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人は見た目が○割?

はっぴばーすでーとぅーみー

 今月、ひとつ歳を重ねまして。
 比古清十郎とタメになりました(←誰がわかんだよ)

 40代半ばにして、私、圧倒的童顔ベビーフェイスなんですよ。
 半袖シャツ&短パンでコンビニ行ってお酒やタバコを買おうとすると、未だに「身分証のご提示をお願いします」と言われることがあります(うちの近所のコンビニは年齢確認ボタンのシステムが未搭載なのです)。

 自分より20以上も歳下であろうガキんちょ大学生アルバイトの子に。

 私が提示した免許証の生年月日を「コイツ、平成何年生まれだ?」とジロジロ確認していたら〝昭和〟と書いてあってビビっている様子を見ると急に微笑ましくなり、さっきまで「クソガキが」と思っていた気持ちがなんだかスカッと晴れます。

 そんなわけで、たまに未成年に疑われるくらいの感じなんです。
 大体、平均すると20代後半くらいに思われることが多いです。


ベビーフェイス / スピッツ



 一方で。
 脚を患っていて、歩くスピードがめちゃくちゃ遅いんです。身体能力は、自分の中の体感で言うと70代くらい
 父親と並んで歩くとちょうど歩幅が合う感じです。

 つまり、見た目はアラサー、中身はアラフォー、体はおじいちゃん。


いわば3つの形態があるようなもんです←



 だから、電車やエレベーターなど公共の場所で、心理的に苦しむ機会が多いです。

 立ちっ放しがしんどいので満員電車の中で座っていると「お前、若いくせに席を譲らないのかよ」という目で睨まれます。たぶん同世代くらいだよね?というおじさんとかに。
 寝たふりをしてやり過ごすなどしますが、眼を閉じながら、心の中はモヤモヤでいっぱいです。

 公共の場で狭い道や階段などを歩いているときに、明らかに歳上と思しき方から「お先にどうぞ」と譲っていただき、足が悪いことをいちいち説明するのも互いに面倒だよなと思い「ありがとうございます」と告げて進み始めると、私の歩く速度が予想以上に遅くて「えっ!?」と驚かれ、結果的に「チッ、なんだコイツ…」と邪魔そうに扱われることも多々あります。

 若く見られること自体は嬉しいんですが、だからこそ、人は人を見た目で判断しているんだなあと実感する人生を送ってきました。



この書籍で述べられている〝見た目〟は、
「容姿」のことではありません



誰だってそう、僕だってそうなんだ

 だから悪いと言いたいわけじゃありません。
 人間って、そういうものだと思っていますから。

 だって、私がガキんちょ大学生アルバイトだと思ったコンビニ店員だってめちゃくちゃ童顔なおじさんかもしれないし、満員電車で睨みつけてきた男性も若く見えるおじいちゃんかもしれないし。

 私だって人を見た目で判断しています。

 何が言いたいかというと。

 「人を見た目で判断してはならない」というのは、みんなわかってます。そりゃそうだ。偏見というのは、人を傷つけるわけで。


スターダムの圧倒的バブ顔ベビーフェイスレスラー
もはや合法○リ



 一方で、です。
 「人を見た目で判断しない」ということ。そんなの、100%は無理です。
 少なくとも、目が不自由でない人にとって、視覚的情報は最も有力な判断材料だから。

 杓子定規に〝見た目で他人を判断してしまった人〟を指差して非難するのはナンセンスかと。
 誰にだってあるじゃないですか。そういう瞬間。

 お前だってできてねーだろ?って話。
 要は、TPOによりますよねって話。

 自分自身が、これまでおそらく人並み以上に見た目で判断され続けてきたので、逆に、それは致し方ないことだよねと学ぶことができました。

 〝みんな、なるべく意識しようね〟
 〝でも間違うことだってあるよね〟
 そんな寛容な社会であってほしい。


 〝誰だってそう、僕だってそうなんだ〟



ケーキ食べました

 歳を重ねるにつれ、すっかり成長よりも衰えの加速度を感じる年齢になりました。
 それでも。
 感受性を豊かに保ちたいという気持ちだけは持っていたいと思いつつ、家族が誕生日のお祝いにと買ってきてくれたケーキを食べました。

 仕事の都合で、食べるタイミングが深夜になったんです。
 楽しみにして、冷蔵庫から箱を取り出して、中身を確認。



MORIZOのバスクチーズ入りモンブラン


 ・・・後で食べようと俺が残していたモンブラン先に食べやがったオカン、まじで許さねえかんな!!!

 (↑お前が一番、寛容性ねぇじゃねーか!)














比古清十郎


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