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なぜ私はこんなに傷つきやすいのか「パーソナリティ障害」を小学生でも分かるように説明します(本・書籍)


パーソナリティ障害

いかに接し、どう克服するか

著者 岡田 尊司



パーソナリティ障害ってなんだろう?

みなさんは、毎日の学校生活や友達との関係の中で、「なんだか生きるのがしんどいな」「友達とうまく付き合えないな」と悩んだり、不安な気持ちになったりすることはありませんか?

あるいは、同じクラスに「どうしてあんなに怒りっぽいんだろう」「いつも一人でいて、何を考えているのかわからないな」と不思議に思うようなお友達がいるかもしれません。

現代の世の中は、テレビやインターネット、たくさんのゲームなどがあって、とても豊かで便利なように見えます。

しかし、その一方で、生きづらさや孤独を感じている人がどんどん増えているのです。

ニュースを見れば、ひどいいじめや、家族同士の悲しい事件が毎日のように報道されていますよね。

実は、こういった「生きづらさ」や「人間関係のトラブル」の背景には、「パーソナリティ障害」というものが隠れていることがとても多いのです。

では、パーソナリティ障害とは一体何なのでしょうか?

まず「パーソナリティ」というのは、その人が持っている「性格」や「人柄」のことです。

人間には誰にでも、「プライドが高くて負けず嫌い」「人見知りで恥ずかしがり屋」「細かいルールがどうしても気になる」「みんなでワイワイするより一人で静かに本を読む方が好き」といった、色々な性格の偏りがありますよね。

たとえば、算数が得意な子もいれば、国語が得意な子もいますし、走るのが早い子もいれば、絵を描くのが上手な子もいます。

それと同じように、人間の性格にも人それぞれ違いがあります。

いつもリーダーシップをとって前に出るのが好きな子もいれば、縁の下の力持ちとしてみんなを支えるのが好きな子もいます。

そういった性格の偏りは、人それぞれの個性なので、それ自体が良いとか悪いとかいうことではありません。

しかし、その性格の偏りが極端になりすぎてしまうと、困ったことが起きてきます。たとえば、プライドを持つことは自分の成長のために大切ですが、プライドが高すぎると、友達が親切で教えてくれたことに対しても「バカにされた!」と激しく怒り出してしまいます。

その結果、周りの人はとても付き合いにくくなり、本人も学校や社会でうまくやっていくことができなくなってしまいます。

このように、偏った考え方や行動のパターンのせいで、自分自身がひどく苦しんだり、周りの人を振り回して困らせたりして、普通の生活を送るのが難しくなってしまっている状態のことを「パーソナリティ障害」と呼ぶのです。

パーソナリティ障害を抱えている人たちには、共通する大きな特徴があります。

一つ目は「自分自身に対する強いこだわりを持っていること」です。

自分が素晴らしい存在だと思い込んでいたり、逆に自分はダメな人間だと思い込んでいたり、とにかく自分のことばかり気になって頭から離れないのです。

二つ目は「とても傷つきやすいこと」です。

健康な心を持っている人なら気にも留めないような、ちょっとした冗談や何気ない言葉、さらにはドアを閉める音などの些細なことにさえ、「悪意がある」と感じて深く傷ついてしまうのです。

本当は友達が欲しいのに、うまく繋がれなくて孤独を感じている人もたくさんいます。

このパーソナリティ障害について正しく理解することは、自分自身の心を知り、周りの人たちとどうやって上手に繋がっていけばいいのかを知るための、とても大きな助けになります。


なぜパーソナリティ障害になってしまうの?

