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自己紹介

あむあむと申します!

東京都、48才

物販サービスのプラットフォームビジネスをしている会社で、
クライアント交渉、新規拠点の立ち上げ、物販イベントの運営をしてます。
高校生女子と思春期男子のママです。

四行で終わっちゃいました。

いっぱい失敗し、泣いて、見えてきました。
度重なる困難や苦労を乗り越えるには必要なマインドがある。

強く、やわらかく、輝いていきたい
老後は「ひだりうちわ」で楽しく生きたい!(笑)
そんな私の暗くて明るい自己紹介。

サスペンスドラマやサザエさんでもみる感じで気楽に読んでください。

はじまり、はじまりです。


「厄介もの」


つらいことってなぜ起こるんでしょう?
私が生まれたことで両親は離婚しました。

母は、大手企業を寿退社
父は、田舎ではそこそこ有名なエリートで、ピアノの先生で神童と言われ、
遅刻しても許せちゃう憎めない人。
夢を語っては飲み歩き、地元の起業家と仲良くしていた。
頻繁に友達が出入りしフラフラしていているようなひとたらし

なんだかんだ言っても、
そんな父を好きだった母

ある日、そんな父は夢を追って消えました。
消えた後、母に残されたのは、
赤ちゃんを抱えての貧乏生活、
それでも母は帰らぬ父を6年待ってましたが、
結局、どうにもこうにも生活ができなくて離婚。 

おじいちゃん、おばあちゃん、叔父、叔母、
歳の近い従兄弟2人が住む実家へ引っ越します。


おばあちゃんは、日雇いの仕事や内職をしながら
おじいちゃんの面倒をみてました、おじいちゃんは目が見えず、
食事やトイレお風呂など介助が必要だったんです。

大黒柱の叔父さんの事業は不安定でした、
そこに母が帰ってきた。私たちは間違いなく「厄介もの」でした。

当時6才の私は、機嫌の悪くなる叔父の怒鳴り声が怖かった。
向こうの部屋では楽しそうな家族の団欒が聞こえるの

私の部屋は別世界。


部屋を暗くして、怯えながら息を殺し。
毎日、ご飯が食べれれば◎

給食だけがまともな栄養。
学校では優等生を演じ居場所を作る日々


ある日のことです。
熱をだして寝ていると

「ズル休みするな!」

拳を振り上げて叔父が怒鳴ってきました。
怖くて、部屋をぐるぐる逃げ回るけど
腕を掴まれ着替えさせられ
外に出されました。

泣きながら行くところもなく、ふらふら学校に行きました。 

ズル休みじゃない

そこからずっと熱が続きます。
無理に仕事を休んだんでしょう、
母が病院へ連れて行ってくれました。


「こんなになるまでほっといて!なんで早く連れてこないの!!」
と医師の声、即入院でした。

入院した先でコソコソ大人たちが話しているのが聞こえてきます。
どうやら私はこじらせて危ない状態だったようです。
そのまま1か月の入院生活

入院…迷惑かかる。
お金がかかる。

「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」 
そう心の中で繰り返す子供時代
悪いのはいつも自分、


これが日常。
母は、あんたがいなきゃ
父と別れなかったと言うし
叔父には罵られる
生まれちゃいけない子だった。
ダメな子なんだな。

そう思って生きていました。

1話:同い年のいとこの格差

ゲーム、塾、旅行、自転車、洋服、食事、目の前で当たり前にしてる従兄弟を見てると本当に苦しいものです。

同い年、同じ場所にいるのになんでこんなに違うのか?
当時の私には理由なんて分かりません。

同じ場所から一緒に学校にいくのに
私はコートも着れなきや、靴もボロボロ
叔父の機嫌でご飯も食べれなかったり。
ディズニーランドにいった、スキーに行った、ゲームはすぐ新しいもの。
楽しい話だけ聞かされる。辛かった。

私の夏休み、冬休みといえば、日雇い労働にいくおばあちゃんに変わって、おじいちゃんの介護。
学校では居場所を作るため優等生になって自分をまもる。

1つの家の中の格差に歪みそうでしたw。

中学3年の春になると
色々なことが見えてきます。
このまま家にはいられません。

結局、母の縁故で、住み込みで働くことになりました。
クラスでたった一人の就職。
進学が当たり前の時代ですから、
何度も担任の先生が進路のことを心配して家庭訪問に来ます。
母も叔父も、進学を断固、断りました。

よく考えたら口減しだったと思います。
しょうがないことだったし
ただ、その時、私は、家族を背負った。
自分の夢は、人生の輝きは諦めて
もうこれ以上落ちないためだけに使うことが決定された。

こうして上京することが決まったのです。

上京する日、白い軽自動車に布団と荷物を載せ、
車で東京まで向かう私に、
祖母は「なんで、こんなことさせなきゃいけないのかねー」
と泣いてました。でもどうすることもできない。

