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ショート・ショート「オンラインカジノパラダイス」

(一)
シンガポールのとある商業ビル
今宵ここにある高級レストランに男女4人組が集まっている。
店内の大型モニターには日本の有名人が
オンラインカジノ利用で謝罪会見を行っていた。
男は左手のグラスに入ったコカ・コーラを一口飲みながらつぶやいた

「この世は酔ってしまった奴から墜ちていくのさ」

(二)
ヤマナミが日本に居られなくなったのは
インサイダー取引で利益を得ていたからに他ならない。
その出来事が明るみになり会社を追われたが
密かに稼いだ現金はすでにシンガポールの隠し口座へ送金済みだった。
次のプランに移るため、ヤマナミは
海外送金サービス事業を立ち上げ、着々と準備を進めていた。

以前から交流のあったイトウとは
互いの彼女も含めて付き合う間柄だった。
彼らは同じIT畑で意気投合し、頻繁に金儲けの情報交換を行う関係だ。

ヤマナミは40代前半。
中背で引き締まった身体に、神経質そうな顔つきが特徴だった。
一方のイトウは温和で、相手に合わせるのが天才的に上手く
誰からも好感を持たれる男だった。

ある日、そんな二人がシンガポールのバーで話していた。

「その人、お金は持ってそうなの?」

ヤマナミがグラスを置きながら尋ねた。
この口癖が出るとき、彼は次の一手を考えている。

「そうですね〜、クラブでも羽振りがよく、全部お支払いしていただきますし、やはり我々の世代とは違い、豪快ですよね。何より、実家が歴史のあるお寺ですからね」

イトウの声には、どこかウラサワへの羨望がにじんでいた。
氷河期世代の彼らにとって、バブルを経験した一世代上の彼は、憧れの対象でもあった。

「そうなんだ!」

ヤマナミは口元をわずかに緩めた。

「実は今度、海外オンラインカジノサイトのサービスを計画してるんだけど、そういうの興味ありそうかな?」

ヤマナミは何気ない調子で切り出したが、リスクヘッジのため、信頼できる仲間を取り込みたいという狙いが透けて見えた。

「えっ、そんな計画あるんですか?」

イトウの目が輝いた。

「そうですね、以前マカオに一緒に行った際、カジノに行きまして。かなり賭け事は好きな人ですよ」

そう答えたイトウの顔は、得意げだった。彼は頻繁にウラサワと海外へ旅に出かけ、信頼を積み上げてきていた。

「でも、日本人の倫理観で流行りますかね?」

実際にカジノの臨場感を体験してきたイトウだからこそ、オンラインに懐疑的だった。

「イトウさん、各国の通貨の価値って、どうやって決まるか知ってる?」

突然、話題が変わった。

「え?」

イトウは面食らった。カジノの話が中央銀行に飛ぶとは思っていなかった。

「それは……その国の景気の良し悪しじゃないんですかね」

戸惑いながらも答える

「確かにそれもあるけど、実際は金利差にかなり影響を受けてるよね。そして決めてるのは日銀とかの中央銀行だ」

「えっと……ちょっと話が見えてこないんですが……」

イトウはグラスの水滴を指でなぞりながら首を傾げた。

「一個人も同じでしょ。刺激とか金銭感覚とか。しかも、だいたい右肩上がりにしかならない」

ヤマナミはグラスをくるくる回しながら続けた。

「……つまり?」

「高度経済成長時代の価値観が染みついてる人は、今でもそういう思考から抜け出せない。そこを突くんだよ」

ヤマナミは少し身を乗り出した。

「このサービスは、表向きは海外FX取引サイトっていう設定なんだ。そこで利用者のアルゴリズムを解析して、適任者がいれば“裏”のカジノサイトにインビテーションを送るって流れだね」

