残暑の鎌倉、坂道で足が泣いた日|銭洗弁財天で“気持ち”を洗う
2023年10月の残暑に訪れた鎌倉・銭洗弁財天宇賀福神社。想像以上の坂道で足が悲鳴…それでも洞窟の静けさと回復ランチで元気復活。ご利益より先に“気持ち”が整った一日を綴ります。
鎌倉は、行けばいつでも「いい感じ」になる。
そう思っていた。――2023年10月の残暑、駅を出た瞬間に、私は少しだけ反省した。暑い。まだ夏の顔をしている。秋のふりが上手なだけで、体感はちゃんと夏だった。
目的地は、銭洗弁財天宇賀福神社。
名前の響きだけで、すでにご利益がありそうだ。ところが道は、こちらの期待を軽く裏切る。鎌倉は平坦な町じゃない。上り坂が多い。階段も多い。風情より先に、ふくらはぎが仕事を始める。
「まだいける」「…いや、普通に足が痛い」
この心の会話を何度か繰り返したころ、視界に現れたのが、岩肌にぽっかり開いたトンネルと、その前に立つ鳥居だった。写真で見たことはあるのに、実物は別ものだ。入口の影が濃くて、夏の光をいったん切り落とすみたいに冷たい。鳥居のしめ縄と紙垂が、ここから先は“別の空気”だと言っている。

一歩、足を踏み入れる。
洞窟の中は、外の残暑が嘘みたいに静かだ。湿り気のある涼しさが、体の表面から順に落ち着かせていく。奥に小さな光が見えて、その光へ向かって歩く自分の足音だけが聞こえる。こういう時、旅の良さは景色よりも「音」や「温度」で決まるのかもしれない、と思った。
境内で、銭を洗う。
ザルにお金を置いて、水をかける。単純な行為なのに、不思議と気持ちが整う。
「増えますように」という欲の言葉より、「ちゃんと大事に使おう」という言葉のほうが、すっと出てきた。ご利益って、未来を変える魔法じゃなくて、今の姿勢を整えることなのかもしれない。財布より先に、心が洗われる感覚があった。
…とはいえ、現実の足は痛い。
帰り道の坂は容赦なく、私は潔く休憩を挟むことにした。ランチでスープを頼む。あたたかい色のスープと、パン。付け合わせの野菜が小さく並んでいて、ちゃんと体に戻ってくる感じがする。旅の途中のごはんは、味だけじゃない。“また歩ける”という機能がある。

さらにカフェで甘いもの。
層になった生地に、クリーム。上にはモンブラン。冷たい飲み物の氷が、カランと鳴る。ここでようやく私は、「鎌倉に来た」という顔になれた気がした。頑張りすぎず、休むのも含めて旅。そう決めると、景色が急に優しく見えてくる。

銭洗弁財天は、開運スポットとして有名だけれど、私にとってのご利益は別のところにあった。
坂道で足が泣いて、残暑で体力が削られて、それでも洞窟の静けさに救われて、スープと甘いもので回復する。そんな一日の流れごと、「自分のペースで進めばいい」と背中を押された。
次に鎌倉を歩くときは、最初から休憩前提で行こう。
増やしたいのは、お金だけじゃない。旅を楽しめる余裕のほうだ。
銭を洗ったあの日、いちばん軽くなったのは、たぶん私の気持ちだった。
🍃 俳句
坂のぼる
財布より先に
汗を洗う
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