なぜ人はヒグマを恐れ、それでも神として敬ったのか?生態・進化・アイヌ文化から読み解く『人と野生動物の共存』「ヒトとヒグマ 狩猟からクマ送り儀礼まで」を小学生でも分かるように説明します
ヒトとヒグマ 狩猟からクマ送り儀礼まで
著者 増田 隆一
はじめに
このnote記事は、無料部分の「小学生でもわかる解説」だけでも十分にご理解いただけます。
有料エリアには「音声考察(日本語版・英語版)」と本のエッセンスをより深く理解するための「大人向けの解説」を用意しております。
なお、この記事は無料・有料・音声考察のすべてにおいて、原著の引用は一切使用しておりません。すべて、私自身の言葉のみで構成したものです。

そもそもヒグマってどんな動物?
みなさんは、日本に住む一番大きな野生の哺乳類が何か知っていますか?
その答えは、北海道の豊かな森に暮らしているヒグマです。
ヒグマは、ライオンやトラ、イヌやネコなどと同じように、他の動物の肉を食べるグループである食肉目に分類されています。
クマの仲間は世界に全部で8種類いますが、その中で一番大きいのが北極の氷の上で暮らすホッキョクグマで、二番目に大きいのがこのヒグマです。
ヒグマの見た目は全体が茶色い毛で覆われていますが、実は住んでいる地域によって、かなり黒っぽい茶色だったり、薄い黄色のような茶色だったりと、毛の色にはいろいろな違いがあります。
中には、首のまわりにツキノワグマのような白い月の形をした模様を持っているヒグマもいます。
また、ヒグマはオスとメスで体の大きさが全く違います。
同じ年齢で比べると、オスのヒグマはメスよりもずっと大きくなります。
このようにオスとメスで体つきや特徴が大きく異なることを、科学の言葉で「性的二系(オスとメスの体の違い)」と呼びます。
これは身近な動物でも見られます。
例えば、ニワトリのトサカの大きさやオスのクジャクの美しい羽、カブトムシのツノやクワガタの大きなアゴなども、性的二系の典型的な例です。
大人のヒグマの場合、オスは体重が135キログラムから390キログラムにもなりますが、メスは95キログラムから205キログラムほどで、オスの方が圧倒的に大きくて重いのです。
体の長さである体長は、だいたい2メートル前後ありますが、北海道のヒグマは、大陸に住んでいるヒグマに比べると少し体が小さいという特徴があります。
さらに不思議なことに、ヒグマは時々、人間の動きとそっくりな行動やしぐさを見せることがあります。
普段は四本足で歩いていますが、ヒグマの足の裏は、前足も後ろ足も、指先からかかとまでがしっかりと地面に着く仕組みになっています。
このような歩き方の特徴を「蹠行性(かかとを地面につけて歩く歩行様式)」と言います。
私たち人間も二本足で立って歩く時に、かかとを地面にしっかり着けて歩きますから、同じ蹠行性なのです。
そのため、ヒグマが木の実を立ち上がって取ろうとしたり、背中を木にこすりつけてにおいを残そうとしたりする時に、すっくと立ち上がった後ろ足の姿は、人間の立ち姿と本当によく似て見えます。
本書の著者である増田先生は、むかし、トラブルを起こして駆除されてしまったヒグマの体を解体する現場に立ち会ったことがあります。
その時、毛皮をきれいに剥がされたヒグマの姿を見た先生は、その白い皮下脂肪に覆われた全身の形が、遠くから見たら人間と見間違えてしまうのではないかと思うほど、人間にそっくりだったと語っています。
昔からアイヌの人々や世界各地の人々の間で「ヒグマは毛皮のコートを着た人間なのだ」と考えられてきた伝説がありますが、その理由が科学的にもよく分かると先生は感じたそうです。
このように、ヒグマは体つきや動きの面でも、私たち人間と不思議なほど近いところがある魅力的な動物なのです。
寒いところを生き抜くヒグマのひみつと、DNAからわかる移動の歴史。
ヒグマはとても広い地域に分布しています。
