AI時代の創作メモ|AI時代の創作アップデート。情報は人生を豊かにするのか、それとも奪うのか(#創作論 #Web小説 #note #エッセイ #書籍化 #生成AI #画像生成AI)
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
突然ですが、AIは使っていますか?
私は毎日のように使っています。
創作の際の情報収集や知識の収集がとにかくラクになりました。
けれど、その一方で、すっかり
「知った気になっている」自分にも気付いたんですよね。
それがすごく怖くて、
今日はこの「知った気になる」という現象を考えてみました。
たとえば、
これまでに一度も「りんご」を
見たことも聞いたこともない人が、
ある時「りんご」というものがあると知ったとします。
でも、
その人は「りんご」というものが存在していることはわかっても
「りんご」がどういう存在であるかはわかりません。
「りんご」に興味を持ったその人は、
りんごのあらゆる情報を集めます。
・りんごは食べ物らしい
・りんごは果物らしい
・りんごは赤いらしい
・青いりんごもあるらしい
・甘酸っぱいらしい
そうやって調べていくうちに
どんどん「りんご」について詳しくなっていきます。
さらに調べると、
・りんごにはポリフェノールが含まれていて、抗酸化作用があるから体にいい
・食物繊維が豊富でカリウムの排出に役立つ
・りんごの色素の正体はアントシアニンで紫外線が影響している
・りんごはバラ科の植物である
・りんごの祖先はセイバーズアップルである
・りんごはスイス独立運動のきっかけをつくった
そんなことまで知るようになります。
すると、
その噂を聞きつけた人たちが
その人の元へ「りんご」の話を聞きにやってきます。
聞きに来た人たちは
自分がはじめて知る「りんご」の話に感動し、
やがてその人を尊敬し始めます。
でも、
その人は未だに「りんご」という存在を知っているだけで、
「りんご」に触れたことはありません。
それでも情報だけなら誰よりも詳しく知っています。
りんごの手触りはつるりとしていて、
鼻を近づけるとほのかに甘酸っぱい香りがする。
そして、片手で持てるサイズの赤い実である。
種類として黄色や緑色もある。
知識は豊富だけれど、
その人はりんごを「体験」したわけではありません。
実際に見たこともなく、
味わったこともなく、
手に持ったこともない。
それなのに、
誰よりも「りんご」に詳しく、
「りんご」について誰からも頼られ、
尊敬されている。
ここでは一つの決定的な誤解が生じています。
その人は、
りんごを構成する情報を完璧に網羅しているだけであり、
りんごを「体験」しているわけではないということです。
そして、
その人の元へ話を聞きに来る人々もまた、
その人から多角的な情報を得ることで、
あたかも自分自身が「りんごを体験した」かのような錯覚に陥ってしまっている。
AIと私たちの関係も、
これと全く同じ構造を持っているように思います。
AIは、
私たちが一生かかっても集めきれないほどの
知識を提示してくれます。
けれど、
それはどこまでいっても情報の集積であって、
身体的な実感を伴う経験にはなり得ません。
AIから得た果実のデータがどれほど膨大だったとしても、
その情報を元に実際のりんごを手に取り、
齧り、酸味や甘みを味わうことは、
身体を持つ人間にしかできない行為です。
この境界線を曖昧にして、
情報を集めて知った気になることだけで満足してしまえば、
やがて実感を伴わない空虚な情報に食われ、
自らの現実感を失っていくことになりかねません。
「人生のネタバレ」という言葉をご存知でしょうか?
これは、インターネットを通じて
キャリアや恋愛、ライフプランなど
自分の未来の情報を先回りして集めたり、
規定したりすることなのだそうです。
そして、
それが今の若年層の4割に
希死念慮を抱かせる原因にもなっているのだとか。
これも、
体験を伴わない情報に食われている状態だと思うのです。
AIを扱う上で、
私たちが決して手放してはならない前提は、
自らの身体を通じて現実を直接解釈し、
「AIを使う側」に立ち続けるということです。
私たちはりんごを齧っても、
りんごの歴史や栄養価や色素構成の知識には永遠にたどり着けません。
けれど、りんごを齧ることでりんごを体験することはできる。
「私がりんごを齧った」という体験だけは、
自分にしかできません。
ここから先の世界は、
AIが与える膨大な知識を土台としながらも
「私がりんごを齧った」という身体を通じて現実を解釈する側に立ち続ける人だけが、
自分の人生を生きることができるようになると感じています。
これはおそらく創作の世界も同じで、
近頃の選評で共通して指摘されている
「深み」「専門性」「キャラの魅力」などは
すべて身体を通じたリアルさが要求されているように思うのです。
りんごを齧ったことのある人にしか出力できないリアルさ。
りんごを齧ったことのある人にしか出力できない気持ち。
りんごを齧ったことのある人にしか出力できない人間らしさ。
知識や情報ではなく、
それを前提として実際に
自分の体を通して得た経験からしか出力されない言葉。
そういったものが
ますます求められるようになっていくのだと感じています。
あなたは最近、
AIの知識を土台にして、
自分でやってみたことはありますか?
あとがき:
去年の冬、お風呂場で転倒してバスタブに肋骨を強打したことがありました。その瞬間、思わず口から出たのが「良かった〜、骨丈夫で」という言葉でした。以前の私なら、間違いなく「なんで自分はこんなに間抜けなんだろう」と落ち込み、みじめさや情けなさに沈んでいたはずです。だからこそ、この反応の変化に自分でも驚きました。思い返せば、これはAIと一緒に続けていた“ポジティブシンキング”の取り組みの成果でした。きっかけは脳科学者・中野信子さんの著書で、その内容を「体験として身につけるにはどうすればいいか」とAIに相談したのです。提案された方法を80日間続けていたところでの出来事でした。身体性をもって体験することの重要性を実感した、忘れがたい瞬間になりました。
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── 創作純喫茶「ミケ」のドアを開ける。
カランコロン

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