見出し画像

本当の自分がわからない人へ―ユング心理学で読み解く“心の奥”との向き合い方『自我と無意識』を小学生でも分かるように説明します


『自我と無意識』

著者 C.G.ユング




はじめに

このnote記事は、無料部分の「小学生でもわかる解説」だけでも十分にご理解いただけます。

有料エリアには「音声考察(日本語版・英語版)」と本のエッセンスをより深く理解するための「大人向けの解説」を用意しております。

なお、この記事は無料・有料・音声考察のすべてにおいて、原著の引用は一切使用しておりません。すべて、私自身の言葉のみで構成したものです。



心の中の二つの世界「意識」と「無意識」について。

みなさんは、自分の心について深く考えたことはありますか?

私たちが普段「これが自分だ」と思っている心の世界は、実は心全体から見るとほんの一部でしかありません。

スイスの有名な心理学者であるユングは、心の中には私たちが気づいている「意識」の世界と、普段はまったく気づいていない「無意識」の世界があると考えました。

そして、この二つの世界がどのように関係し合っているのかを詳しく研究し、『自我と無意識』というとても大切な本を書きました。

この本は、ユング心理学の入門書としても読まれている、とても有名なものです。

小学6年生のみなさんにわかりやすく言うと、心は巨大な海のようなものです。

私たちが自分で「お腹が空いたな」「明日のテストが嫌だな」「友達と遊んで楽しいな」と感じている部分は、海の水面から少しだけ顔を出している島のようなものです。

この自分で気づいている心の部分を、ユングは「意識」あるいは「自我」と呼びました。

しかし、その島の下には、海深くに向かってとてつもなく巨大な陸地が隠れています。

それが「無意識」です。

無意識は私たちが普段は見ることができませんが、決して眠っているわけではなく、いつも休むことなく働いています。

ユングは、この無意識の働きをただの「忘れられた記憶のゴミ箱」だとは考えませんでした。

無意識の中には、私たちが生きていくために必要な新しいエネルギーや、自分を成長させるための大切なメッセージが隠されているというのです。

例えば、寝ている時に見る「夢」や、ふとした瞬間に頭に浮かぶ「空想」、そして何気なく口にしてしまう「言い間違い」などは、すべて無意識が私たちに何かを伝えようとして送ってきているサインなのです。

これから、ユングが発見した心の中の不思議な世界について、いくつか大切なキーワードを使いながら、一緒に深く掘り下げていきましょう。

この本に書かれていることを理解すれば、自分自身の心の悩みや、周りの友達や大人たちの不思議な行動の意味が、少しだけわかるようになるかもしれません。


「個人的無意識」と「集合的無意識」って何だろう?

