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昭和の終わり、平成のはじめ。普通の私の子ども時代

子ども時代の私の話を少し。

私が小学生だった頃、女子には二種類の人間がいた。「りぼん派」と「なかよし派」。どちらを読んでいるかは、なかなか重要だった。テレビでは光GENJIがローラースケートで走り、チェッカーズが歌い、工藤静香がいて、Winkがいた。YouTubeもサブスクもない。新しい歌はテレビで知る。だから翌日学校へ行けば、だいたいみんな同じ歌を知っていた。

運動会では『キャプテン翼』の曲が定番だった。あの曲が流れるだけで、ただの校庭が一瞬でサッカー場になる。ボールは友達。……いや、今日は運動会だ。それでも、なぜかいつもより速く走れそうな気がした。今でもあの曲を聴くと、校庭の景色まで一緒に浮かんでくる。

家に帰ればファミコン。中でも『スーパーマリオブラザーズ』はみんなやっていた。もちろん私もやった。ただし、ものすごく下手だった。友達が軽快にクリボーを踏み、土管を越え、どんどん先へ進んでいく横で、私のマリオは開始早々、穴に落ちる。もう一回やっても落ちる。またやっても落ちる。私にとってクッパはラスボスではなかった。

穴がラスボスだった。

ファミコンは好きだった。でも、才能はなかった。

女子の間で流行っていたのが、香り付きティッシュ。今の子には理解できないかもしれない。でも、あれは鼻をかむものではない。友達と交換するものだ。「これ持ってる?」「それ何の匂い?」と一枚ずつ交換して種類を増やしていく。珍しい香りを持っていると、ちょっとしたステイタスだった。もちろん、交換でもらった貴重な一枚で鼻なんてかまない。もはやティッシュではない。コレクションである。

そして、クラスのヒエラルキー上位女子はジージャンを着ていた。少なくとも、私の記憶ではそうだ。ジージャンを着れば上位になれるわけではない。上位の女子がジージャンを着るのである。ここ、大事。小学生にして私は、世の中には服だけでは越えられない壁があることを知った。

小学校を卒業する頃、『東京ラブストーリー』が流行った。「カンチ!」。あの呼び方だけは、今でも声まで脳内再生できる。まだ大人の恋愛なんてよくわからない年齢だった。好きなら付き合えばいいじゃん。なんでこんなにややこしいんだ。たぶん、その程度にしかわかっていなかった。でも大人たちは夢中になっていた。大人の恋愛とは、どうやらずいぶん面倒なものらしい。そんなことを思いながら、私は中学生になった。

中学生になると、今度は「先輩」という絶対的存在が現れた。先輩は絶対。部活は根性。夏休みは、練習の前に炎天下の農道を10キロ走らされた。しかも、水は飲んではいけない。喉が渇いた? 根性。疲れた? 気合い。もう走れない? 根性が足りない。今なら完全にアウトだと思う。でも、当時はそれが普通だった。

そんな頃に流行っていたのが『SLAM DUNK』。あきらめたら、そこで試合は終わる。なるほど。しかし私たちの場合、あきらめても部活は終わらない。先輩が許してくれない。

そしてB’z。ある日、とんでもなく長いタイトルの曲が出た。『愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない』。

長っ。

初めて見た時、本当にそう思った。歌の題名って、こんなに長くていいんだ。それまで私の中で曲名とは、もっと短いものだった。ほぼ一文じゃないか。でも、愛のままにわがままに生きているわけでもない中学生の私まで、いつの間にか全部覚えていた。

そして高校生。周りではポケベルが流行っていた。私は持っていなかった。でも、みんな持っていた。

そもそも当時、友達と話したければ家に電話する。「もしもし、ゆかちゃんいますか?」。これだけのことなのに、なかなか勇気がいる。なぜなら、誰が出るかわからないからだ。お母さんならまだいい。お父さんだとちょっと緊張する。そして、ゆかの家にはさらに手強い相手がいた。耳の遠いおじいちゃん。

なぜか電話が鳴ると、かなりの確率でおじいちゃんが出る。「もしもし、ゆかちゃんいますか?」「あぁ〜?」「ゆ・か・ちゃん、いますか?」「あぁ〜? 聞こえねぇな!」。ガチャ。切られた。

いや、聞こえないなら取るなよ。

仕方がないのでもう一度かける。お願い、今度こそゆかが出て。「はい」。おじいちゃん。

またお前か。

そして今になって、ふと思う。おじいちゃんには私の声が聞こえていなかったわけだから、おじいちゃんの中では「電話が鳴る。出る。誰もしゃべらない。切る」ということになっていたはずだ。当時は、友達とのちょっとしたおしゃべりだけでなく、大切な用事がある人も、みんな家の電話にかけていた。ということは、ゆかのおじいちゃんは一日にいったい何件の無言電話を取っているつもりだったんだろう。「最近、無言電話が多いなぁ」なんて思っていたのかもしれない。