「なるほど〜。会員制とかVIP好きですもんね」

イトウは納得した様子だったが、まだ一抹の不安を感じていた。

「でも、金融庁が目を光らせませんかね?」

「彼らは所詮、ルールの枠内でしか考えられないから問題ないよ。たどり着けないように、あらゆるフィルターを掛けるからね」

話が一段落したと思った瞬間、ヤマナミが再び口を開いた。

「ところで、ウラサワさんはどんな体型?女性関係とかは?お酒は好きかな?」

獲物のデータを集める目がギラリと光る。

「そうですね〜。恰幅が良く、どれも好きですよ」

「それは良い!」

ヤマナミは満足そうに頷き、スマホを取り出した。

「計画のデータを送るから、ぜひウラサワさんにも参加してもらいたい。企画を当ててみてよ」

「わかりました。でも……私もその計画に入れてくださいよ」

イトウは声を弾ませた。

「もちろん!だから話してるんだ」

そう言って、ヤマナミは能面のような顔に、滅多に見せない笑みを浮かべた。

(三)
ウラサワは実家の寺の檀家減少による経営難から
様々な財産の差し押さえにあっていた。
昨今の核家族化や人付き合いの希薄化は著しく対策のペースを凌駕した。
これに抗うため一つの画を描くことを思いつく
方法はこうだ。
多重債務者で首が回らない人を得度の仕組みを利用し戸籍の名前を変更する
その後銀行を相手取り本来受けれない多額の融資得る行為である。

赤坂のオフィスビル。
その一室に設えられた会議室には、鈍い光を放つ
ガラスのテーブルが鎮座し、重厚な椅子がいくつか並んでいた。
スーツ姿の銀行マンが書類を片手に座っている。

「こちらの審査資料ですが……」

銀行マンが書類を開き、慎重に目を走らせる。

「もちろん。すべて揃っています。彼は正式な得度を受け、僧侶としての名も授かっている。ここに証明書もあります」

ウラサワは、あらかじめ用意していた書類を静かに差し出した。
そこには白い法衣を着た男が、厳かに座禅を組み
経を唱える姿が映っている。

「確認させていただきますが、この方の収入証明はこちらですね?」

銀行マンは手元の書類と照合する。
ウラサワはわずかに息を飲むが、表情には出さない。

「ええ、間違いありません。すでに別の寺院とも交流があり、修行僧としての活動も……」

銀行マンは一瞬、何かを考える素振りを見せた。

しかし、書類には不備はない。
口座の入金履歴、所得証明、すべてが精巧に作り込まれている。
ましてや出家して仏門に入るという真剣な行為が
犯罪に悪用されることはないという性善説に疑いは起こらなかった。

「では、このまま手続きを進めさせていただきます」

銀行マンがボールペンを走らせる音が静寂を破る。
ウラサワはかすかに笑った。

数日後、審査は無事に通り、彼の計画は
一歩、二歩とスムーズに進んでいった。
資産が増えるごとに彼の心には奇妙な自信が芽生え始めた。
まるで自分の手が触れたものすべてが金に変わるような錯覚。
取引の成功はまるで運命が彼を選んだかのように感じていた。
金が増えるたびに、彼の行動は徐々に粗雑になっていった。
かつては緻密に計画していたビジネスの進行もいつしか
「まあ大丈夫だろう」と後回しにするようになった。
細かな帳簿のチェックも、部下への確認も疎かになり
気づけば週末の夜に六本木の会員制クラブのVIPルームで
飲み明かすのが習慣になっていた。
ある夜、ウイスキーグラスを片手にトイレへ向かった彼は
ここで偶然イトウと出くわしたのだった。
赤ら顔のイトウが笑いかける。

「社長、豪快にやってますねぇ」
「ははっ、たまにはな」

グラスを軽く掲げると、そのまま個室に消えた。
鏡に映った自分の顔は、どこか緩みきっていた。
以前の自分なら、人の視線や立ち居振る舞いに神経を尖らせ
細部まで気を配っていたはずだ。
だが、今はそんなことが馬鹿らしく思えた。
ふと、岡本太郎の逸話を思い出す。
彼がテレビ出演の際、共演者が