ユングは、この目に見えない巨大な「無意識」の世界が、大きく二つの層に分かれていることを発見しました。

一つ目の層は「個人的無意識」と呼ばれるものです。

これは、みなさんが生まれてから今日までに経験してきたことの中で、忘れてしまったり、思い出したくなくて心の奥底に押し込めたりした記憶の集まりです。

例えば、小さい頃に犬に吠えられてすごく怖かった記憶や、親に怒られて悲しかった気持ちなどです。

これらは「忘れた」と思っていても、心の奥深くの個人的無意識の中にはしっかりと残っていて、時々ふとした瞬間に不安な気持ちとして現れたりします。

これは、一人一人の経験が違うので、みなさんそれぞれが全く違う個人的無意識を持っています。

しかし、ユングのすごいところは、さらにその下にもっと深くてもっと広い二つ目の層があることを発見したことです。

それが「集合的無意識」です。

これは、あなた個人の経験とはまったく関係ありません。

人間という生き物が、大昔の原始時代の先祖からずっと何万年もかけて受け継いできた、人類に共通する心の仕組みのことです。

少し難しいかもしれませんが、例を挙げて説明しましょう。

ユングが診察したある青年の話です。

その青年は、失恋して絶望し、川に身を投げようとしました。

しかし、夜空の星が川の水面にキラキラと輝いているのを見た瞬間、星が人の顔になり、恋人たちが抱き合って通り過ぎていくような美しく不思議な幻を見たのです。

すると、彼の心の中から苦しみは消え去り、「自分にはもっと素晴らしい宝物が隠されているんだ」という気持ちに変わりました。

彼は昔の難しい詩を読んだこともないのに、その幻は有名な昔の詩人が描いた世界とそっくりでした。

ユングは、この青年が個人の経験からではなく、人類が昔から心の中に持っている「集合的無意識」のイメージを引き出したのだと考えました。

つまり、私たちの心の奥底には、どんな国の人でも、どんな時代の人でも共通して持っている「イメージを生み出す種」のようなものが眠っているのです。

これをユングは「元型」と呼びました。


外の世界でかぶる仮面「ペルソナ」。

さて、心の内側の深い話から、今度は私たちが普段生活している「外の世界」の話に目を向けてみましょう。

みなさんは、学校にいる時の自分と、家で家族といる時の自分、そして一人で部屋にいる時の自分は、まったく同じ性格だと言い切れますか。

おそらく、ほとんどの人が「相手や場所によって、少し違う自分になっている」と答えるでしょう。

学校では「真面目な生徒」として振る舞い、友達の前では「面白いやつ」になり、家では「甘えん坊」になるかもしれません。

ユングは、私たちが社会や周りの人たちとうまくやっていくために、無意識のうちにかぶっているこの役割のことを「ペルソナ」と呼びました。

ペルソナとは、もともとは昔の劇でお芝居をする人が顔にかぶっていた「仮面」という意味の言葉です。

私たちは生きていくために、どうしてもこのペルソナ(仮面)をかぶる必要があります。

学校の先生は「先生」という仮面をかぶり、お医者さんは「お医者さん」という仮面をかぶって仕事をします。

社会がその人に期待する役割を演じることは、決して悪いことではありません。

ペルソナがあるからこそ、私たちは社会の中でスムーズに生きていけるのです。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。

それは、自分がかぶっているペルソナ(仮面)を、「それが本当の自分自身だ」と完全に思い込んでしまうことです。

例えば、仕事でとても偉い役職についている男性が、「私はこんなに偉い人間なんだ」と勘違いしてしまうと、どうなるでしょうか。

彼は外の世界では完璧で立派な人を演じますが、心の中では無理をしているため、無意識の中に大きなストレスが溜まります。

その結果、外ではニコニコしているのに、家に帰ると些細なことで家族に怒鳴り散らしたり、わがままになったりしてしまうのです。

これは、ペルソナをかぶりすぎて心が疲れてしまい、その反動が無意識からやってきている証拠です。

ペルソナはあくまで「社会と上手に関わるための仮面」であり、「本当の自分(個性)」ではないということを、私たちはしっかりと理解しておく必要があります。


心の中のもう一人の自分「アニマ」と「アニムス」。

ペルソナが「外の世界」に向かってかぶる仮面だとしたら、私たちの心の中の「無意識の世界」にも、不思議な働きをする存在がいます。

それが「アニマ」と「アニムス」と呼ばれるものです。

ユングは、人間の心は男性と女性で少し違った性質を持っていると考えました。

そして、男性の無意識の中には女性的な部分である「アニマ」が隠れており、女性の無意識の中には男性的な部分である「アニムス」が隠れていると説明しています。

男性は一般的に、理屈で物事を考えたり、感情を押し殺して強がったりすることが多いです。

しかし、そのように感情を抑え込むと、無意識の中にある「アニマ(女性性)」が、急に気まぐれな気分や、説明のつかない感情として現れるようになります。

急に不機嫌になったり、感情的になったりする男性は、心の中のアニマに振り回されている状態なのです。

一方、女性は感情を大切にし、周りの人との関係を大事にすることが多いです。

しかし、その女性の無意識の中には「アニムス(男性性)」が潜んでいます。

アニムスは、気分ではなく「意見」や「理屈」として現れます。

女性が突然、絶対に変えられないような頑固な理屈を言い出したり、誰かの意見を絶対に譲らずに批判し始めたりする時、それは心の中のアニムスが活動している状態です。

アニマもアニムスも、普段は私たちが気づかない無意識の中にいますが、時々外の人間関係に強い影響を与えます。

例えば、男性が誰か女性を好きになる時、実は自分の心の中にある「理想のアニマ」のイメージを、その現実の女性に重ね合わせて(投影して)いることが多いのです。

女性も同じように、自分の中の「アニムス」のイメージを現実の男性に重ね合わせます。

ユングは、このアニマやアニムスに振り回されないようにするためには、それらを「自分の心の中にいるもう一人の自分」として認め、心の中で対話することが大切だと言っています。

無意識からやってくる感情や理屈を無視するのではなく、「どうして自分は今こんな気分になっているのだろう?」と問いかけることで、無意識の不思議な力と上手につきあうことができるのです。


心のバランスを崩してしまう時。

私たちが無意識の世界に触れる時、とても危険な状態に陥ることがあります。

無意識の力はとても強く、まるで魔法や神様のような力を持っているように感じられるからです。

この強すぎる無意識の力に飲み込まれ、「自分は特別な人間だ」「自分はなんでも知っている神様のような存在だ」と勘違いしてしまうことを、ユングは「自我肥大」と呼びました。

例えば、ある統合失調症(心に重い病気を抱えた状態)の青年の話があります。

彼はとても質素な生活をしている靴屋さんでしたが、ある時「この世界は自分の絵本であり、自分は好きなようにそのページをめくることができる」という、とても壮大で偉大な考えを思いつきました。

これは、有名な哲学者が一生懸命考えてたどり着くようなすごい思想に似ていました。

しかし、哲学者は自分の努力と知識でその考えを組み立てたのに対し、この青年は無意識の深いところからやってきた巨大なイメージに、そのまま心を乗っ取られてしまったのです。