では、なぜパーソナリティ障害になってしまうのでしょうか。原因は大きく分けて二つあります。

一つは生まれつき持っている「遺伝」の力、もう一つは生まれてから育っていく中での「環境」の力です。

最近の研究によると、パーソナリティ障害になる原因のうち、遺伝の影響はおよそ50パーセントくらいだと考えられています。

肥満や知能指数が6割から8割ほど遺伝が関係しているのに比べると、パーソナリティ障害は環境の力がとても大きいことがわかります。

遺伝は変えることができませんが、環境は変わります。近年、このパーソナリティ障害を抱える人が急激に増えているのは、社会や家庭の環境が大きく変化したからです。

子供にとって一番大切な環境とは、立派な家やたくさんのお小遣いなどではありません。

幼い子供にとって絶対に欠かせない環境とは、お母さんやお父さんからの無条件の「愛情と保護」なのです。

精神分析の学者であるアンナ・フロイトが戦争中の保育所で観察したトニーという男の子の例があります。

トニーは親から引き離されてあちこちをたらい回しにされたため、どんな人にもなつかず、すべての感情を失って氷のようになってしまいました。

赤ちゃんは、お母さんから優しく抱きしめられ、お世話をしてもらうことで、「自分は安全に守られているんだ」「自分は愛される価値がある大切な存在なんだ」ということを、体と心で学んでいきます。

このように、自分自身を大切にできる能力のことを「自己愛」と呼びます。

健康な自己愛が心の中にしっかりと育っていれば、大きくなってから少々嫌なことがあっても、すぐに落ち込んだり絶望したりせず、自分を信じて生き続けることができます。

しかし、不幸にして親が病気だったり、仕事が忙しすぎたり、夫婦ゲンカばかりしていたりすると、子供に十分な愛情を注ぐことができない場合があります。

また、愛情はあっても、親が「こうあるべきだ」という理想や期待を押し付けすぎたり、子供の代わりに何でもやってしまう過保護な育て方をしたりすると、子供の心はバランスよく育ちません。

このような環境で育つと、自己愛がうまく育たず、自分を大切にできなくなってしまいます。

さらに、社会の仕組みが大きく変わったことも影響しています。

昔は、おじいちゃんおばあちゃん、近所のおじさんおばさんなど、たくさんの大人が子供たちを見守り、時には厳しく叱ってくれました。

しかし今は、お父さんとお母さんと子供だけの「核家族」が増え、家の中が密室のようになっています。

すると、親のイライラやストレスが直接子供に向かいやすくなり、心に深い傷を負ってしまう子供が増えてしまうのです。

パーソナリティ障害は、決してただの「わがまま」や「困った性格」ではありません。愛情が足りない辛い環境の中で、傷ついた片方の羽を抱えながらも、なんとか空を飛び続けようとして必死に編み出した「生き残るための作戦」なのです。


みんなの注目と愛がほしいタイプ

ここからは、パーソナリティ障害の具体的なタイプについて見ていきましょう。まずは、人からの注目や愛情を強く求めるタイプです。

一つ目は「境界性パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、気分や考え方が「最高」と「最低」の二つの極端な間を、ジェットコースターのように目まぐるしく変化するのが特徴です。

例えば、昨日までは「あなたは最高の友達だよ!」と大喜びしていたのに、今日になって少しでも意見が合わないと、「裏切られた!もう世界はおしまいだ!」とどん底まで落ち込み、激しく怒り出します。

相手に見捨てられるのが怖くてたまらないため、相手の気を引こうとして、わざと手首を切るなどの危険な自傷行為をしたり、「死んでやる」と言ったりして、周りの人を心理的にコントロールしようとします。

映画『17歳のカルテ』の主人公のように、自分の本当の姿がわからなくなり、夜中に騒ぎを起こして周りを振り回したりします。心の奥底には、「自分には生きる価値がない」という深い自己否定感と、満たされない愛情への飢えが隠されているのです。

二つ目は「自己愛性パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、「自分は天才だ」「特別な存在だ」と心の底から思い込んでおり、周りの人から特別扱いされ、賞賛されることを常に求めています。

天才や一流という言葉が大好きで、自分の自慢話ばかりしたがります。才能に恵まれていることも多いのですが、自分への過剰な期待から、少しでも批判されたり欠点を指摘されたりすると、すべてを否定されたように感じて激しく落ち込んだり、怒り狂ったりします。