出口の見えない日々に振り回されながら、
少しずつ土台を固めていきます。

大丈夫?
お読みになってる方
辛くなってないですか?ここから3話スタートですよ
大丈夫だよ、怖くない(笑)

「生まれた瞬間から波乱万丈。私の人生、
あなたは、自分のはじまりにどんな記憶がありますか?」
私は、上位ランクの高校に入れると言われながらも、受験も許されず、就職。

帰りたくても帰れない。
上京後は、
給料の半分を仕送りする生活。
住み込み6畳一間の4人部屋で働く、給与手取り13万、仕送り額8万、
合同部屋でプライベートはありません。

5時起床
社長の家を掃除をして
家族の食事を作り、同い年のお嬢様を見送り
お嬢様の下着を洗い、部屋を掃除してから
自分の支度をして事務をする。

何も感じない
感じない
手を動かすだけ
心はいらない

そんな呪文を唱えながら凌ぐ
そんな生活を数年我慢していた頃

いとこから
「美大に入学した!」
と知らせが届いたのです

えっ!?『なんで?』

挑戦すら許されなかった私と、小さい頃から優遇された いとこ
どんなに泣いても、泣いても、泣いても
そこには不平等しかありません。

それでも仕送りをしなきゃいけない
辞めれない。

今でも思い返すと悔しくて辛い。

ただ、どうしてもそこから始めるしかなかった。
全体バランスをみたら最適な選択だったと思います。

今だからわかるのは、感謝もあって。
お世話になった就職先の社長は、住むところを用意して給料を払い、
親のように厳しく躾けてくれました。
こういう形で、助けてくれたんですよね。

この恩恵で、私は間違った道に行かずにいれたし
生きてもこれた。

このことに感謝しかありません

とはいえ、選べない人生は残酷すぎました。
それでも、ここを踏ん張るしかなかったのです。

2話:「3.11が教えてくれた生きる意味」

それから大人になり、なんとか生活ができるようになったころ。
人生を揺るがすことが起こります。

2011年3月11日の東日本大震災、
テレビをつけると陸前高田が波にのまれていく
「何これ!」
「え!!」
「なになに!!」
どんどん街がのまれていく、消えていく。
信じられない光景が一気に悪夢のように繰り広げられていきました。
あの日のことは忘れられません。

妹家族は、震災の1年前まで陸前高田に住んでいました。
たまたま引っ越しした後の被災。
かつて住んでいたアパーも幼稚園も何もかもがなくなって瓦礫がけが高く積まれている。想像を超えた世界を受け止められなかったと言います。

その後少し落ち着いてから、現地に入りました。何もできないかもしれないでも、深く付き合ってきた人たちになにかできるのではないか?
現地とは連絡をとりあってました。

陸前高田は、想像を超える有様で、
別世界、街が丸ごと消えたんです。

5人の子供とご主人を亡くしてしまったママ友や、おばあちゃんが流されてしまった友人。家が半壊で泣く泣く引っ越すひと、甥っ子と同じ歳の同級生がたくさん流されてしまった。
瓦礫の街いっぱいに響く泣き声、そこにいる時は夢中で色々お手伝いさせてもらいながら過ごしました。
妹は帰ってから精神不安定になってしまいます。

「生き残ってしまった」

引っ越した罪悪感。生きていることを責めてしまう。
被災した場所を捨て、自分だけ逃げた
そんなふうに感じてしまう葛藤。
自分だけが幸せでいいのか?
生きていることがつらい。
生きていたらいけないのではないか?

リビングに一緒にいるのに、心ここにあらずみたいな妹は、目を離したらそっちの世界に行ってしまうのではないか?という危険な状態でした。

妹を励まそうとすると
「わかったような事いわないで!」
「かわいそうなんかじゃない」
助かったのに地獄を歩いてるみたい。
そう話す姿に、いきのこる苦しみというのを初めて感じました。
どう寄り添うのか?理屈ではどうにもならない。

数ヶ月後、うつむいてばかりいる妹に
「仲間たちに会いに行こうと」
再度、被災地にいきました。

その場には、久しぶりに会う仲間が待っていてくれました。
一緒におにぎりを食べ「美味しい」って笑う、そんなささやかなことでみんなの顔が明るくなる。
妹も、自分を責めていたが、逆にみんなから励まされ
泣きながら笑ってました。

現地の友人たちは、力強く前を向いていました。場所全体に、ここからやるしか無いという空気があって、私たちの方が勇気づけられたのです。

苦しいですよ、でも、暗さだけじゃない。
支え合ってる。みんなが何もなかった。
そうなった時の人間の強さを感じました。

それから数年、だんだんお互いの生活が変化していき、住む場所、仕事など日常をとり戻して、がれきで埋め尽くされていた街も、新しい商店街や家が並び整っていくのと同じように、長く時間はかかりましたが、妹の心も落ち着いていきました。

