「教育」ってなんでしょう?
「今日行く」ところがある?
そう「今日も行くところがある」ってことは実に幸福であることを人はしばし忘れることがある。
怒りや悲しみに包まれた時人は幸福感もどこかに置いてきます。
その怒りや悲しみが長いほど人は不幸である。
兵庫県庁前のプロテストやカウンターも収拾できない斉藤元彦知事から教育の大切さを見聞きすることに違和感を覚えています。至れり尽くせりが教育ではなくいかに困難を乗り越えていくかが人間の試練と考えている私にとっては過保護にしか見えません。むしろ今ある県政のあり方こそを議論していくことこ… https://t.co/5FGg7SFTBH
— 本嶋かつ子 (@ssk1225day1) September 7, 2026
しかし、プロテストやカウンターはそうでもないらしい。
が、正義同士がぶつかり合うっていうことも喧嘩に発展する。
そこには譲歩がありません。
「私が正しい」と思っているからでしょう。
「正しさ」ってなんでしょう?
小学校の校訓にありました。
「明るく」「正しく」「素直」
って。
「正しく」の中には「書く姿勢」「鉛筆の持ち方」「箸の上げ下げ」「お椀の持ち方」「お辞儀の仕方」などたくさんありました。
そう「言葉の使い方」もありました。
「明るく」は「笑顔」を教わったものです。
そして「素直」は「ハイ」と元気よく返事をすることです。
しかし、内面はどうでしょう。
「ごめんなさい」「ありがとう」を素直に言えますか?
間違いを間違いと認め潔く「すみませんでした」と深々とお辞儀をすることもそれを表します。
しかし、腹の中ではどうでしょうか?「アカンベー」と舌を出してはいませんか?
「面従後言」「面従腹背」などという言葉があります。
しかし、人はその腹の中は読めません。
「目は口よりものを言う」とありますが盲目になることもあります。
特に美しいものを見ると人は心をときめかします。
だから「お花」を好むのでしょう。
➖野草庵➖