予備校の先生で、人気があるのに上司に少し注意されただけでプイッと仕事を辞めてしまうようなケースもあります。

他人の気持ちに共感することが苦手で、人を自分の成功のための道具のように利用して平然としている冷酷な一面もあります。

有名なスペインの画家サルバドール・ダリは、亡くなった兄の身代わりのように育てられました。

兄の幻影に脅かされていた彼は、「自分は死んだ兄じゃない!自分は生きている特別な人間だ!」と証明するために、派手で奇抜な行動をとり続けたのです。

三つ目は「演技性パーソナリティ障害」です。

自分がいつも劇の主人公のようにみんなの注目を集め、人を魅了していないと、自分の価値がなくなってしまうと信じ込んでいるタイプです。

そのため、大げさな身振りや感情表現をしたり、周りを驚かせるために平気で嘘をついたりします。ハリウッドのトップスターだったマーロン・ブランドは、大成功を収めても心の中はいつも空っぽでした。

彼はアルコール依存症だった母親の関心を引くために、無意識のうちに他人の顔色をうかがい、演技をする力を身につけていたのです。

喜劇の王様と呼ばれたチャールズ・チャップリンも、子供の頃に家が貧しく、お母さんが精神の病気で舞台で声が出なくなってしまうという過酷な経験をしました。

彼は悲しみの中で、観客の心をつかみ、笑わせるという演技の才能を磨き上げました。このタイプの人は、テレビや映画などの映像メディアの世界で、人を楽しませる才能を大いに発揮することがあります。


人が信じられないし一人でいたいタイプ

次は、他人を信じることができず、人と親しくなるのを避けようとするタイプです。

一つ目は「反社会性パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、他人の気持ちに思いやりを持たず、法律やルールを平気で破り、人を騙したり傷つけたりして自分の利益を得ようとします。

実は、彼らの中には、子供の頃から大人に虐待されたり、いじめられたりして、ずっと否定され続けてきた過去を持つ人が少なくありません。

映画『復讐するは我にあり』の主人公のように、父親が理不尽な暴力に屈する姿を見て深く傷つき、父親や社会への反抗として犯罪を繰り返すようになるケースがあります。

彼らにとって人生は、心に受けた傷への「終わりのない復讐」であり、人間社会に対する強い不信感を抱えているため、冷酷な行動をとってしまうのです。

しかし、彼らも刑務所の中で仏教の教えに出会い、命の儚さを味わうことで、悪の道から抜け出すこともあります。

インドの女性盗賊プーランも、激しい復讐の人生の後に国会議員として社会に尽くす道を選びました。

二つ目は「妄想性パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、他人が自分をだましたり、裏切ったりするのではないかと常に疑っています。

恋人やパートナーに対しても、「浮気をしているに違いない」と根拠のない思い込みで激しく嫉妬し、相手の行動を細かく監視しようとします。

自分のプライベートなことを知られるのを極端に嫌い、秘密主義を貫きます。歴史を振り返ると、ローマ帝国のネロや、スターリン、ヒトラーといった独裁者たちには、この傾向がありました。

彼らは自分を裏切る者がいるという不安から、多くの人を処刑したり迫害したりしたのです。

三つ目は「シゾイドパーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、誰かと一緒にワイワイ過ごすよりも、たった一人で静かに孤独な時間を過ごすことを心から好みます。

感情の起伏が少なく、他人からは「冷たい人」「何を考えているかわからない人」と思われることがあります。

デンマークの哲学者キルケゴールのように、現実の女性と結婚するよりも、心の中で理想の愛を追い求めることを選びました。

しかし、実は内面はとても豊かで、大自然の中で動物の観察に何十年も没頭したチンパンジー研究家のジェーン・グドールのように、自分の好きな分野や研究の世界で素晴らしい集中力を発揮し、大きな業績を残すこともあります。

人間関係のストレスが少ない、コンピューターのプログラマーや研究者などの仕事がとても向いています。

四つ目は「失調型パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、現実の日常的な出来事よりも、自分の頭の中の考えや空想の世界で生きています。超能力やテレパシーのような不思議な現象に強い関心を持つこともあります。