ヨーロッパ、シベリア、アジア、チベット高原、そして北アメリカのアラスカやカナダ、ロッキー山脈に至るまで、地球の北半分を取り囲む寒い地域に広く暮らしています。
これほど広い場所にヒグマが適応して暮らせるのには、主に3つの大きな理由があります。
それは、「大きな体を持ち、とても強くて敵がほとんどいないこと」「なんでも食べる雑食性であること」そして「寒い冬の間、穴に入って冬眠をすること」です。
まず、ヒグマの体の大きさと寒さの関係について、とても面白い科学のルールがあります。
それは「ベルクマンの規則」と呼ばれるものです。
この規則は、哺乳類などの温血動物は、寒い地域に住むものほど、体のサイズが大きくなるという物理的なきまりです。
体が大きくなると、体重に対する体の表面積の割合が小さくなります。
そうすると、体から熱が逃げていくのを防ぎやすくなり、寒い冬でも体温を保ちやすくなるのです。
これは私たちの日常生活でも経験することです。
例えば、夜にお風呂を沸かした時、お湯の量が多い浴槽の方がゆっくりとしか冷めませんし、大きな氷の塊よりも小さな氷の粒の方が早く溶けてしまいますよね。
これらはすべて、ベルクマンの規則と同じ物理の仕組みです。
北海道という限られた大きさの島の中でも、このルールが成り立っています。
北海道の各地で捕まえられた同じ年齢のヒグマの骨の大きさを比べると、南に住む個体が最も小さく、北に住む個体が最も大きいことが分かっています。
さらに、寒い地域の動物は、耳や手足など、体から突き出た部分が太くて短くなるという「アレンの規則」も知られています。
北極にいるホッキョクギツネは耳がとても小さく、砂漠に住むフェネックというキツネは熱を逃がすためにとても大きな耳を持っていますが、これも同じ仕組みです。
ヒグマもずんぐりむっくりした体型をすることで、体温を逃がさないように寒い環境に適応しているのです。
ヒグマの冬眠は、他の小さな動物に見られる冬眠とは全く違います。
リスなどの小さな動物は、冬眠中も数日おきに目を覚まして、体温を一度元に戻し、おしっこをしたり食べ物を食べたりします。
しかし、ヒグマの冬眠は、数ヶ月間ずっと一度も目を覚ましません。
体温を30度から35度という高めの状態に保ったまま、食べず、飲まず、おしっこもうんちも一切しないのです。
おしっこを我慢すると体に毒がたまりそうですが、ヒグマは膀胱にたまったおしっこをもう一度体の中で吸収し、そこに含まれる尿素という成分から体に大切な栄養であるアミノ酸を作り出す、信じられないような仕組みを持っています。
このヒグマの冬眠の研究は、実は私たち人間の医療にとっても、ものすごく期待されている分野です。
ヒグマは冬眠する前、秋にたくさんの食べ物を食べてものすごく太りますが、糖尿病などの病気になることもなく健康を保っています。
また、人間が数ヶ月間もベッドに寝たきりで全く動かないでいると、骨や筋肉が弱くなって衰えてしまう状態になりますが、ヒグマは冬眠中に全く動かないのに、筋肉がほとんど衰えません。
そのため、春に穴から出てくると、リハビリをすることなく、すぐに元気に走り回ることができます。
この、筋肉が衰えない仕組みを解明できれば、人間の病気の予防や、寝たきりの患者さんの治療に役立つのではないかと、お医者さんや科学者たちが熱心に研究を進めています。
このような優れた体を持つヒグマですが、彼らがいつ、どこからやってきたのかを解き明かすために、最新の科学技術であるDNA分析が使われています。
特に、細胞の中のミトコンドリアという場所にあるDNAは、母親から子どもにだけそのまま受け継がれるという母系遺伝の特徴を持っています。
お父さんのDNAと混ざり合うことがないため、大昔の母親たちの家系をたどっていくのにとても便利な目印になります。
北海道のヒグマたちのミトコンドリアDNAを詳しく調べると、なんと北海道の中だけで3つの全く異なる遺伝的グループに分かれて暮らしていることが分かりました。
