超えるといわれています。これは世界的に見ても非常に高い比率であり、インド、メキシコに次いで世界第3位にランクされるほどです。街を歩けば、「素食」や「蔬食」の看板を掲げた専門店やビュッフェ形式のレストランを至る所で見かけることができ、その市場規模は600億元(約2,300億円)に達するとも報告されています。これは、台湾社会において菜食がいかに深く、広く浸透しているかの証左に他なりません。
慈悲と調和の哲学
台湾の素食文化の根底には、仏教の「不殺生(殺生をしない)」という慈悲の教えが深く根付いています。しかし、それだけではありません。自然との調和を重んじる道教の思想や、厳格な菜食を実践する信者が多い一貫道など、様々な宗教的・哲学的背景が絡み合い、台湾独自の豊かな菜食文化を形成してきました。近年では、宗教的な理由だけでなく、健康志向、環境保護、アニマルウェルフェアといった現代的な価値観から菜食を選択する若者も増えており、その哲学は時代と共に多様化し、進化を続けているのです。
世界へ羽ばたく台湾の「素」
台湾の素食文化は、今や国境を越えて世界に影響を与え始めています。高度な技術で作られる台湾の植物肉(プラントベースミート)は世界中に輸出され、多くの国の食卓に新たな選択肢を提供しています。また、台湾発の素食レストランチェーンが海外に店舗を展開する例も少なくありません。さらに、台湾政府は2026年にも国家基準のヴィーガン認証ラベルを導入する計画を進めており、これは台湾の植物性製品の国際競争力を高め、世界市場における台湾のプレゼンスをさらに強化する動きとして注目されています。小さな島国・台湾が、植物性食品の分野で世界のリーダーになろうとしているのです。
次にあなたが「素雞」を口にする時、その滋味深い味わいの奥に、台湾から世界へと広がる優しくも力強いメッセージを感じ取ってみてください。きっと、新たな食の世界への扉が開かれるはずですから。
それではレシピ行ってみましょう。
【初級編】(市販の素雞で基本の滷味)
難易度: ☆
調理時間: 約25分
材料:
素雞(市販品): 2本
厚揚げ: 1枚
ゆで卵: 2個
(A) 水: 400ml
(A) 醤油: 大さじ4
(A) 砂糖(または氷砂糖): 大さじ2
(A) 八角: 1個
(A) 生姜(スライス): 2枚
調理方法:
鍋に(A)の材料をすべて入れ、火にかける。
煮立ったら、素雞、食べやすく切った厚揚げ、殻をむいたゆで卵を入れる。
再び煮立ったら弱火にし、落し蓋をして15〜20分煮る。
火を止めて、そのまま冷まして味を含ませる。食べる前に温め直しても、そのままでも美味しい。
注意点: 八角を入れるだけで、一気に台湾の煮込み料理の香りになります。煮汁に浸したまま冷蔵庫で保存すると、さらに味が染み込みます。
【中級編】(湯葉から作る手作り素雞)
難易度: ☆☆
調理時間: 約1時間(乾燥湯葉を戻す時間を除く)
材料:
乾燥湯葉(シート状): 5〜6枚
木綿豆腐: 1/4丁(水切りしておく)
(B) 醤油: 大さじ1
(B) ごま油: 小さじ1
(B) 五香粉: 少々
(B) 塩、こしょう: 少々
木綿糸
(煮汁は初級編の(A)を参照)
調理方法:
乾燥湯葉はぬるま湯で30分ほどかけて柔らかく戻し、キッチンペーパーで水気をしっかり拭き取る。
ボウルに水切りした木綿豆腐を入れ、手で潰す。(B)の調味料を加えてよく混ぜ合わせ、ペースト状にする。
湯葉を1枚広げ、表面に2の豆腐ペーストを薄く塗る。その上に湯葉を重ね、またペーストを塗る、という作業を繰り返す。
端から空気が入らないように、きつく巻き寿司のように巻いていく。
巻き終わりを下にして、木綿糸で全体をしっかりと縛って固定する。
蒸し器で15〜20分蒸す。
蒸しあがったものの粗熱を取り、初級編の煮汁で煮込む。
注意点: 湯葉を巻くときに、しっかりと空気を抜きながら巻くのが食感を良くするコツです。豆腐ペーストが接着剤の役割を果たします。
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【上級編】(究極の三杯素雞)
難易度: ☆☆☆
調理時間: 約40分
材料:
手作りまたは市販の素雞: 2本
生姜(薄切り): 5〜6枚
ニンニク(丸ごと): 5〜6片
唐辛子: 1本
九層塔(台湾バジル、なければスイートバジル): ひとつかみ
(C) ごま油: 大さじ2
(C) 醤油: 大さじ2
(C) 米酒(なければ料理酒): 大さじ2
砂糖: 小さじ1
調理方法:
素雞は一度170℃の油で表面がカリッとするまで素揚げし(または多めの油で揚げ焼きし)、油を切ってから3cm厚の輪切りにする。
土鍋(または厚手の鍋)にごま油を熱し、弱火で生姜をじっくりと炒める。生姜の縁が少し縮れて香りが立ってきたら、ニンニクと唐辛子を加えて炒める。
香りが出たら中火にし、1の素雞を加えて炒め合わせる。
醤油、米酒、砂糖を加え、全体に絡めながら煮詰めていく。
煮汁がほとんどなくなるまで煮詰めたら、火を止める直前に九層塔を加え、ざっくりと混ぜ合わせる。
鍋ごと食卓へ。蓋を開けた瞬間の香りがご馳走です。
注意点: 「三杯」とはごま油・醤油・米酒を同量使うことから名付けられた台湾の代表的な調理法。素雞を一度揚げることで、タレが絡みやすくなり、食感にコントラストが生まれます。最後の九層塔の香りがこの料理の命です。
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コーヒーが好きだ。とくにミルクコーヒー。外出の予定がない時は、これにハチミツ酒をひとさじ加えて飲む。これがまたすこぶるいい。それぞれの銘柄を変えると、がらりと味が変わる。どうだい?一杯おごってはくれないか?