独特の直感やひらめきを持っているため、常識にとらわれない新しいアイデアを生み出すことができます。

有名な心理学者のユングも、オカルトや心霊現象に興味を持ち、不思議な体験をしましたが、その豊かなインスピレーションを学問の世界に活かして、歴史に残る偉大な学者となりました。

また、『坊っちゃん』などを書いた偉大な小説家である夏目漱石も、イギリスに留学していた頃、他人が自分の悪口を言っているように感じる被害妄想に苦しみました。

しかし彼は、その苦しみを『我が輩は猫である』という小説を書くことで乗り越え、素晴らしい作品を次々と生み出しました。


失敗が怖くてルールに縛られるタイプ

続いては、失敗することや傷つくことを極端に恐れたり、ルールに強く縛られたりするタイプです。

一つ目は「回避性パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、失敗したり恥をかいたりすることを何よりも恐れます。「どうせ自分はダメな人間だ」「みんなに嫌われるに決まっている」と思い込んでいるため、新しいことに挑戦したり、人と深く関わったりすることを避けてしまいます。

子供の頃に、親から「もっと頑張りなさい」と無理やり期待を押し付けられたり、全然褒めてもらえなかったりしたことが原因になることがよくあります。

その結果、心が疲れ果ててしまい、学校や仕事に行けなくなる「引きこもり」の状態になってしまうことも少なくありません。

小さい頃から親の期待通りに受験勉強などを頑張りすぎた結果、大学生になった途端に燃え尽きてしまい、何もやる気が起きなくなってしまう「スチューデント・アパシー(無気力症)」になる若者も増えています。

これも、無理やり頑張らされ続けたことが心の傷になってしまった結果なのです。小説『飛ぶのが怖い』の主人公のように、新しい経験をするのが怖くて、人生の決断から逃げ続けてしまう人もいます。

二つ目は「依存性パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、自分一人で決断して生きていくことに強い不安を感じ、常に誰かに頼って生きようとします。

相手に嫌われるのが怖くて「ノー」と断ることができず、自分の意見を我慢して相手の言いなりになってしまいます。

そのため、悪い友達の誘いを断れずにトラブルに巻き込まれたり、暴力を振るうようなひどい相手にもしがみついてしまったりすることがあります。

自分に自信がないため、力強くて自信たっぷりに見える指導者に惹かれ、カルト集団や新興宗教にのめり込んでしまうこともあります。

映画『ギルバート・グレイプ』の主人公のように、家族の世話に縛られて自分の人生を生きられなくなってしまう人もいます。

子供の頃に親が過保護すぎて、何でも親が決めてしまい、自分で考えて行動するチャンスをもらえなかったことが背景にあります。

三つ目は「強迫性パーソナリティ障害」です。

このタイプの人は、とても真面目で責任感が強く、「ルールや義務は絶対に守らなければならない」と考えます。

完璧主義で、少しのミスも許せず、自分にも他人にも非常に厳しく接します。

「努力すれば必ず報われる」と信じているため、のんびりとリラックスして休むことができず、常に働き続けてしまいます。

また、思い出の品や古いやり方を捨てるのが苦手で、環境の変化をとても嫌がります。真面目で信頼される人ですが、常に頑張りすぎてしまうため、心が限界を迎えてうつ病などになりやすいので注意が必要です。


周りの人はどうやって接したらいいの?

もし、みなさんの周りの友達や家族に、このようなパーソナリティ障害の傾向を持つ人がいた場合、どのように接してあげればよいのでしょうか?

タイプによって接し方のコツは違います。

まず、境界性の人に対しては、相手の気分が極端に変わっても、あなたは一緒に喜んだり怒ったりして一喜一憂せず、いつでも「変わらない一定の態度」で接することが最大の助けになります。

相手が無理な要求をしてきたら、「ここまでは手伝えるけれど、これ以上は無理だよ」と、はっきりと限界を伝えてルールを守らせることが大切です。

依存性の人に対しては、相手がかわいそうだからといって、代わりに答えを出してあげたり、手伝いすぎたりしてはいけません(代理人にならない)。

失敗してもいいから自分で決めさせ、「あなたはどうしたいの?」と本人の口から自分の気持ちを言わせる練習をさせてあげましょう。

回避性の人に対しては、「やっぱりダメだったね」といった否定的な言葉は絶対に使ってはいけません。無理やり行動させようとするのではなく、本人のやりたいという気持ちを尊重し、自分から動き出すのを待つことが大切です。