道南(渡島半島を中心とするエリア):クレード4道東(知床半島や釧路、根室などのエリア):クレード3B道北・道央(その他の北や中央のエリア):クレード3A2この3つのグループは、それぞれの場所の境界線がとてもはっきりしており、混ざり合うことなく暮らしています。
これを「3重構造」と呼びます。
なぜこのように別れたまま混ざらないのでしょうか。
その理由は、メスのヒグマの「お母さんの縄張りの近くに自分の縄張りを作る」という、とても保守的で移動を嫌う性格にあります。
メスが一生の間にあまり移動しないため、母親から伝わるミトコンドリアDNAのタイプがその地域にずっと残り、綺麗な3重構造が保たれてきたのです。
逆に、オスのヒグマはとても広い範囲を移動し、多くのメスと出会おうとする行動の広さを持っています。
そのため、父親からオスの子どもにだけ伝わるY染色体や、両親から伝わるゲノムを調べてみても、ミトコンドリアDNAのようなはっきりとした地域ごとの違いは見られず、北海道中どこでも遺伝子がつながっていることが分かりました。
この3つのグループは、北海道の中で枝分かれして生まれたのではありません。
大昔、氷河期にシベリアなどのユーラシア大陸と北海道が陸続きの橋でつながっていた時代に、異なる時代に別々に大陸から渡ってきたと考えられています。
一番古い時代に道南グループが渡ってきて、次に道東グループが渡り、最後に一番新しい時代に道北・道央グループがサハリン経由で渡ってきたという、3回にわたる大移動の歴史が、ヒグマたちの体の中に今も刻まれているのです。
森や海を豊かにする「大自然の運び屋さん」としてのヒグマの役割。
ヒグマは、その大きくて強い体と、天敵がいないという特徴から、森林生態系という、生き物たちのつながりの中で一番てっぺんに位置しています。
このような、生態系の一番上にいて、生きていくために広い場所とたくさんの食べ物を必要とする大きな動物を、科学の言葉で「アンブレラスピーシーズ(傘の役割をして他の生き物を守る種)」と呼びます。
傘を大きく広げると、その下にいる人たちが雨に濡れないで済むように、ヒグマのような大きな動物が元気に暮らせる環境をそのまま守ってあげることは、その傘の下にいる他のすべての動物や植物、昆虫、そして目に見えないほど小さな微生物まで、その森の生き物みんなの多様性をまるごと保護することにつながる、というとても大切な考え方です。
ヒグマは肉も草も何でも食べる雑食性ですが、実は森と海の間の大切な「栄養の運び屋さん」として、ものすごく重要な役割を担っています。
みなさんは、北海道の有名な木彫りのクマが、サケを口にくわえている姿を見たことがありますか。
あれは単なる飾りではなく、ヒグマの実際の生活を表した素晴らしい姿です。
夏から秋にかけて、海でたくさん栄養を蓄えて丸々と太ったサケやマスが、卵を産むために川を一生懸命のぼってきます。
川の浅瀬に入ったヒグマは、大きな前足や口を上手に使って、泳いでいるサケをパッと捕まえます。
そしてサケを陸の上に持って上がり、モリモリと食べ始めます。
ここで面白いのは、ヒグマはサケを丸ごと全部きれいに食べるわけではない、ということです。
ヒグマはサケの一番栄養があって美味しい部分だけを好み、脂っこい内臓や骨、しっぽなどはその場にたくさん残して、どこかへ行ってしまいます。
アラスカなどの研究では、ヒグマは捕まえたサケの半分近くを、卵を産んだ後のサケにいたっては90%以上も食べ残して森の中に放置することが分かっています。
この食べ残されたサケの体が、森の他の生き物たちにとって、ものすごいごちそうになります。
ヒグマが去った後、森に暮らすキツネやカラスなどの動物がやってきて、そのサケの肉をきれいに食べます。
さらに、サケの死骸に集まってきたハエの幼虫や、シデムシなどの昆虫、そして土の中にいる目に見えない微生物たちが、食べ残された肉やヒグマの排泄物をきれいに分解してくれます。