自分が考えたのではなく、無意識が彼の中で勝手に考えをめぐらせたため、彼はその大きなイメージに飲み込まれてしまい、病気になってしまいました。

また、先ほど説明したアニマやアニムスと向き合い、それらを乗り越えたと思った時にも危険が待ち受けています。

心の中の試練を乗り越えると、人は「自分はものすごい力を手に入れたぞ」と感じます。

すると今度は、「魔法使い」や「英雄」や「全てを知る賢者」のような、もっと大きな無意識のイメージ(元型)と自分を同じだと思い込んでしまうのです。

これをユングは「マナ人格」と呼びました。

「マナ」とは、不思議な魔力のような力のことです。

自分が魔法使いや英雄のような特別な人間になったとうぬぼれることは、非常に危険です。

それはただの勘違いであり、無意識の力に再び支配されているだけだからです。

私たちは、自分はただの限られた人間であるということを謙虚に認め、無意識の力に乗っ取られないように気をつける必要があります。


夢や空想からのメッセージをどう受け取るか。

では、私たちが心のバランスを崩している時、無意識はどのようにして私たちを助けようとしてくれるのでしょうか。

その一番分かりやすい方法が「夢」や「空想」です。

ユングは、無意識には「補償作用」という働きがあると考えました。

補償作用とは、私たちが起きている時(意識している時)の考え方が偏りすぎていると、それを修正してバランスを取ろうとする働きのことです。

例えば、お母さんにべったりと甘えていて、お母さんの言うことなら何でも正しいと思い込んでいる若い女性がいました。

彼女は意識の上ではお母さんを大好きでしたが、彼女の見る夢の中では、お母さんはいつも恐ろしい魔女や化け物として現れました。

これは、「お母さんに甘えすぎていてはダメだ。

もっと自立しなさい」という、彼女の無意識からの強い警告のメッセージだったのです。

また、別の例で、ひどい落ち込み(うつ状態)に悩んでいる青年の話があります。

彼はとても頭が良く、理屈でばかり物事を考えていました。

ある時彼は、自分の婚約者が凍った川の氷の割れ目に落ちていくのを、ただ悲しそうに見つめているという空想を抱きました。

現実の世界なら、彼は絶対に助けようとするはずなのに、空想の中では何もできずにただ見ていました。

ユングは、この青年の心からエネルギー(生きる力)が失われ、無意識の世界に奪われてしまっていると見抜きました。

頭で理屈ばかり考えて、自分の本当の感情や無意識を無視しすぎたため、無意識が反乱を起こしたのです。

ユングは彼に、この空想をただの想像として片付けるのではなく、現実と同じように真剣に向き合い、空想の中で「助けに行く」という積極的な行動をとるように教えました。

無意識からやってくるイメージから逃げずに、しっかりと向き合って体験することが、心のバランスを取り戻すためにとても大切なのです。


「個性化」:本当の自分「自己」を見つける旅。

ここまで、意識と無意識、ペルソナ、アニマとアニムス、そして夢や空想からのメッセージについてお話ししてきました。

ユングがこの本で一番伝えたかった究極の目標は、「個性化」という過程です。

個性化とは、簡単に言うと「本当の自分自身になること」です。

多くの人は、「個性」と聞くと「他の人と違う目立つことをする」とか「自分の好きなことだけをやるわがままな人になる」ことだと思うかもしれません。

しかし、ユングの言う個性化は、そうした利己主義(自分勝手)とは全く違います。

個性化とは、自分が生まれ持った能力や、人類共通の心の仕組みをしっかりと理解し、社会の中での自分の役割を最高に素晴らしい形で果たせるようになることです。

私たちが本当の自分になるためには、まず、外の世界でかぶっている「ペルソナ(仮面)」が自分自身ではないことに気づかなければなりません。

そして次に、心の中の無意識の世界に潜む「アニマ」や「アニムス」といった不思議な力に振り回されないようにし、それらの力と対話をして味方につける必要があります。

そうやって、意識の世界と無意識の世界の両方としっかり向き合い、バランスを取ることができた時、心の中に新しい中心点が生まれます。

今まで「これが自分だ」と思っていた「自我」よりも、もっと大きくて深い、心全体の中心です。

ユングはこれを「自己(セルフ)」と呼びました。

自己を見つけることは、まるで太陽の周りを回る地球のように、自分という存在がもっと大きな法則の中で生きていることを知るようなものです。

個性化の旅は、決して簡単ではありません。

時には自分の中の嫌な部分や、恐ろしい無意識の力と直面しなければならないからです。

しかし、この険しい道を歩むことによってのみ、私たちは本当に充実した、自分らしい人生を送ることができるようになるとユングは教えてくれています。

みなさんも、これから成長していく中で、悩んだり心が苦しくなったりすることがあるかもしれません。

そんな時は、自分の心の中にもう一つの広大な世界「無意識」があること、そしてそこからのメッセージに耳を傾けることが、解決のヒントになるということを思い出してください。

ここから先は

9,170字 / 2画像 / 2音声

¥ 300

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?