自己愛性の人に対しては、正面から欠点を指摘すると激しく怒るので、まずは良いところをしっかりと褒めて認めてあげましょう。

そして、相手のプライドを傷つけないようにしながら、現実的なアドバイスをしてあげる「よきマネージャー」のような存在になってあげると、相手は素晴らしい能力を発揮します。

演技性の人に対しては、相手が気を引こうとしてついた嘘を無理に暴こうとすると関係が壊れてしまいます。大げさに反応せず、落ち着いて話を聞くことが大事です。

もし体が痛いなどと訴えてきたら、まずはゆっくり休ませてあげましょう。

反社会性の人に対しては、相手がわざと挑発してきても、カッとなって言い返したりせず、冷静に受け止める度量が必要です。

妄想性の人に対しては、あまり急に親しくなりすぎないように適度な距離を保つことが大切です。相手が怒って権力で支配しようとしてきても、同じように張り合って戦おうとせず、冷静に事実だけを伝えるようにしましょう。

シゾイド性の人に対しては、無理にプライベートな質問をして相手の静かな世界に土足で踏み込まないように気をつけましょう。

強迫性の人に対しては、自分と同じ厳しい基準を他人にも押し付けてしまいます。そんな時は、正面から言い争うのではなく、「世の中にはいろいろな考え方があるんだよ」と、別の視点を見せてあげて心を揉みほぐしてあげることが大切です。

役割分担を明確に決めてあげることも安心に繋がります。

どのタイプと接する時でも一番大切なのは、相手の気持ちを尊重しながらも、あなた自身が相手のペースに飲み込まれず、冷静に見守る余裕を持つことです。


弱点や個性を素晴らしい強みに変えていこう

「パーソナリティ障害」という言葉を聞くと、なんだか怖い病気のように感じるかもしれません。

しかし、これまで見てきたように、これらはただの「悪い性格」ではなく、その人が辛い過去や厳しい環境をなんとか生き抜くために、必死に身につけた生き方なのです。

見方を変えれば、その極端な性格は、素晴らしい個性や特別な才能になる可能性を秘めています。

たとえば、演技性の人は、その豊かな表現力を活かして、みんなを感動させる俳優や表現者になれるかもしれません。

シゾイド性の人は、一人で何時間も孤独に耐える力を活かして、誰も成し遂げられないような大発見をする研究者になれるでしょう。

また、強迫性の人の真面目さや責任感は、社会のどんな場所でも厚く信頼される素晴らしい長所です。

反社会性の傾向があっても、その強いエネルギーをスポーツや武道などのルールの中で発揮すれば、大活躍することができます。

大切なのは、自分や他人が持っている「性格の偏り」をダメなものだと否定するのではなく、その特徴をよく理解して、自分にピッタリ合った生き方や仕事を見つけることです。

もしあなたが自己愛性の傾向を持っているなら、一人で勝負するのではなく、チームプレイが求められるスポーツに挑戦して、仲間を助ける喜びを学んでみましょう。

回避性の傾向があるなら、失敗を恐れて何もしないのではなく、小さな失敗から学ぶチャンスを大切にしましょう。

強迫性の人は、80パーセントの力で頑張り、上手に休むテクニックを身につけてください。

重いパーソナリティ障害を抱えて苦しんだ人でも、自分の弱点から逃げずにしっかりと向き合い、それを乗り越えようと努力し続ければ、年齢を重ねるごとに性格が丸くなり、とても優しくて魅力的な人間へと成長していくことができます。