分解されたサケの栄養は、チッ素や炭素といったとても細かな栄養素となって土の中に染み込んでいきます。
そして、森の木々や草花が、その栄養を根っこからぐんぐん吸い上げて、大きく青々と成長していくのです。
つまり、サケが海で蓄えてきたたくさんの栄養が、ヒグマという物質の運搬者の手によって陸の森の中へと運ばれ、森全体を育てる栄養として循環しているのです。
さらに、ヒグマは森を広げる「種子散布者」でもあります。
ヒグマはベリー類の植物やドングリなどの木の実が大好きです。
実を食べる時、ヒグマは中の硬い種を噛み砕かずに、甘い果肉と一緒に丸のみにしてしまいます。
ヒグマのおなかの中に入った種は、周りの硬い殻に守られているため、消化されることなく、ヒグマが森の中を何キロメートルも歩き回った後、うんちと一緒に外に排出されます。
これを、植物の側から見ると「飛食(クマなどの動物に食べられて種が遠くへ運ばれること)」と呼びます。
親の木のすぐ近くに種が落ちると、日光が当たらなかったり、土の栄養を取り合ってしまったりしてうまく育ちません。
しかし、ヒグマが遠くまで歩いてうんちをしてくれるおかげで、親の木から遠く離れた新しい場所に種を運んでもらうことができます。
しかも、芽を出したばかりの赤ちゃんの植物は、ヒグマのうんちに含まれる豊かな栄養を直接吸いながら、元気にぐんぐんと成長することができるのです。
このように、ヒグマが森を歩き回り、サケを食べ、実を食べてうんちをすることは、森全体の生き物のバランスを保ち、豊かな大自然を未来へと広げていくために、なくてはならない自然の素晴らしい仕組みの一部なのです。
なぜ人間とヒグマはトラブルになってしまうの?
ヒグマは本来、人間が近づかないような奥深い森の中で静かに暮らす動物です。
しかし、明治時代以降、人間が急激に農地を広げたり、市街地を大きくしたりしたことで、森が切り開かれ、人間とヒグマの物理的な距離がどんどん近づいてしまいました。
その結果、現在、北海道では人間とヒグマの間で、様々なトラブルが起きるようになり、とても深刻な社会問題になっています。
2024年の発表では、北海道に住むヒグマの数は約1万2175頭と推定されており、1万頭を超えています。
これは、海外のヒグマの生息地に比べても非常に密度が高く、狭い北海道の島の中にたくさんのヒグマが暮らしていることを意味しています。
トラブルが起きている主な原因には、以下のような、いくつかの人間活動の変化や環境の変化が複雑に絡み合っています。
まず1つ目は、畑への侵入と農作物の被害です。
ヒグマが暮らす森のすぐ近くに、人間が広大な畑を作ったため、ヒグマにとって、山の中を歩き回るよりも、目の前にある畑に入った方が、手っ取り早くたくさん食べられるという便利なエサ場になってしまいました。
特に、北海道で牛などの家畜のえさとして栽培されているデントコーンというトウモロコシは、ヒグマにとってものすごく都合の良いごちそうになってしまい、デントコーンを狙って畑を荒らす被害が多発しています。
2つ目は、里山の衰退です。
昔は、山と人間が住む町の間には、畑仕事をする里山と呼ばれる場所があり、人間と野生動物の干渉地帯の役割を果たしていました。
しかし最近では、農業をやめる人が増えて、お手入れされずに放置された果樹園などが里山に増えてしまいました。
放置された甘いリンゴなどの果物は、ヒグマにとって大好物ですので、これらを食べるためにヒグマが人里近くまでおびき寄せられ、そこからさらに人間の暮らす市街地にまで迷い出てしまうアーバンベア(都市のクマ)と呼ばれる現象が起きる原因になっています。
3つ目は、ヒグマの「肉食化」という問題です。
もともと北海道には、エゾシカというシカがたくさん増えています。
このエゾシカが車や列車と衝突して死亡してしまったものや、ハンターが山でシカを狩猟した後に放置していった肉の一部を、ヒグマが食べる機会が急激に増えました。
