「ラジオと参考書と、ものすごいやった感」
中学受験を控えていた、小学校6年生の頃。
夜遅くまで勉強していた私が、よく聴いていたのが「オールナイトニッポン」だった。
「受験勉強をする」という大義名分があるから、夜更かしも許されていた。
机の上には参考書。
ページを開いたまま、鉛筆を握っている。
……一応、勉強中。
でも、手元の参考書とは裏腹に、耳と意識はすっかり深夜ラジオの世界へ。
当時は土曜日まで学校があったので、夜遅くまでラジオを聴けるのは土曜日だけだった。
土曜日のオールナイトニッポンのパーソナリティは、笑福亭鶴光さん。
軽快なトークに、ときどきちょっと下ネタ。
小学校6年生の私には、少し刺激が強い。
「なんのこと?」
「ふーん……」
「おぉ……」
よく分からないような、でもちょっと分かるような。
興味がないふりをしながら、実はしっかり耳を傾けている。
そんなお年頃だった。
鶴光師匠の軽妙なトークを聴きながら、夜はどんどん更けていく。
気がつけば、窓の外が少しずつ白んできた。
「やったー! こんな時間まで勉強した!」
ものすごい達成感。
……なのに、手元の参考書は数ページしか進んでいない。
それでも私は思う。
「来週も夜通しの受験勉強、頑張るぞ!」
そして、たぶん心の中では、
「来週こそは、ちゃんと勉強するぞ……」
と思っていた。
勉強もしなくちゃいけない。
でも、本当はそんなにしたくない。
夜更かしをしていると、なんだか少し大人になったような気がした。
子どもだから、大人の真似をしてみたい。
私の中では、大人って夜遅くまで起きているイメージだったのだ。
今では、日付をまたぐ頃には、とても起きていられない。
あの頃の自分が、ちょっと可笑しくて、懐かしい。
思春期の入り口にいた私と、深夜のラジオ。
それは、今思えば小さな冒険のような時間だった。
今、ラジオを聴くのは専ら運転中。
深夜放送に限らず、ラジオから流れてくる音って、やっぱりいいなと思う。
テレビのように映像がないから、声や音からいろいろ想像する。
話している人は、どんな顔をしているんだろう。
今、どんな場所にいるんだろう。
その先には、どんな景色があるんだろう。
映像がないからこそ、自分の中で自由に描ける。
想像するって、とても楽しい。
あの頃、参考書を開いたままラジオに耳を傾けていた私も、
今、車を運転しながらラジオを聴いている私も、
きっと同じように、ラジオから聞こえてくる声の向こう側を想像している。
ラジオは、いつの時代も私のそばにある。
子どもの私をちょっぴり大人にしてくれた、あの深夜のラジオ。
そして今は、日常の景色にそっと声を添えてくれるラジオ。
私にとってラジオは、耳から届く音だけではなく、
想像する楽しさをくれるものなのだ。
#わたしとラジオ