これからの社会では、ただテストの点数が良いことやお金を稼ぐことよりも、自分や他人の「心」を大切にし、お互いに信頼し合って生きることがもっと重要になってきます。

みなさんも、自分自身の心としっかり向き合い、自分の人生をより豊かで幸せなものにするための知恵を、これからも学んでいってください。

もし途中でつまずいてしまっても大丈夫です。ある患者さんが言ったように、「転んでも大丈夫。一回余分に起き上がればいいんですから」。


★付録その1★音声考察★



★付録その2★大人向け論文★


パーソナリティ障害と現代社会における生きづらさ
――理解と対処、そして克服のために――

はじめに

現代社会では、以前よりも豊かさや便利さが増したにもかかわらず、生きづらさを抱える人がむしろ増えているように見えます。うつ、引きこもり、依存症、家庭内暴力、虐待、対人関係の摩擦、職場や学校への不適応など、さまざまな問題が身近なところで起きています。多くの人は孤独や空虚さを抱え、人とつながりたいと思いながらもうまくつながれず、愛したいと思いながらもうまく愛せない苦しさの中で生きています。こうした現代人の苦しみの背景には、単なる気分や環境の問題だけではなく、人格の偏り、すなわちパーソナリティ障害の問題が深く関わっていると考えられます。

パーソナリティ障害は、特別な少数の人だけの問題ではありません。程度の差はあっても、現代人の多くが傷つきやすさや不安定さを抱え、自分らしい生き方や他者との適切な関わり方を見失っています。その意味で、パーソナリティ障害を理解することは、一部の人の病気を学ぶことではなく、現代人全体の生きづらさを理解することにつながります。本稿では、パーソナリティ障害の基本的な考え方、その特徴、現代社会との関係、そして対処や克服の方向について、できるだけ分かりやすく整理して述べます。

第一章 パーソナリティ障害とは何か

パーソナリティ障害とは、一言で言えば、偏った考え方や行動のパターンが強くなりすぎたために、家庭生活や社会生活に支障が出ている状態です。人にはそれぞれ性格の違いがあります。誇りを大事にする人もいれば、人の目を気にしやすい人もいます。慎重な人もいれば、一人でいる方が気楽な人もいます。このような違いそのものは個性であり、よい悪いと単純に決めることはできません。

しかし、ある傾向が極端になると問題が起きます。たとえば、誇りを持つこと自体は大切ですが、それが強すぎて他人から注意されるだけで激しく怒ったり、助言を侮辱と受け取ったりするようになると、周囲との協力が難しくなります。反対に、自信がなさすぎて自分を無価値だと思い込み、他人に必要以上に従ったり依存したりするようになると、自分の力を発揮できず、人生を他人任せにしやすくなります。つまり問題なのは、ある特徴があることではなく、その特徴が強すぎてバランスを失うことです。

また、パーソナリティ障害では、本人が困っている場合もあれば、本人はあまり困っておらず周囲ばかりが大きく苦しんでいる場合もあります。ここにこの問題の難しさがあります。本人が自分の偏りを問題だと感じていないと、周囲は振り回されやすくなり、家庭や学校、職場などで深刻な摩擦が起こりやすくなります。

第二章 パーソナリティ障害に共通する特徴

パーソナリティ障害にはいくつものタイプがあります。見た目には正反対に見える人たちもいます。しかし、その根底にはいくつか共通した特徴があります。

第一に、自分への強いこだわりがあります。これは、自分を特別で優れた存在だと思っている場合だけではありません。逆に、自分を価値のない人間だと思い込んでいる場合も含まれます。自分を過大評価していても、過小評価していても、どちらも「自分」という問題から離れられない点では同じです。自分のことばかり考えてしまうため、他者をその人自身として見る余裕がなくなりやすいのです。

第二に、とても傷つきやすいという特徴があります。健康な人なら聞き流せる一言や、何気ない態度に深く傷つき、強い怒りや不安、絶望を感じてしまうことがあります。冗談を侮辱と受け取り、偶然の出来事に悪意を感じ、自分が否定されたと強く感じてしまいます。この傷つきやすさは、表面上の強さや冷たさの裏にも隠れています。