ヒグマはもともと草や実を好む大人しい雑食性でしたが、これらのシカの死体を食べることで、動物の肉のおいしさに目覚めてしまったのです。
肉食化した一部のヒグマは、人間が飼っている牛を襲うようになり、2019年から4年間で66頭もの放牧中の牛を次々に襲ったOSO18という巨大なヒグマが現れ、大きなニュースになりました。
肉の味を覚えたクマは、家畜だけでなく、人間をも襲う危険性が高くなってしまいます。
実際に、山で山菜を採っていた人や釣りをしていた人がヒグマと遭遇して襲われる事故や、札幌市の住宅街にヒグマが突然現れて、人を襲って大怪我を負わせるという、恐ろしい事件も起きています。
このような大きなトラブルを防ぐために、行政や科学者、そして地域の人々が協力して、いくつかの最新テクノロジーを使った対策を始めています。
DNA鑑定:クマが食べ残したトウモロコシに付いた唾液や、現場に残された毛やフンから、どのヒグマがトラブルを起こしたのか、その個体を特定する技術です。
AI顔認証システム:山の獣道に自動カメラをしかけておき、通りかかったヒグマの正面の顔を撮影して、人工知能に個体の特徴を学習させ、どのクマが今移動しているかを瞬時に見分けるシステムの研究も進んでいます。
ゾーニング管理:町などの「絶対にクマを入れてはいけない場所」、畑などの「クマを防ぐエリア」、そして山などの「クマが暮らす自然エリア」と、地域ごとに明確な線引きを行う計画です。
しかし、トラブルを起こしたヒグマを駆除するハンターの人たちが、高齢になって人数が減ってしまっていることなど、解決しなければならない課題はたくさんあります。
北海道のホームページでは、クイズでクマの生態や正しい対処法を学べる「ヒグマ検定」が公開されています。
ヒグマをただ排除しようとするのではなく、生態系の大切なメンバーとして、お互いに適切な距離を取るために、私たちがヒグマを正しく知り、正しく恐れることが、とても大切なのです。
昔の人々とヒグマの深い心のつながり。
現代の私たちは、ヒグマを山にいる危険な獣として遠ざけようとしますが、大昔からこの北半球の厳しい自然の中で生きてきた先住民族やアイヌの人々は、ヒグマに対して、全く異なる、とても深く温かい心の距離を持っていました。
アイヌの文化では、この世界のすべての自然や動物には、それぞれ「魂」が宿っており、それらはすべて「神様(カムイ)」であると考えられています。
ヒグマは、その中でも「山の中に住むとても位の高い神様」と信じられていました。
神様たちの国には、肉や毛皮といった物質はありません。
そのため、山の神様は、人間の世界へ遊びに行く時に、「人間のために、ごちそうとなる美味しい肉と、温かい毛皮をお土産として持って行ってあげよう」と考え、ヒグマという動物の姿を借りて、わざわざ私たちの前に姿を現してくれるのだ、と考えました。
ですから、アイヌの人々がヒグマを狩猟して捕まえることは、お土産をありがたく受け取る、とても神聖な出来事だったのです。
しかし、お土産をもらってお肉を食べ、毛皮を使わせてもらうだけで、クマの体をそのまま捨ててしまっては、神様に対して大変失礼にあたります。
お土産をくれた神様の魂に対して、心からの感謝を伝え、たくさんのごちそうを添えて、神様の国へ送り届ける必要があります。
この、魂を神様の世界へ送り返す行事のことを「クマ送り儀礼」と呼びます。
クマ送りには、主に2つのやり方があります。
「狩猟型クマ送り」(アイヌ語でオプニレ、またはホプニレ): 山でヒグマを仕留めた際、その現場で、すぐにお肉を解体し、神聖な作法で魂を神様の国へと送り返すお祭りです。
これは、北アメリカやシベリアなど、世界中の多くの北方民族にも共通して見られる、とても歴史の古い方法です。
「仔グマ飼育型クマ送り」(アイヌ語でイオマンテ): 春に冬眠の穴から出てきたクマを狩る時、お母さんクマと一緒にいた小さな仔グマを、生きたまま捕まえることがあります。
