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友人との時間を大切にできる人でありたい

あなたには、仕事や何かの問い合わせ以外に、eメールでやりとりする相手がいるだろうか。
わたしは、ある友人とだけは、この令和の時代にeメールでやりとりをしている。彼女はフランスに住んでおり、向こうではメッセージアプリとしてLINEは主流ではないらしい。また「スマホで文章を打つのが苦手だからメールがいい」という彼女の希望もあって、ずっとeメールを使っている。

頻度は数ヵ月から半年に1回ぐらいで、2~3往復して自然消滅する。1回あたりの返信にかかる時間も長い。まるでエアメールのように何日もかかる。わたしたちのメールは毎度、長文だからだ。
正確にカウントしているわけではないが、互いに平均1,500文字ぐらいは書いていると思う。1,500文字といえば400字詰めの原稿用紙で4枚弱。Wordの標準設定だと1ページをはみ出る。

直近は3月の頭に彼女からメールをもらった。すぐに「確定申告が終わったら返事書くわ」とだけ知らせて、しっかり返事を書いたのはおそらく3月20日頃。さらにその返事が今朝届いていた。
距離はうんと離れているうえテキストだけのやりとりなのに、さすが多感な中学時代からの仲だ。水晶玉でわたしの頭のなかをのぞいているかのようにズバッ!ズバッ!と痛快なコメントを寄せてくれる。1行1行「そうそう、ほんとそうなのよ!さすが分かってる!」と感心し、理解してもらえている心強さを指数関数的にふくらませながら読み進めていく。

ふだんはそこでいったんウィンドウを閉じ、あとでじっくり返事を打とうと時間をとる。なにせ1,500文字の、メールにしては長文だ。勢いで書いても1時間はかかるし、あれこれ考えながら打っては消してを繰り返せば2時間かかる。

だけど今日は違った。「えいみは本当はこうなんじゃない?」の鋭い問いに対して、今すぐ答えずにはいられなかった。友人が書いたとおり「本当はこう」なのだ。そして、その背景を聞いてほしかった。「返信」ボタンを押してメールの編集画面を開く。勢いに任せて1,500文字を一気に書き上げ、誤字脱字のチェックもほどほどに送信ボタンを押した。
書き始めてからちょうど1時間が経っていた。

「文章を書いた」というよりも1時間友人に話を聞いてもらった感覚に近く、爽快感を味わった。しかしそれも束の間で、すぐに後悔した。だってその時間で、わたしは仕事をひとつを終わらせようと思っていたから。でももう時間切れだ。このあとはスーパーに行って夕飯の支度を始めなければ、夫が帰宅してしまう。
うわー、やっちゃったな。メールはあとにすればよかった。

と、後悔した自分をまた後悔した。
客観的にみて優先順位を間違えたことはたしかだ。
だけど、この1時間は悔やむほどムダな時間だったんだろうか。
だいじな友人に話を聴いてもらった時間を後悔した自分を恥じた。
そういう捉え方をする人間ではありたくないと反省した。

わたしにとって彼女はとても大切な人だ。学生時代からの友人なんて片手でも余るぐらいしかいないなかで、もっとも長い歴史を誇る。
お互いに難しい時期、疎遠になった時期もあったけど、それらも乗り越えてこられたうえにある今の関係をだいじにしたいと思っている。
わたしが彼女の助けになっているかどうかは分からないが、少なくとも彼女がいなかったら今の自分はないし、今わたしはここにいないだろう。

きたる4月16日は彼女の誕生日。
彼女から返事を受け取っていてもいなくても、日頃の感謝の言葉を添えてメールを送ろう。



今日も読んでくれてありがとうございます。
最近あなたが友人と過ごしたのはいつですか?

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