第三に、他者との関係がうまく築けないことがあります。相手を一人の独立した存在として受け止めることが難しく、自分の思い通りになる相手は大切にしても、思い通りにならない相手には強い怒りや攻撃性を向けることがあります。これは恋愛、親子関係、友人関係、職場関係のどこでも起こりうる問題です。他者を自分の都合に合わせて扱ってしまうため、本当の意味での信頼関係が育ちにくくなります。

第三章 現代社会とパーソナリティ障害

現代社会では、こうした問題がますます目立つようになっています。虐待、ストーカー行為、家庭内の深刻な争い、依存症、引きこもり、対人トラブルなどの背景には、パーソナリティの偏りが隠れていることが少なくありません。もちろん、すべての問題をパーソナリティ障害だけで説明することはできません。しかし、表面に現れている症状だけを見ても、本当の原因にはたどり着けない場合があります。

たとえば、うつ状態になっている人がいたとしても、その背景に「無理をし続ける性格」「傷つきやすさ」「他人に認められなければ自分に価値がないという思い込み」があるなら、気分の落ち込みだけを和らげても根本的な解決にはなりません。同じように、依存症や引きこもりも、その人のパーソナリティの不安定さや、現実への適応の難しさと結びついていることがあります。つまり、表に出ている症状だけでなく、その土台にあるパーソナリティの問題を理解する必要があります。

現代人がこれほど生きづらさを感じるのは、人と人とのつながりが弱くなり、自分を支えてくれる安定した関係や価値観を持ちにくくなっているからでもあります。自由が増えた反面、自分の生き方を自分で選ばなければならない負担も増えました。その中で、自分をうまく知ることができず、他者との距離の取り方も分からず、迷路に入り込んでしまう人が増えているのです。

第四章 理解のために大切な視点

パーソナリティ障害を理解するうえで大切なのは、それを単なる「性格が悪い」「変わった人」で片づけないことです。そこには、その人なりの苦しみや傷つきやすさ、過去の経験、適応のために身につけた不器用なやり方が関わっています。表面上はわがままに見える行動も、内面では強い不安や見捨てられ不安、劣等感、空虚感を抱えていることがあります。

また、パーソナリティ障害は一つ一つが完全に別の問題ではありません。さまざまなタイプがありながら、その背後には「安心感の不足」「自分への強いこだわり」「他者への不信」「傷つきやすさ」といった共通の土台があります。したがって、細かな分類を覚えることよりも、まずはその人が何に不安を抱き、どのような方法で自分を守ろうとしているのかを見ることが大切です。

こうした理解がないままに接すると、周囲はただ相手を責めたり、逆に言いなりになったりしやすくなります。しかし、相手の特徴を理解すれば、どこで距離を取り、どこで支え、どこに限界を置くべきかが少しずつ見えてきます。自分を知ることと同じくらい、相手を知ることも大切なのです。

第五章 援助と克服の方向

パーソナリティ障害の問題に向き合うには、まず自分に合った生き方を見つけることが必要です。自分の性格や傾向に合わない生き方を無理に続けると、苦しみは強くなります。たとえば、完璧を求めすぎる人が常に自分を追い込む生活を続ければ、心も体も疲れ切ってしまいます。人に見捨てられることを極端に恐れる人が、相手にしがみつくような関係を続ければ、かえって関係は壊れやすくなります。まずは、自分のパターンに気づくことが出発点です。

次に、他人に自分と同じ基準を求めすぎないことも重要です。パーソナリティの偏りが強い人は、自分なりの正しさや不安から、相手にも同じ考え方や行動を求めがちです。しかし、人にはそれぞれ違う価値観やペースがあります。その違いを認めることができるようになると、対人関係は少しずつ楽になります。

また、責任を一人で背負い込みすぎないことも大切です。何かがうまくいかなかった時に、すべて自分のせいだと思い込む人もいれば、逆にすべて他人のせいだと思う人もいます。どちらも偏った見方です。現実の問題は多くの場合、複数の要因が重なって起きます。自分に必要な責任は引き受けながらも、過剰に自分を責めないことが必要です。

