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Iceage — For Love of Grace & the Hereafter

目次

① 作品の概要
② 知らないと困る背景知識
③ 制作の裏側
④ この作品が生まれた時代の文脈
⑤ 注目すべき問い
⑥ 関連して聴くと良い作品
余談:振り子と森


① 作品の概要

本作はデンマークの5人組バンドIceageの6枚目のスタジオアルバムで、2026年5月29日にMexican Summerからリリースされた。前作 Seek Shelter(2021)から5年のブランクを経ての帰還となる。フロントマンのElias Bender Rønnenfeltは「即座で、緊迫感があり、生々しく、速いものにしたかった」と語っており、バンドはスウェーデン辺境の森の中にあるSilence Studioに籠もってレコーディングを行った。


② 知らないと困る背景知識

Iceageは2008年にコペンハーゲンで結成されたポスト・パンク・バンド。2011年のデビュー作 New Brigade は、ポスト・パンク、ハードコア、ノー・ウェイヴで育ったデンマークの10代たちの粗削りなエネルギーを結晶化したもので、世界中でファンを獲得した。

サードアルバム Plowing Into the Field of Love(2014)以降、Iceageは指数関数的に大きくなっていった。当初は陰鬱で凍りついたようなポスト・パンクを演奏していた彼らのサウンドは、やがてNick CaveやThe Verveに近づいていった——WarsawやDNA(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ポーグス、プライマル・スクリーム、ニック・ケイヴの各フェーズ、スコット・ウォーカーを経由して)から遠ざかりながら。

5枚目の Seek Shelter 以降、Rønnenfeltは精力的なツアー、実験的なソロ作品(Heavy Glory、2024年、および Speak Daggers、2025年)、Dean Blunt、Yung Lean、Fousheéとのコラボレーションを経て、楽曲の構造と表現を磨き続けてきた。

なお、バンドはキャリア初期に一部の批評家から右翼的・ファシスト的なイメージの使用を問われたことがある。ネオナチバンドとの共演やルーン文字の使用などが問題視されたが、バンド側は政治的な意図を否定した。この経緯は後のアルバムごとの作風の変化、とりわけ愛や人間的な温もりへの接近を読み解くうえで無視できない文脈として残っている。


③ 制作の裏側

バンドは長年のコラボレーターであるNis Bystedとともに本作をプロデュース・ミックスし、全12曲をスウェーデン農村部のSilence Studioで録音した。2025年11月、5人はスタジオの上階に住み込み、1週間で録音を終えた——Iceage史上最速の制作となった。歌詞はスタジオ入りの数週間前に書かれたもので、「全体像が断片的になりすぎるのを防ぎ、リスクと切迫感を高めるため」という意図的な判断だった。注目すべきは、これが彼らにとって同じ録音施設で2度目となる初めての機会であること——2014年の Plowing Into the Field of Love と同じ場所への意図的な帰還だ。

Rønnenfeltによれば、最初の曲は2024年のソロアルバム Heavy Glory 制作直後から生まれ始めたという。バラッドへの出口を堪能した後、彼はバンドメンバーを集め、10年以上ぶりにバンドとして最も削ぎ落とした、最も凶暴なレコードを作りに向かった。

Nis Bystedは New Brigade(2011)からミキシングで関わり始め、 You're Nothing(2013)以降ほぼ全作品にプロデューサーとして参加してきた、Iceageのもう一人のメンバーとも言える存在だ。前作 Seek Shelter ではSonic Boomが外部プロデューサーとして入りBystedは脇に回ったが、今回は再び主軸に戻っている。Seek Shelter の「豊かさ」がSonic Boom色だったとすれば、本作の「凶暴さへの回帰」はBystedとの関係性の回帰でもある。

結成時に平均17歳だったメンバーたちは、今や全員30代中盤になった。夫や父親になった者もいる。長い休止の後、設計図や輪郭に煩わされることなく、ただ本能に従って演奏を再開した。


④ この作品が生まれた時代の文脈

バンドのステートメントには「18年と5枚のアルバムを経て、Iceageは『崩壊』というアイデアの内側で活動してきた。崩れ落ちる寸前のスリルが、演奏し、歌い、書くことの方法だった——歌の中で落ちながら、それを掴む、生のたゆたいだった」と記されている。

2026年という時点でのポスト・パンク復興ブームというより、「個人の成熟を経た上での原点回帰」という文脈のほうが適切だろう。あるレビューは本作を「インディー・スリーズ」という言葉で評し、1988年から1994年生まれの世代にとってのインディー・ロック、ガレージ・パンク、ブリットポップ周縁の音という文脈に位置づけた。

コペンハーゲンのシーンには、政府による芸術支援と無償の音楽教育という社会的な背景がある。「音楽で食えなくても生活が成り立つ」という構造が、アーティストたちを商業的な圧力から遠ざけ、長く自分たちのペースで続けることを可能にしている。Iceageが18年間誰とも妥協せずに6枚出せていることの一因は、そこにもあるかもしれない。


⑤ 注目すべき問い

1. 原点回帰か成熟の証か。 New Brigade 期のローファイな速度感に戻った本作は、単なる懐古なのか、それとも遠回りしてきたからこそ到達できた地点なのか。回帰と深化は両立し得るのか。