その仔グマを人間のコタン(集落)に連れて帰り、丸太で作った特別なお檻の中で、家族の赤ちゃんのように大切に育てます。
仔グマが本当に小さくておっぱいが必要な時は、コタンの人間の母親が、自分の母乳を与えて育てることもあったほど、大切に扱われました。
この仔グマは、山の親グマから「人間の世界を見ておいで」と託された、大切な神様の子どもだったからです。
こうしてコタンで1年か2年の間、たっぷりのごちそうと愛情をもらって大きくなったクマを、あらかじめ日を決めてみんなで歌って踊りながら、盛大に神様の国へと送り返す、とても重要で華やかな儀式がイオマンテです。
クマ送り儀礼では、クマの性別がオスかメスかによって、とても細かなお作法のルールが決まっていました。
例えば、神様の国へ送る時、クマの頭の骨のてっぺんに穴をあけ(穿孔)、そこに神様へのお供え物である「イナウ」を差し込みます。
この時、オスのクマの骨には左側に穴をあけ、メスのクマの骨には右側に穴をあけるというきまりがありました。
なぜ、オスは左で、メスは右なのでしょうか。
これについて、科学者の増田先生は、スイスの心理学者であるカール・ユングの考え方や、世界中の太陽の神話をヒントに、とてもロマンあふれる科学的な予想を立てています。
世界各地の太陽の神話では、太陽は東から登り、お昼には南を通り、夕方には西に沈んで、夜の暗い海の中を通って、次の朝にまた東から新しく生まれる(死と再生)というお話が共通して語られます。
この時、お昼に輝く南の太陽に向かって立ってみると、私たちの左手は太陽が新しく生まれる東を指し、私たちの右手は太陽が沈んでいく西を指すことになります。
つまり、力強いオスのクマには生まれ変わりのパワーが差し込むように左側に、子どもを産み育てる役割を持つメスのクマには、夕日の穏やかな再生の光が差し込むように右側に穴をあけたのではないか、という予想です。
このように、大昔の人々は、ヒグマの冬眠と春の目覚めを大自然の生と死のサイクルと重ね合わせ、お互いの絆を確かめ合うための神聖な行事として、心深くヒグマと関わり合って生きていたのです。
仔グマがくれた、異なる文化のグループをむすぶ「優しい力(ソフトパワー)」
歴史をさらに深く、今から1500年から800年ほど大昔(古墳時代から平安・鎌倉時代と同じ頃)までさかのぼってみましょう。
その頃、北海道のオホーツク海沿岸や、北にあるサハリン、千島列島などには、「オホーツク文化」と呼ばれる、海でアザラシなどの海獣を捕り、魚を釣って生活していた、とてもユニークな海洋民族の人たちが暮らしていました。
オホーツク文化の人たちも、ヒグマに対してものすごく強いこだわりや信仰を持っており、彼らが暮らしていた竪穴式住居(昔の地面を掘って作った家)の跡からは、ヒグマの頭の骨をたくさん積み重ねて作られた祭壇のような場所がいくつも発見されています。
ここで、考古学(昔の遺跡や遺物を研究する学問)と、先ほどのDNA分析の科学が合体した、ものすごい大発見がありました。
北海道のすぐ北に浮かぶ小さな島である礼文島にある、オホーツク文化の古い住居跡から、ヒグマの頭の骨が見つかりました。
しかし、実は礼文島には、大昔から野生のヒグマは一頭も住んでいません。
ヒグマがいない島なのに、なぜたくさんのヒグマの骨があるのでしょうか。
考えられる理由はただ1つ、「北海道の本島など、別の場所から、人間が船に乗せてヒグマを礼文島まで運んできた」ということです。
さらに詳しく、その骨からミトコンドリアDNAを取り出して調べてみると、信じられない事実が分かりました。
見つかった骨の多くは、北海道の北部に住む「道北グループ」のDNAを持っていましたが、その中で、まだ生まれて1年にも満たない1歳未満の小さな仔グマの骨3頭分だけが、なんと北海道のずっと南側(道南エリア)にしかいないはずの「道南グループ」のDNAを持っていたのです。
これは、どういうことなのでしょうか?
