ミクマリの里で生まれた、忘れられない一皿
たくさんの人に自分の作った料理を食べてもらいたくて、これまでお店以外の場所にも出向き、いろいろな場で料理を作ってきました。
その中の思い出の一つが、私が関わるコミュニティ『ミクマリの里』での経験です。
当時の私はお米や野菜を育ててみたいと思って、ミクマリの里を訪れました。農業が盛んに行われていると思って向かったのですが、当時は小さな畑があるだけで、お米づくりはまだ始まっていませんでした。
それでも代表の瀬川映太さんは、イベントがあるたびに私を料理担当として呼んでくださり、次第にミクマリの里で料理をする機会が増えていきました。
それから1年ほど経ったころ、仲間が集まり、耕作放棄地を田んぼへと再生し、お米づくりがスタートしました。農業の経験がない中で挑戦する仲間の姿に、私も深く心を動かされました。
私は料理担当として、田植えと稲刈りのイベントで、
カレーを定番メニューにすることを提案しました。
それ以来カレーライスはいつも好評で、
今ではすっかり定番になりました。
稲刈り3年目の年。この年はいつになく気合いが入り、「最高のカレーを作ろう」と決めて臨みました。前日には、改装したばかりの納屋キッチンに仲間たちが集まり、仕込みが遅くまで続きました。

私はこの年ミクマリの里を表現した『ミクマリの里の野菜カレー』を作るため、いろいろ準備をしました
ミクマリの里で採れた野菜は多くはありませんでしたが、預かった野菜の持ち味を活かし、素材本来の力が引き立つ一皿に仕上げました。
その年の稲刈りイベントに全国から135人が参加してくださいました。たくさんの人に食べてもらうと思うと自然と気合いも入り、仲間に助けてもらいながら理想のカレーが出来上がる。



最後の仕上げは、田んぼのそばで火をおこして完成させました。朝から稲刈りをしていたこともあり、カレーができたことを知らせるとすぐに行列ができ、盛り付けも大忙し。おかわりする方も多く、あっという間に鍋が空になりました。


「美味しかったです!」「ごちそうさまでした!」
わざわざ私のところへお礼を言いに来てくださる方が次々といて、本当に嬉しい時間でした。
翌年から私は仕事が忙しくなり、料理の担当は次の方へ引き継がれました。それでも今でも「あのカレーが忘れられない」と声をかけてもらえることがあります。
あの日のカレーは、人と自然と場がひとつになった、奇跡のような体験でした。




