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#2 14歳の冬、突然始まったこと

あの日、日常が消えた

〜発症〜

私が初めて病気と向き合うことになったのは、14歳の冬でした。
その日は、とても寒い日曜日の朝でした。
目を覚まして起き上がった瞬間、突然、頭に激痛が走りました。
それまで頭痛を経験したことがなかった私は、
「これが偏頭痛なのかな?」くらいに思っていました。
でも、時間が経つにつれて痛みはどんどん強くなり、やがて吐き気も出てきました。

その日は日曜日だったこともあり、最初は「9時になったら病院に電話してみよう」と話していました。
けれど、吐き気が出てきたため、すぐに救急車を呼ぶことになりました。
救急車を待っているほんの短い時間の間にも、頭の痛みはさらにひどくなっていきました。
体を動かすこともできないほどの激痛でした。
そして、救急車が到着し、私は病院へ運ばれることになりました。

ここから先の出来事は、私自身の記憶ではなく、後から家族に聞いた話が中心になります。

救急車の中でも、私は頭が痛くて仕方がなかったそうです。
痛みに耐えるためなのか、とにかく力を入れていたかった私は、救急隊員の方に、「抱きしめさせて」と言って、抱きついていたそうです。

そして、一緒に救急車に乗っていた母に起き上がり「できる限りの頭を集めてきて」と、よく分からないことを言ったそうです。

今振り返っても、「どうしてそんなことを言ったんだろう」と思います。
でも、それほど当時の私は、脳が悲鳴を上げるほどの激痛と何が起きているのか分からない不安の状態で発してしまった言葉なのだと思います。

その後、私は意識を失いました。

ここから先の記憶はありません。


〜搬送と手術〜

病院に到着して検査を受けた結果、私は「脳動静脈奇形による脳出血」を起こしていることが分かりました。
すでにかなり出血しており、一刻を争う状態だったそうです。
しかし、脳動静脈奇形という珍しい病気だったため、最初に運ばれた病院では対応することができませんでした。
当時、私は埼玉県に住んでいました。埼玉県内でも大きな病院でしたが、そこで治療を受けることができず、東京の病院へ運ばれることになりました。

私はその間も意識がありませんでした。

そして、東京の病院で手術を受けることになりました。

この頃のことも、私自身には記憶がありません。

ただ、後から家族に聞いて、今でも強く印象に残っている話があります。
手術室へ向かうとき、父が私に、「あゆ!!がんばれよ!!」と声をかけたそうです。(あゆは私の名前です)

すると私は、意識がないはずなのに、手術室で大暴れしたそうです。
母や姉が声をかけてもほとんど反応しなかったのに、父の声にだけ反応した。
その話を聞いたときは、不思議な気持ちになりました。
意識がなくても、父の声だけは届いていたのかもしれません。

私が何も知らずに眠っている間にも、家族は突然の出来事に向き合い、いろいろなことを経験していたそうです。

でも、そのときの私は、そのことを何も知りませんでした。


〜目を覚ましたとき〜

私が次に目を覚ましたのは、3回目の手術が終わった後でした。
救急車に乗っていたことも、病院へ運ばれたことも、手術を受けたことも覚えていません。

そして、目を覚ましたとき、私は自分が誰なのかさえ分かりませんでした。
それまでの記憶が、ほとんどなくなっていたのです。

自分が誰なのか。
ここはどこなのか。
なぜここにいるのか。
周りにいる人たちは誰なのか。

何も分かりませんでした。
そこから私は、少しずつ家族のことを思い出していきました。
そして、鏡を見ながら、自分自身のことも少しずつ思い出していきました。

ただ、記憶だけではなく、視野にも変化がありました。
私は視野欠損があり、見えている範囲が狭くなっていました。
家族の顔を見ても、半分しか認識ができません。

左脳の損傷だったため、左側にいる人は見えるのに、右側が見えない。

そんなふうに、目の前にいる人の顔が途中で切れて見えていました。
だから私は、「ん?みんな事故にあったのかな?」と思っていました。

今振り返ると、少し不思議なことを考えていたなと思います。
でも、当時14歳の私は、自分の異常を疑うのではなく、世界の方が壊れてしまったのだと思ってしまったのだと思います。

目の前にいる家族の顔が半分しか見えないことも、自分の記憶がないことも、それが自分に起きている「普通のこと」になっていたのだと思います。

何が起きたのかも分からない。
なぜここにいるのかも分からない。
自分のことさえ分からない。

そんなところから、私は少しずつ家族を思い出し、自分自身を思い出し、日常を取り戻していきました。  
14歳の私は、そうやって病気との生活を始めることになりました。

あの日のことを、私はほとんど覚えていません。
だからこそ、家族から聞いた話と、少しずつ戻ってきた自分の記憶をつなぎ合わせながら、今こうして「あの日」のことを書いています。

当時の私は、自分に何が起きたのかを知りませんでした。
ただ、目を覚ましたところから、私の新しい日々が始まっていました。


次回は、3回の手術を終えて目を覚ました後のこと。
記憶を失った14歳の私が、少しずつ自分自身を取り戻していった頃のことを書きたいと思います。

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