あの時、生きる選択をしてくれてありがとう。

3話:「一方通行の愛情と決別~母との関係~」

私は、この30年、母親に金銭援助をし
結婚後は一緒に住んでます。 
苦労した母には幸せでいて欲しい。 
助けることが自分の使命だとすら思ってました。

でもね、父が亡くなった時
父が好きだった。一緒に暮らしたかった。
「あなたがいなきゃ別れなかった」
と泣かれてしまったんです。

底なしの絶望感「やっぱり私って・・・」
幼少期の出来事がフラッシュバックして
目の前が真っ暗になりました。

母は埋まらない心や、焦燥感に駆られて、
詐欺に遭ってしまいます。
これがタチ悪く、何度も自分から振り込む。何を言っても止めれない。
騙されてると思ない。

近いのに通じない。
父も、母もこんな感じってつらい。


結局、懸賞詐欺、投資詐欺、ロマンス詐欺あらゆる物を信じては騙され
教育費も、老後資金も全部、そこに流れてしまいました。

親孝行したいだけだ。母が幸せになって欲しいだけ。そもそも、人の心はコントロールできない。

私は泣く泣く別に暮らすことにしました。
実力なきゃ守りたいものも守れない。
悔しいけど、限界でした。

最終章:「43歳からの大逆転~チャンスを掴む力~」

いかがだったでしょうか?
話が暗い?まだ輝けてない?
ごめんなさい。

生活弱者から始まり
なかなか浮上できない、
生まれ持った環境から抜けれないもんです。

人生ってこんなものか?
でも悔しい・・・・・
そんな葛藤が40年

43歳の誕生日
老後と死(寿命)を本気で考えるようになりました。

このままで終わりたくない!
なりたい私になりたい!
目標を持つ事に決めます。

なんせお金が欲しい。
自己投資したい。

結構単純なところから入って
社会の仕組みを勉強します。
勉強してみると、本当に無知でした。

いつまで経っても、昇給、昇格しない現実、中卒がネックになる。
これをどうやって越えようか?


行動を変えフルタイムパートへ、家事は仕組み化し最低限にしました。
勉強し、習慣を身につけると動きが楽になります。

とにかく勉強!勉強!勉強!です。
インターネット、図書館、本当に有り難かったです。本を買う前に確認できる。
知恵の集合体ですね。

そんなある日、
会社で、関東の大型イベント会場関連の新規事業が立ち上がり、補佐として配属となリました。

数ヶ月後、上司は現場を動かせずに
あっけなく退職。
運営全般を任されるという
ビッグチャンスを掴みます!


そこからは全てがイージーモードでした。
みんなが苦しいと感じる部分は大したこと無かった。

立ち上げは、トライ&エラー、そしてトラブル。
それも面白かった、
仕組みを作ることが楽しかったんです。

今、新規事業は5年目突入!!!業績は右肩上がり

その実績を認められ、昇給し、年収は3倍に役職が付きました。

チャンスって突然、気づかないくらいさりげない。
だから、努力してないと掴めない。

タイミングとチャンスに恵まれて
あっという間に3部署を兼任し統括、部下も増え、スタッフ300名
チームは10名以上の大所帯になっています。

あっ、忘れちゃいけない、ここ数年の変化に
一番大事なことがありました。

心のフタを外して自分と向き合ってみると、抱えていた葛藤から解放されたんです。

失敗すると、
叔父に怒られた小さい頃を思い出す。
みんな私を好きじゃ無いって怖くなる。真っ白になる。

でも、もう大丈夫!
そうやって自分に優しくできるように変わってきたんです。

挑戦へ舵を切れるようになりました。
そして、給与が上がり何をしたか?

Twitterへの挑戦。
信用できそうな人やコミュニティで教わりたくて『いれぶん塾に』入りました。

2022年11月、Twitterに開始
そこで待っていたのは、自分と向き合うことと、言語化するともっと生きやすくなる事実。

いれぶんさん始め、色々な方から
自分を大切にすること
向き合うこと、軸を持つことの大切さを教えてもらい

人生が豊かになりました。

1ツイート作るのに2時間も悩んでいた私も、
今は15分で完成できるようになりました。

成長してる(笑)

まだまだ勉強中ですが、
毎日、交流しあう仲間もできて支えられてます。

心のフタが外れて、対面でも強い気持ちでお話しできるようになりました。

48才になり
生活苦、社会の底辺からでも、チャンスはある。
苦労や苦難に折れない方法がある。

輝くことを諦めない
自分の中に答えはいつもある

そんな風に思ってます。

そして新たな挑戦をしつづけます!

壁っていつもある。
それは、挑戦しようとしてるから、
超えたらまた新しい景色に出会える。

私のまま、可能性を広げる。

お読みいただきありがとうございます。
もしも、このさらけ出した自己紹介が元気につながったら嬉しいです。
一緒に頑張りたい方応援してます!

フォローよろしくおねがいします♡
@amuamu_peanuts


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これからもよろしくお願いいたします。


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