さらに、苦しみを一人で抱え込まず、支援を求めることも重要です。専門家の助けが必要な場合もありますし、信頼できる家族や友人との関係が支えになることもあります。大事なのは、表面の症状だけでなく、その人の生き方全体や人との関わり方を含めて見ていくことです。

第六章 著者の立場と本書の意義

本書が重視しているのは、理論だけではなく、実際の臨床経験や人生の知恵です。著者は、幼い頃から「人はどう生きるべきか」「どうすればその人らしく生きられるのか」という問題に強い関心を持ち、哲学や文学、心理学を学び、その後に医学の道へ進みました。そして、多くの患者と出会い、精神療法を学び、さらに医療少年院で重い問題を抱えた子どもたちと関わる中で、人が壊れていく過程だけでなく、立ち直っていく可能性も深く見つめてきました。

この経験から示されるのは、人は環境によって傷つきもするが、環境によって支えられもするということです。また、つまずいた人でも、そこで終わるのではなく、変わっていく力を持っているということです。そのため、本書は単なる分類や説明の本ではなく、「どう接するか」「どう支えるか」「どう生き直すか」という実践的な視点を持っています。

また、本書ではパーソナリティ障害を一方的に否定的なものとして見るのではなく、それが大きなエネルギー源にもなりうることが強調されています。偏りや傷つきやすさは苦しみの原因になりますが、見方を変えれば、強い感受性、集中力、創造性、こだわり、情熱として生かされることもあります。大切なのは、その力が壊れる方向ではなく、生きる方向へ向かうようにすることです。

第七章 年齢とともに変わる可能性

パーソナリティそのものは、その人らしさであり、簡単に変えるべきものではありません。しかし、極端すぎる偏りは修正することができます。実際、重いパーソナリティの問題を抱えていた人でも、年齢を重ね、困難に向き合い、自分を見つめ直しながら生きてきた人は、三十代半ば以降に落ち着きを増し、むしろ魅力的な人間味を持つようになることがあります。

よく「年を取ると性格が丸くなる」と言われますが、それは経験によって極端な偏りが少しずつ修正され、他者を受け入れる力が育つからです。ただし、何もしなければ逆に偏りが強まることもあります。自分勝手さや傲慢さ、被害感の強さを放置したまま年を重ねれば、周囲から信頼されず、孤独を深めていくことにもなります。ある程度の年齢になれば、人は自分のパーソナリティに対して責任を持つ必要があります。親や環境のせいだけにして生きることはできなくなります。

第八章 新しい社会への課題

本書が最終的に示しているのは、パーソナリティ障害の問題は個人だけの問題ではなく、社会全体の問題でもあるということです。いまの社会は、知識や技術、情報ばかりが重視され、人としての在り方や心の持ち方を学ぶ機会が弱くなっています。その結果、人間関係の基盤である信頼、誠実さ、他者への想像力が失われやすくなっています。

これから必要なのは、人を単なる能力や成果だけで見るのではなく、その人がどう生きるか、どう他者と関わるかを大切にする社会です。学ぶこともまた、ただ知識を増やすことではなく、自分を深め、人として成長することと結びつくべきです。心の在り方や身の処し方が重視される社会へと価値観が移っていかなければ、ますます生きにくい社会になってしまうでしょう。

おわりに

パーソナリティ障害は、苦しさや困難を生み出す一方で、大きな力にもなりうるものです。問題なのは、その人に偏りがあることそのものではなく、その偏りが生き方を狭め、他者との関係を壊し、自分自身を苦しめてしまうことです。だからこそ、必要なのは自分を責めることではなく、自分を知ることです。そして、相手を理解し、適切な距離と関わり方を学ぶことです。

人は傷つき、つまずきます。しかし、それで終わりではありません。むしろ、困難に向き合い、自分を見つめ、少しずつでも偏りを修正していくことで、その人らしい豊かさや強さが育っていきます。パーソナリティ障害を理解することは、異常な人を見分けるためではなく、人がどうすればよりよく生きられるかを考えるためにあります。現代社会の生きづらさを乗り越えるためにも、自分自身と他者のパーソナリティを理解し、信頼と誠実さを取り戻していくことが、これからますます重要になると考えます。

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