違う。全部、ちゃんと用事のある電話だ。あなたに聞こえていないだけだ。

スマホもLINEもなかった時代。友達と話すためには、まず家族という関門を突破しなければならなかった。好きな男の子の家に電話するなんて、さらに難易度が上がる。お父さんが出た瞬間、こちらの心臓は試合終了寸前。今なら本人のスマホに「今ひま?」で済む。でも私たちは、電話番号を覚え、家族に名乗り、本人に代わってもらい、ようやく話ができた。スーパーマリオでいえば、ゆか本人にたどり着く前に、おじいちゃんという難関が待っている。そして私は、ここでもなかなか先へ進めなかった。マリオと一緒である。

高校時代といえば、ルーズソックス。かわいかった。流行っていた。でも、実際に履いていた世代として、これだけは言っておきたい。

あれ、暖かい。

短いスカートを履いて足を出しているくせに、足元には大量の靴下。くしゅくしゅ具合にもこだわる。そしてソックタッチ。靴下をわざと下げて履いているのに、下がりすぎないようにノリで止める。冷静に考えると矛盾している。でも青春なんて、だいたい矛盾している。

90年代は音楽もすごかった。B’z、THE YELLOW MONKEY、サザン、松任谷由実、徳永英明、米米CLUB、Mr.Children。そして小室哲哉、TRF、安室奈美恵。JUDY AND MARYとGLAYもいた。

ジュディマリが流れると、それまでとはちょっと違う、カラフルでかわいくて元気な空気になった。そばかすだって気にしないくらい、YUKIの声はかわいかった。一方、GLAYが流れれば空気は一変する。青春には、どうやら絶え間なく注ぐ愛が必要だったらしい。寒い夜にはTRFが流れ、夏が来ればサザンが聴きたくなった。何かうまくいかない日はミスチルを聴いた。

安室ちゃんに憧れて、眉毛は細くなり、スカートは短くなり、靴底は厚くなった。日本の女子は、どんどん地面から遠ざかっていった。

ジュディマリを聴けば元気になり、GLAYを聴けばちょっと切なくなる。まだ大した人生経験もないのに。たいした恋もしていないのにラブソングを聴いて切なくなり、失恋ソングを聴けば自分まで何かを失ったような気になった。でも、10代なんてそれでいい。

ドラマも、みんなで見ていた。高校生になった頃には『愛していると言ってくれ』。トヨエツにやられた。小学校を卒業する頃には「大人の恋愛って面倒くさい」と思っていた私が、数年後には言葉がなくても伝わる恋愛に夢中になっていた。

そして『ロングバケーション』。何をやってもうまくいかない時は、人生の長い休みだと思えばいい。高校生の私は、「なるほど。大人って深い」くらいに思っていた。もちろん、たぶん何もわかっていなかった。

あの頃は、ドラマの翌日になると「昨日見た?」で会話が始まった。見逃し配信なんてない。録画していなければ、見逃したら終わり。翌日の会話に参加したければ、決まった時間にテレビの前にいなければならなかった。

ファミコンをやればマリオを穴に落とし、香り付きティッシュを交換して、運動会ではキャプテン翼が流れた。『東京ラブストーリー』を見ても大人の恋愛なんてよくわからないまま中学生になった。先輩にビビり、真夏の農道を水も飲まずに走り、B’zの長すぎるタイトルに驚いた。高校生になれば、友達に電話をかけるだけで耳の遠いおじいちゃんという強敵と戦い、ルーズソックスを履いて、安室ちゃんに憧れ、ジュディマリを聴き、GLAYで切なくなり、小室サウンドを聴きながら青春を過ごした。

今よりずっと不便だった。でも、不思議なくらい覚えている。あの頃の歌を聴けば、その時の景色まで一緒に戻ってくる。香り付きティッシュの匂い。ファミコンの音。真夏の農道。ルーズソックスのくしゅくしゅ。そして電話口のおじいちゃんの「あぁ〜?」。

昭和の終わりから平成へ。便利とは言えなかったけれど、なかなか面白い時代に子どもをやっていたと思う。

愛のままにわがままになんて生きられなかったし、絶え間なく愛が注いでいたわけでもない。それでも、そばかすなんて気にせず、寒い夜も過ごしてきた。あきらめたらそこで試合終了。だったら、あの頃の私はなかなか頑張ったんじゃないかと思う。

そして今、アラフィフになった私から、炎天下の農道を走っていた中学生の私へ。ひとつだけ言えるとしたら。

水は飲め。

そこは、根性じゃない。

ファミコンが下手で、流行りものが好きで、友達と香り付きティッシュを交換して、テレビを見て、音楽を聴いて、先輩にビビって、友達の家に電話するだけで苦戦していた。

特別な子どもではなかった。

これが、普通の私の子ども時代。

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