人生何回転目で当たりますか。
人生、何回転目で当たりますか。
第3話 あの日、3,000円が人生を狂わせた。
「パチンコ。」
先輩がそう言ったとき、
正直、あまり興味はなかった。
パチンコ屋に入ったことがないわけじゃない。
でも、
何がおもしろいのか分からなかった。
うるさい。
眩しい。
タバコ臭い。
大人たちが横一列に座って、
ただ画面を見つめている。
金を払って、
何がおもしろいんやろ。
その程度にしか思っていなかった。
「俺、やり方知らんすよ。」
「大丈夫やって。とりあえず座れ。」
先輩に言われるまま、
空いている台に座った。
財布から千円札を出す。
「これ入れればいいんすか?」
「そうそう。」
千円。
玉が出てきた。
言われた通りにハンドルを握る。
ジャラジャラと玉が飛んでいく。
何も起きない。
画面の数字だけが、
何度も回る。
「……これ何がおもろいんすか?」
先輩が笑った。
「当たれば分かる。」
千円がなくなった。
もう千円。
それもなくなった。
この時点で、
俺は少しイライラしていた。
二千円あれば、
飯も食える。
服だって買える。
それが、
ほんの数分で消えた。
「やっぱやめよっかな。」
そう言いながら、
俺は三枚目の千円札を入れた。
たぶん、
あそこでやめていたら。
俺の人生は、
少し違っていた。
でも、
三千円目。
突然、
台の雰囲気が変わった。
音が鳴る。
画面が光る。
今までとは明らかに違う。
「え、なにこれ?」
先輩が俺の台を見る。
「お、それ熱いんじゃない?」
「熱いって?」
「当たるかもしれん。」
その瞬間、
俺の目は画面から離れなくなった。
意味なんて分からない。
何が起きているのかも分からない。
それなのに、
心臓だけは速くなった。
頼む。
頼む。
頼む。
何を頼んでいるのかも分からないのに、
頭の中で繰り返していた。
そして。
数字が揃った。
派手な音が店内に響いた。
「うおっ!」
思わず声が出た。
先輩が笑う。
「ほら、当たったやろ。」
そこからだった。
玉が出る。
また当たる。
さらに玉が出る。
下の箱がいっぱいになっていく。
さっきまで、
ただ金を吸い込んでいた機械が、
今度は金を吐き出しているように見えた。
気づけば、
俺は笑っていた。
楽しかった。
めちゃくちゃ楽しかった。
そして数時間後。
店を出た俺の財布には、
来たときより金が増えていた。
三千円しか使っていない。
それが、
何倍にもなって返ってきた。
「……え、こんな簡単なん?」
俺が聞くと、
先輩は笑った。
「今日はたまたまや。」
「でも勝ったじゃないすか。」
「そりゃ勝つ日もあるわ。」
先輩は、
ちゃんと言っていた。
今日はたまたま。
でも、
俺の頭に残ったのはそこじゃなかった。
勝つ日もある。
その言葉だけだった。
帰り道。
コンビニに寄った。
いつもなら値段を見る。
その日は見なかった。
好きな飯。
飲み物。
タバコ。
適当にカゴへ入れた。
会計をしても、
まだ財布には金がある。
不思議な感覚だった。
朝から働いて、
汗をかいて、
怒られて、
体を痛めて。
それでやっと手に入る金が、
今日は椅子に座っていただけで増えた。
家に帰って、
財布から金を出した。
数えた。
もう一度数えた。
ニヤけた。
その瞬間、
俺の中で何かが変わった。
仕事で一万円稼ぐ大変さは知っていた。
でも、
パチンコで一万円増える速さを、
知ってしまった。
そして、
一度知ってしまったものは、
なかなか忘れられなかった。
布団に入っても、
あの音が頭から離れない。
光。
数字。
当たった瞬間。
玉が増えていく感覚。
財布の中で、
増えた金が擦れる音まで聞こえる気がした。
スマホを触りながら、
俺は考えていた。
今日三千円でこれだけ勝った。
じゃあ、
明日も行ったら?
週に何回か勝てたら?
給料とは別に、
毎月これだけ増えたら?
今なら笑える。
そんな簡単なわけがない。
でも、
その夜の俺は本気だった。
「これ、普通に稼げるんじゃね?」
そう思った。
いや、
そう思いたかった。
仕事で汗をかいて稼ぐより、
座っているだけで金が増える方がいい。
そう思い始めた時点で、
俺の中ではもう、
仕事とパチンコが同じ土俵に並びかけていた。
次の日。
朝から仕事だった。
でも、
頭の中にあったのは仕事じゃなかった。
昨日座った台。
あの音。
あの瞬間。
時計を見る。
まだ昼。
もう一度見る。
まだ14時。
早く終われ。
早く終われ。
そして、
ようやく仕事が終わった。
先輩の姿を探した。
いない。
もう帰ったらしい。
少し迷った。
昨日は先輩がいた。
今日は、
一人。
帰ることもできた。
そのまま家へ帰っていれば、
ただの一回の思い出になったのかもしれない。
でも、
俺は財布を開いた。
昨日増えた金が、
まだそこにあった。
その金を見た瞬間、
「使うな」という考えより先に、
「もう一度増やせる」という考えが浮かんだ。
俺は車に乗った。
エンジンをかけた。
そして、
昨日と同じパチンコ屋へ向かった。
一人で。
昨日勝った金を、
財布に入れて。
あのときの俺は、
勝ち金を持って店へ戻っているつもりだった。
でも本当は、
勝ち金に連れられて、
店へ戻っていた。
俺はまだ知らなかった。
最初の勝ちは、勝ちじゃなかった。
あれは、
俺の財布を膨らませるための当たりじゃない。
俺の中に、
「もう一度」という気持ちを植えつけるための当たりだった。
そして、
俺をその椅子に戻すために用意された、
一番高い「当たり」だった。
