noteを書いて大きく変わったこと。『ちゃんと伝えなきゃ』を手放したら、書くことが楽しくなった|書籍化ログ(#創作論 #note #エッセイ #メンタル #スキ #読まれない #マインドセット)
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
お恥ずかしい話ですが、
私はかつてnoteをはじめた頃
「使命感」に燃えていました。
自分の情報や体験はきっと役立つ。
悩んでいる人の救いになる。
解決の糸口を提示できる。
生意気にも、そんな大仰なことを大真面目に信じていました。
今振り返ると、実に滑稽です。
でも、当時は本当に、本気でそう信じていたんです。
だから、
何時間もかけて体験や情報を整理し、
さらに何時間もかけてすぐに実践できる形に体系化し、
また何時間もかけて言葉を選び、
満を持して投稿していました。
当然ながらそれは、
誰かを救うどころか、
noteの文字の海の底へ、
大して読まれることもなく沈んできました。
すごく悩みました。
noteの攻略記事を読みまくりました。
マーケティングの知識も総動員しました。
熟考に熟考を重ね、
三日かかって書き上げた記事。
私しか知らない一次情報。
明日から役立つhow to。
傷付かないためのマインドセット。
情報は盛りだくさんでした。
それなのに、鳴らないスマホの通知。
嘲笑うかのように
白い画面の向こうではAIイラストの四コマがバズを起こしていました。
「noteには価値がわかる人はいないのかもしれない」
追い込まれ過ぎて、
そんなことすら思ったこともあります。
でも、今ならわかるんです。
なぜ読まれなかったのかを。
当時の私は、自分のことを疑いもしなかったけれど、
その執筆姿勢には、
「わからせる」
「理解させる」
という傲慢さが滲んでいたんだと思います。
今ならそう振り返れるのですが、
当時はなにせ「使命感」に燃えていたのです。
自分が悩んでいる人を救うんだ、と。
「正義ほど危険なものはない」と言いますが、
正にその通りで、
純粋な使命感が、自分の態度を正当化していたんですよね。
厄介ですよね。
そこには確かに、
悪意なんて一滴もありませんでした。
ただ、
「誠実に伝えよう」
それだけを必死にやろうとしていました。
けれど、人間って他人が思うほど弱くもないし、馬鹿でもない。
知りたいと思えば自分で調べるし、
助かりたいと思えばちゃんと声も出せる。
私は勝手に、
自分以外の人間をひどく弱い存在だと想定していたのだと思います。
そういう自分に気付いたのは、
web小説のコメント欄を読んでいる時でした。
私、web小説を書いている時は
「正しく理解してもらおう」とか
「正確に伝えよう」とか
そんなことは一切考えていなかったんです。
ただ、
私の作品を読むひと時が、
読者さんにとって「癒し」になればいい。
それだけでした。
読者さんが感じとったことがすべてで、
解釈は自由でかまわない。
そういうスタンスだったんですよね。
なぜ私は、
web小説とnoteで書くスタンスを変えていたのだろう……。
この違いに気付いてから、
noteの書き方がガラリと変わりました。
まず、
「正しく理解してもらおう」
という気持ちが、自分の中からなくなりました。
それがなくなってから、
noteに向かう心も、とてもラクになりました。
緊張感がなくなったのです。
それまでの私は、
例えるなら「取扱説明書」のような、
絶対に間違ってはいけない文章を書こうとしていたのだと思います。
責任感の強い人ほど、
誠実な人ほど、
やさしい人ほど、
自分に厳しい人ほど、
noteに限らず、
いろんな場面で、こういう傾向があるのではないかと感じます。
正しく伝えようとすればするほど、
読んだ人の解釈がズレないようにしようとすればするほど、
それは「体験の共有」ではなく、
「情報の伝達」になっていきます。
残念ながら「情報の伝達」はAI時代において、
あまり価値はありません。
なぜなら最も手に入りやすいものの一つになるからです。
これからも加速度的にその重要性は低下していくでしょう。
やさしい人や誠実な人、
責任感が強い人ほど、
情報量
執筆にかけた時間
分かりやすさ
正確性
そういったものを発信の土台として、
最重視しがちです。
すごくジレンマですが、
そうなればなるほど、人は遠ざかります。
やさしい人や責任感が強い人ほど、
「読者のためになることを書かなきゃ」
「誰かの役に立つことを書かなきゃ」
と、見えないプレッシャーを背負い込んで苦しくなってしまいがちです。
でも、
もうその肩の荷は下ろして大丈夫です。
「正しく理解してもらわなきゃ」
という重い荷物を手放したからこそ、
私は今、
かつての息苦しさが嘘のように、
楽しくnoteを続けることができています。
もし今、
自分の発信に不安や徒労感を抱えている人がいたら。
自分が無意識のうちに、
「正しく理解してもらわなきゃ」
と無理をしていないか、
少しだけ立ち止まって考えてみてください。
私たちが綴る文章による発信は、
もっと曖昧で大丈夫。
正確な情報の提示や、
揺るぎない正しさは、
そういうのが得意なAIに、
全部任せてしまいましょう。
私たちはもっと不完全なまま、
ただ画面の向こうにいる誰かと、
穏やかな時間を共有するために書いていけばいいのだと思います。
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また明日の投稿でお会いしましょう。
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