大昔の道南エリアには、オホーツク文化の人たちとは全く異なる、言葉も生活スタイルも違う「続縄文文化」や「擦文文化」という、本州の弥生文化などの影響を受けた別の人々が暮らしていました。
つまり、言葉も通じない、全く違う文化を持った2つの人間のグループが、北海道の南の森で捕まえた、ぬいぐるみのように可愛らしい生きた仔グマを、わざわざ荒れ狂う海を渡って船で運び、オホーツク文化の人たちへと受け渡していたということになります。
科学者の増田先生は、この仔グマのやり取りこそが、大昔の、お互いに言葉や習慣が違う民族同士を平和につなぎ止めるための、とても大きな「ソフトパワー」の役割を果たしていたのではないかと考えています。
国際的な政治の言葉に、「ハードパワー」と「ソフトパワー」という考え方があります。
「ハードパワー」: 大量の武器や軍事力、お金などの強い力を使って、相手を力づくで脅かしたり、言うことを聞かせたりしようとする、攻撃的な力のことです。
「ソフトパワー」: 言葉や音楽、伝統的なお祭り、魅力的な文化などの「優しさや魅力」を通してお互いを理解し、仲良くなって、争いや対立を防ごうとする、とても温かく持続する力のことです。
昔の北海道で暮らしていたオホーツクの人々と、続縄文・擦文の人々にとって、愛らしくて神聖な仔グマは、お互いの異なる文化を認め合い、平和に交易を続け、強い心の絆を結ぶための、最高に魅力的なソフトパワーそのものだったのです。
可愛らしい仔グマの存在が、厳しい大昔の世界で、異なる人々を仲良く結びつけるための架け橋になっていたなんて、本当に素敵で、現代の私たちにとっても深く考えさせられるお話ですね。
ヒグマの夢が教えてくれる、人間の心と大自然がともに生きる未来。
私たち人間の脳と心は、進化の歴史の中で、とても複雑な仕組みを作り上げてきました。
人間の心には、普段自分でしっかりと考えて行動している「意識」の層の下に、自分では気づくことのできない「無意識」の広大な世界が広がっています。
ユング心理学では、私たちの無意識の奥底には、個人の思い出だけでなく、人類全員、さらには大昔の動物たちからずっと受け継がれてきた普遍的無意識と呼ばれる、みんなの心の土台となる共通の領域があると考えられています。
この普遍的無意識から、私たちの意識の中に映し出されるシンボルを「原型」と呼びます。
ヒグマという野生動物は、まさにこの人間の無意識の奥にある原型を激しく揺さぶり、刺激する、特別なパワーを持った生き物でした。
冬眠という、穴の中に姿を消し、春になると新しい命を連れて再び出てくるドラマチックな生き方。
大人になると人間をひとたまりもなく倒してしまうほど獰猛で恐ろしい力を持つのに、赤ちゃんの頃はぬいぐるみのように愛らしく、お世話したくなる二面性。
これらは、人間の無意識の奥にある「絶対的な優しさと安心感、そして生と死を司るグレートマザー(大いなる母親のような存在)」のイメージとぴったり重なり合うため、昔から多くの人々が夢の中でヒグマと出会い、その夢から生きるための強いエネルギーや、癒やしの力を授かってきたのだと説明されています。
私たちは今、とても便利で快適な都会のビルの中で暮らしていますが、その代償として、地球温暖化や異常気象、たくさんの生き物たちが絶滅していく環境破壊といった、地球規模の大きな限界に直面しています。
私たちはもう一度、自分たちが大自然のメンバーであり、自然と人間が対等な関係として、お互いにバランスを取り合って生きていくための仕組みである「社会ー生態システム」の考え方を取り戻さなければなりません。
ヒグマを、人間の生活の邪魔になるから排除してしまえという、人間だけの都合(ハードパワー)で片付けようとすれば、それは生態系の破壊や、私たちの豊かな心が失われることにつながってしまいます。
そうではなく、最新のDNA鑑定やAIの顔認証を使ってヒグマを正しく識別し、適切なゾーニングを行い、お互いの暮らしを邪魔しない安全な距離を保つ努力をすること。
そして、大昔の人々が仔グマを通じて平和な絆を結んだように、ヒグマを大自然の神聖なシンボルとして正しくリスペクトし、その豊かな森を守っていくこと。
この、人間と自然の関係の中で育まれてきた文化を学び、地球全体のバランスを守ろうとする姿勢こそが、これからの21世紀に私たちが達成しなければならないSDGs(持続可能な開発目標)や、お互いの多様性を認め合って包み込む社会を実現するための、大きな鍵になるのです。
ヒグマを通して、大自然の偉大さと、私たちの心の奥底にある豊かな優しさをもう一度学び直す「ヒグマ文化論」は、私たちがこれからもこの美しい地球で、他のたくさんの生き物たちと一緒に、仲良く元気に生きていくための、最高のソフトパワーを教えてくれているのです。

ここから先は
¥ 300
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