「はじめまして、〇〇と申します」

と挨拶したのに対し、名には一切反応せず

「あなたは何をする方ですか?」

と聞いたというエピソードだ。
確かに、名前など記号にすぎない。
そう、通帳の金額の桁が増えるのも、記号でしかないのだ。
そんな思いが彼の気持ちをさらに大らかにし
タガが外れたように緩んでいった。
その様子を身近で見ていた愛人が、ある晩ぽつりと言った。

「今はお金があるから人が寄ってきてるだけなんだよ、自惚れないようにね」

その言葉が一瞬、彼の胸に引っかかった。
しかし、次の瞬間にはまた、耳障りな忠告として
頭の片隅に押しやられ、彼は再び酒のグラスを傾けた。

(四)
イトウはヤマナミとウラサワを含めたオンラインカジノの計画で橋渡し役になっていた。

「イトウさん、ところで例のオンラインカジノの進捗はどんな調子ですか?」

ウラサワはIT分野には長けていないため
イトウをプロジェクトリーダーとして
開発にあたっていたが、当初の工期を大幅に遅れ
資金も膨大になりつつあった。

「はい、この間ヤマナミさんに連絡して詳細な進捗と経費の確認を詰めたところです」

ここ最近このやり取りで時間を取られ
イトウ自身も他の業務に集中できなかったが
ウラサワとの関係は会社存続を左右するため無下にはできない。
しかし最初は対等な関係であったが
いつからかなんでも押し付けてくる態度に徐々に苛立っていた。
何よりウラサワの愛人に対して憧れを抱いていた。

「まったくいつになったらサービス開始になるのかね、金も時間も相当注ぎ込んだのに」

収穫の時期を待つ生産者のように、待ちかねる日々を他所に
いつまで経ってもビジュアル部分のページしか表示されない
画面を見つめ苛立ちを感じていた。
モニターにはカジノ利用者のアバターである
LEGO風の人形が仮想空間に広がるカジノで様々なゲームを楽しんでいた。

(五)
ウラサワから入金された現金は、すでにオンラインカジノサイトの完成を
迎え、数ヶ月分のランニングコストを足しても
なお余裕がある状態となっていた。
ヤマナミはイトウをシンガポールへ呼び寄せ、ウラサワの疑念が
限界に達しつつあることを確認すると
次のフェーズへと移る準備を進めた。
ヤマナミは自らの野心のためなら
他人を蹴落とすのに躊躇はない。
ウラサワは最初から“利用するだけのターゲット”に過ぎなかったのだ。
当初、イトウは三者間の関係を守ろうとしていたが、
ウラサワの愛人と関係を持ち、彼女から
ウラサワの弱みを聞き出すことで状況は一変した。
イトウは、その情報を使わずにはいられない立場に追い込まれていた。

「殺られる前に殺るのが仁義だろう」

ヤマナミが言うとイトウは黙って頷いた。
彼には、もはや躊躇う理由がなかった。

一方、ウラサワの愛人は匿名で彼の悪事を当局にリークしていた。
ウラサワとの出会いで叶えられた願いは多かったが、
彼女の孤独を埋めるには至らなかった。
彼の欲望は増すばかりで、忠告にも耳を貸さず彼女を不安定化させた。

関西で飲んでいたウラサワのスマホが震える。
画面には、見慣れた銀行のアプリ。
ログインする。しかし、そこに表示されたのは、凍結された口座。
何度試しても結果は同じだった。

「……なんでだ?」

嫌な汗が背筋を伝った。

その瞬間、ドアがノックされた。
開けると、数人のスーツ姿の男たちが立っていた。

「ウラサワさんですね。男たちは名乗ることもなく、無言で部屋に踏み込んだ。」

膝が抜けそうになる。
状況を飲み込めないまま、彼はゆっくりと腰を下ろした。
すべてが仕組まれていたと気づくのに、もう時間はかからなかった。

数年後。
ウラサワは裁判に掛けられ実刑を受けることとなった。

マリーナ・ベイ・サンズ内の高級貴金属店を横目に
華やかなゲートをくぐるカジノ店内には一人の男が座っている。
左手に持ったスマホの画面には、数十万、数百万の入金が
延々と並び、目の前のルーレットが無機質に廻り続けていた。

水彩画 F8 「LAST DANCE」

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