音楽家、AI時代の今後の方針と戦略を考える
芸術家にとって嫌な時代が到来しましたね。
AIの技術が進むことは『何者かになりたかった人たち』には朗報なのかもしれません。
SunoAIで、今後はウォーターマークを入れるということで安堵していたら、次はChatGPT6によってCubaseなどのDAWソフトを動かせるようになってしまい…。
楽しそうにAIを使っている人たちを横目に、今後はどうやって音楽家として生きていくことが最適なのかを考えていました。
毎日のように急速に進化し続けているため、今日考えた戦略が明日には没案になってしまう可能性もあり「AIに勝とう」という考えはやめました。
AI時代の戦略とは?
そこで、どうするか?
自分らしい音楽を続ける。
は?それだけ?と思いますよね。
それだけです。
自分ブランドを確立するために『自分らしさ』を追求するだけです。
これからは特にファンを持つことの重要性を感じます。
AIを使う人が増えるということは、それなりに完成された歌詞や曲を発表する人が増えます(作る人とは言いたくないです…笑)。
そして、だんだんと人間かAIかの区別が難しくなっています。
毎日大量の楽曲が世に放たれつつあります。
それは、曲の善し悪しだけで判断される時代は終わるということです。
もう既になっている部分もありますよね。
曲の品質に差が無くなれば無くなるほど、大量にある曲の中から「この人の作品だから」「この人を応援したいから」が選択理由のメインになり得るということです。
良くて当たり前の時代。
「AIの方がいい」と他者ではなくAIと比べられる時代にもなります。
そうなったら個性で勝負するしかない。
でも、そうなると人間は奇抜なものを作ろうとするでしょう。
みんな考えることは同じなので。
そうやって廃れるのが早い流行りについて行こうとするのではなく、自分らしさを追求して地道に頑張っていれば根強いファンがついてくれるんじゃないでしょうか。
これからの時代、若者の数より高齢者の数の方が増えてきます。
しかし、行動量が多いのは若者。
そうなると、年齢を問わず聴いてもらえる楽曲が強くなります。
最近、歌謡曲っぽいバズり曲が増えてきました。
M!LKやモナキやイコラブがそう感じます。
これってそういうことなんだろうなーなんてマーケティング視点で考えていました。
SNS疲れの学生が増えているという記事を見かけて『ドパガキ文化』はそう長くないのかな、とも感じています。
それでもショートに慣れている状態なので長尺モノは変わらず毛嫌いされそうですが、今よりも少し落ち着いたものを求める人が増えるんじゃないでしょうか。
他のジャンルで考えてみる
例えばカメラ。
時代の流れは大まかに
フィルム→コンデジ→一眼レフ
になりました。
フィルムの製造をやめてしまった会社も多く、今はほとんど撮り直し可能なデジカメ。
それにフォトショでササッと修正もできる。
綺麗に撮れることが当たり前になったんですよね。
しかし、ここ1〜2年ではインスタントフィルムカメラの『写ルンです』が流行っています。
味のある写真になるだけでなく、現像するまでどう写っているか分からないドキドキ感も含めて人気が出ています。
また、デジカメのフィルム風フィルターを好む人も増えました。
富士フイルムの『X half』はフィルム好きには刺さります!
これは音楽にも通じる流れではないでしょうか?
最近、昔のシティポップが人気ですよね。
杏里さんに関しては世界中で流行っています。
私も最近は山下達郎さんの昔の曲を聴いています。
なので「いつか自分のターンが来るはず!」と信じて自分らしい音楽を続けることをおすすめします。
とは言え、まったく進化していない編曲は、サウンド感が古臭くなって好かれないので難しいですけどね!
そこは…バランス感覚というか、センスだと思います。
私自身の戦略
作詞や作曲・編曲にAIを一部でも使用すると「メロディーも実はAIなんじゃない?」と思われてしまうので、そこでは使用しません。
一度ついたイメージは払拭することが難しいですからね。
マスタリングするときにOzoneだけは使います(自分でもできるようになりたいので勉強します)。
あとは、どうやって・どういう思いで作ったのかを説明することを意識しようかと思います。
人は作品の背景やストーリーを好みます。
誰かの心に刺さるようなものを見せられたら…と考えています。
まずは過去に提供した歌詞の解説記事を書いていこうかな?