2. 「愛」という主題の転換をどう読むか。 ニヒリスティックな崩壊感を核にしていたバンドが、ロマンティックな愛や仲間への愛を正面から歌うようになった。これは和解なのか、それとも別の形の暗さの表れなのか。

3. セルフ・プロデュースの選択は何を意味するか。 前作ではSonic Boomという外部プロデューサーを迎えたのに対し、本作はバンド+Nis Bystedという内部制作に戻った。この選択はサウンドと姿勢にどんな影響を与えているか。

4. Silence Studioへの「帰還」は意図的な儀式か。 Plowing Into the Field of Love と同じスタジオを選んだことは偶然か、それとも何らかの円環を閉じようとする意志があるのか。

5. Rønnenfeltのソロ活動はバンドに何をもたらしたか。 Heavy Glory でのフォーク・アメリカーナへの探索が、この凶暴なバンド作品の直接的な反動として生まれたとすれば、ソロ活動とバンド活動はどのように互いを規定しているのか。


⑥ 関連して聴くと良い作品

Iceageのディスコグラフィー(時系列)

  • New Brigade(2011)― 原点。ハードコア+ノー・ウェイヴの17歳たち

  • You're Nothing(2013)― 攻撃性の倍増

  • Plowing Into the Field of Love(2014)― Nick Cave的な暗黒カントリーへの転換点、Silence Studio第一弾

  • Beyondless(2018)― グラム・ジャズ・パンク期、Sky Ferreira客演

  • Seek Shelter(2021)― Sonic Boom制作、最も開かれた作品

影響源・参照点

  • Joy Division ― Unknown Pleasures(1979)― ポスト・パンクの冷気という原型

  • Wire ― Pink Flag(1977)― 12曲の切り捨て美学

  • Nick Cave & The Bad Seeds ― From Her to Eternity(1984)― 暗黒ロマン主義の系譜

  • The Velvet Underground ― The Velvet Underground & Nico(1967)― 退廃と前衛の共存

  • The Fall ― This Nation's Saving Grace(1985)― 英語を「外国語のように」歪める感覚、ダンスとパンクの奇妙な共存

比較・対照として

  • Fontaines D.C. ― A Hero's Death(2020)― 同時代のポスト・パンク的成熟の例

  • Mew ― Frengers(2003)― 同じコペンハーゲン発、対極的なスケール感

  • Marching Church ― Rønnenfeltのソロ変名プロジェクト。Iceageとの違いを聴き比べるのに最適


余談:振り子と森

導入

Iceageを最初に聴いたのは4thアルバム Beyondless だった。そこから遡って1stまで聴き、ディスコグラフィーを順番にたどってきた。

今回 For Love of Grace & the Hereafter を手に取ったのは、そういう経緯の自然な続きとしてで、通しで聴いて最初に思ったのは、なぜかポジティブだ、ということだった。歌詞はわからない。音だけの印象として、そう感じた。

気づきの連鎖

調べていくと、歌詞の内容と音の印象のあいだにかなりの距離があることがわかった。「I love you in an ominous way(不吉な形で愛している)」という冒頭の宣言、ヘロイン中毒者の子を宿した性労働者を描く "mother-of-pearl"、そして「deranged(狂った)」「mentally ill(精神的に病んだ)」という言葉が並ぶクロージング・トラック。内容は暗いが、音は走っている。

Rønnenfeltがデンマーク人として英語で書いていることに気づいたとき、少し腑に落ちるものがあった。母国語でないから、一語一語を意識せざるを得ない。慣用句に頼れないから、「I love you in an ominous way」みたいな、ネイティブなら選ばない組み合わせが出てくる。外国語として英語を書くことが、言葉を異化する装置になっている。

聴いていてThe Fallを思った。Mark E. Smithは英語話者でありながら英語を解読不能に近い形で使った。Rønnenfeltは非英語話者として英語を独自の回路で通す。方向は逆だが、着地する場所が似ている気がした。

プロデューサーのNis Bystedのことを調べると、デビュー作から一貫して関わってきた人物だということがわかった。前作ではSonic Boomに席を譲り、今回また戻ってきた。それはRønnenfeltの個人的な振り子——ソロでバラッドを書き尽くした反動でバンドに戻る——と同期しているように見えた。人間関係のレベルでも「回帰」が起きている。

バンドメンバーの一人は5年のブランクのあいだ教会で働き、子どもが生まれた。Rønnenfeltはソロアルバムを2枚出し、Dean BluntやYung Leanとコラボレーションしていた。その非対称な生活を送っていた人たちが、スウェーデンの森に集まってレコードを作った。

残った問い

音がポジティブに聴こえる、という最初の印象は正しかったのだろうか。それとも歌詞を理解した上で聴くと、また別の場所に連れて行かれるのだろうか。

「不吉な形で愛している」という言葉が、音楽としては明るく疾走する。その乖離は意図的なのか、それとも作った側も気づいていない何かがそこにあるのか。

バンドの18年は「崩れ落ちる寸前のスリルの内側で活動すること」だったとステートメントには書かれている。30代になって父親になって、そのスリルの質はどう変わったのか。あるいは変わっていないのか。

スウェーデンの森の中に1週間住み込んで、凶暴なレコードを作ってしまうことの、その速度の意味を、もう少し聴き続けながら考えてみたいと思っている。


この記事で展開した切り口:非英語話者としての英語詞の異化、振り子としての創作サイクル(ソロとバンド)、デンマーク的な音楽と生活の並走


参照サイト

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