『熱帯夜と溶けた影』#熱帯夜#シロクマ文芸部

熱帯夜だった。
あまりの暑さに目を覚ますと、世界が柔らかくなっていた。
壁の掛け時計は、サルバドール・ダリの絵に出てくる時計のようにぐにゃりと折れ曲がり、棚のフチからだらしなく垂れ下がっている。
四角いはずの木製デスクの角は泥のように丸まり、部屋全体がキャンバスに水滴を落としたみたいに歪んでいた。
「うわ、エアコン壊れたか……?」
ベッドから起き上がろうとしたその時、足元に妙な違和感を覚えた。
床に落とした視線が、そのまま凍りつく。
僕の「影」が、じわじわと液体になって溶け落ちていたのだ。
まるで床にこぼした黒インクのように、影の頭の部分がタンスの方へとたらたらと流れていく。
「待て待て待て! 影が流れるって何だ!?」
慌てて手近にあったフライ返しとスプーンをひっつかみ、床に広がった自分の影を必死ですくい上げにかかる。
昨日、お好み焼きを焼いたままホットプレートを出しっぱなしにしてしまったな。
頭をよぎるのはいつだって余計なことだ。
冷え固まる前に足元に戻さないと、影なし人間になってしまう。
暗闇の中、汗だくになりながら必死で黒い液体をスプーンですくい、かかとへペタペタと貼り直していく。
横を見ると、隣に置いてあった四角いタンスの影も溶け出しており、僕の影と完全に混ざり合っていた。
「あ……やば」
僕は恐る恐る立ち上がる。
足元から伸びる自分の影を見る。
僕の背中からは、くっきりと「タンスの取っ手」の形をした影が、ぽこんと2つ飛び出していた。
【長編も覗いてみてください】
