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Dinosaur Jr. 『There Near』 -- Mesa Boogieが繋いだ40年

目次

① 作品の概要
② 知らないと困る背景知識
③ 制作の裏側
④ この作品が生まれた時代の文脈
⑤ 注目すべき問い
⑥ 関連して聴くと良い作品
余談:知ってから聴くか、聴いてから知るか
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① 作品の概要

『There Near』は2026年8月28日、Jagjaguwarよりリリースされた、Dinosaur Jr.が2005年の再結成から数えて6枚目、通算13枚目のスタジオアルバムです。前作『Sweep It Into Space』(2021年)以来5年ぶりの新曲アルバムで、この間はライブ盤や未発表音源集がリリースされていました。アマーストのBisquiteen Studioで、1年をかけて短期集中的なセッションを重ねて制作されました。

② 知らないと困る背景知識

  • 「再結成後20年」の意味:Dinosaur Jr.は1984年結成、1989年にLou Barlowが脱退(Mascisが解雇したという経緯があります)、1997年に一度解散。2005年にJ Mascis、Lou Barlow、Murphのオリジナル・トリオで再結成しました。今回の作品は、その再結成期に作られた6枚目という位置づけです。

  • トリオ編成の継続:オリジナルの3人がそのまま維持されていること自体が、バンドのアイデンティティの核になっています。

  • ジャンル文脈:スラッカー・ロック、ノイズ・ロックに分類され、90年代USオルタナのフォーマットが現在も“維持されている”型として機能している点が重要です。

③ 制作の裏側

制作面で最も具体的なのは、Mascisのギター・アンプの選択です。デビュー作『Dinosaur』(1985)制作時、スタジオにあった初期の60ワットMesa Boogie Mark Iを使っていたとMascis自身が語っており、今回はその系統の70年代Mesa Boogie Mark Iを新たに手に入れ、使用しています。その後のキャリアでは50ワットMarshallヘッド、Marshall Super Lead(Plexi)、Vox AC15、Fender Twin Reverb系と機材が変遷しており、今回はそのうちの最も古い時期に近い音への回帰と言えます。

歌詞については、「曲が何について歌っているか、書いている時点では確信していない」「意味は後から自然と浮かび上がる」「その時々で読んでいる難解な話(esoteric mumbo jumbo)の影響が大きい」とMascisは発言していますが、具体的な書名までは明かされていません。

演奏はほぼトリオのみで、地元の音楽家Ken Mauriがピアノとオルガンで一部参加しています。プロデュースは外部プロデューサーを立てず、バンド自身によるもの(前作『Sweep It Into Space』はKurt Vileとの共同プロデュースでした)。

Lou Barlowのベースについては、前作セッション時の証言として「チューブを何本か抜いたMarshall JCM 800 2205とSVTキャビネット」を使っていたこと、また「Dinosaur Jr.のレコーディングで満足のいくベース音を得るのは難しい。ミックスの構造上どうしても後ろに追いやられる」という率直な悩みも語られています。Barlow自身は、Mascisの音の壁を突破する手段は機材よりもピックで弦を叩きつける奏法にあると分析しています。

④ この作品が生まれた時代の文脈

2026年時点で、90年代USノイズ・ロックの再評価的な気配が複数のレビューで語られており、Dinosaur Jr.はその源流バンドとして現役で「本人による再演」を提示している格好になっています。批評の多くが「20年間ブレていないこと」自体を評価軸に据えているのも、この文脈と地続きです。

⑤ 注目すべき問い

  • 「初期のトーンに回帰する」という選択は、ノスタルジーなのか、それとも機材という物理的要因の再発見なのか。

  • 歌詞の意味が「後から浮かび上がる」という制作姿勢は、聴き手の解釈にどう影響すべきか。

  • Barlowの楽曲が持つ社会性("bored edge lord"、"no one's ready for your war")は、Mascis曲の三人称的・内省的な語りとどう対比されるか。

  • 「変わらないこと」を評価するレビューと、「細部(機材・歌詞の書き分け)の変化」を評価するレビュー、どちらの読み方がこのアルバムに近いか。

  • 機材への言及が多いバンドを聴くとき、背景知識は感覚を補うのか、それとも先入観として感覚を上書きしてしまうのか。

⑥ 関連して聴くと良い作品

  • 『Dinosaur』(1985):今回参照されている初期ギター・トーンの原点

  • 『You're Living All Over Me』(1987)

  • 『Sweep It Into Space』(2021):直近作。プロデュース体制・アンプの両面で『There Near』との対比になる

  • J Mascis『What Do We Do Now』(2024年ソロ作)


余談:知ってから聴くか、聴いてから知るか

「20年間、Dinosaur Jr.はDinosaur Jr.のままで、それは良いことだ」という評をどこかで目にして、最初は「本人たちも変化より持続を大事にしているのだろう」と思っていました。でも元の発言をたどってみると、本人が語っていたのは「あの時のサウンドを取り戻そうとした」という、むしろ意図的な回帰でした。持続と回帰は似ているようで、立っている場所が違います。この違いに気づいてから、他の部分の読み方も少し変わった気がします。

アンプの話は、そこから広がっていきました。デビュー作で使われたMesa Boogie Mark Iを今回また手に入れたという話に、どこかで読んだ記憶のあるBig Muffの収集の話を重ねてみたのですが、こちらはうまく思い出せませんでした。記憶というのは案外あてにならないものだと、あらためて思います。

一方で、実際に聴いてみての感覚は、機材の知識とは別のところにありました。1枚通して聴いて、ようやく漠然と「丸くなった」と感じる程度で、アンプの機種を言い当てられるほどの耳ではありません。それでも、後からMarshallやFender Twin系とBoogie系の音の性格の違いを知ると、自分が感じていた「丸さ」に輪郭が与えられるような感覚がありました。先に知識を入れていたら、たぶんこの感じ方にはならなかった気がします。感覚が先にあって、知識が後から追いついてくる順番だったからこそ、腑に落ちた部分があったのだと思います。

LouとMurphの機材のことも気になって、Louの方はアンプへのこだわりよりも「弾き方で音の壁を突破する」という発言が印象に残りました。機材で語られる人と、奏法で語られる人がいる、というのも当たり前のようで、あらためて意識したことでした。

機材の知識は、感覚的に気づいたことを掘り下げるための道具になり得る一方で、先に持ってしまうと感覚そのものを塗り替えてしまう可能性もあります。今回はたまたま「聴く→気づく→知る」の順番になりました。しばらくはそれも意識して聞いてしまいそうです。


この記事で展開した切り口:機材情報と聴取感覚の順序が、アルバム理解にどう影響するか

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