ポケモンとぼく。「26ばんどうろ」の思い出。
はじめに
2026年2月27日、ポケモンが30周年を迎えた。
30年間続いているだけで素晴らしいのだが、ポケモンはこの期間をずっと「子どもたちの"いちばん"」で居続けている。エグすぎるやろ。
もちろん、遠い昔のあなかま少年にとっても、ポケモンは"いちばん"だった。その中でも特に印象的な、「26ばんどうろ」にまつわる思い出を書きたいと思う。
没頭する日々
ぼくが初めてポケットモンスターというゲームに触れたのは6歳の頃だった。両親から買い与えられたのはゲームボーイカラーのスケルトンクリア。中の基盤とかがちょっと見えてるやつだな。そしてポケットモンスター金/銀だった。
今にして思うと、金か銀どちらか片方でいいのだが、両親はどちらも買い与えてくれた。将来的に4つ下の弟も一緒に遊べるように、ということだったのかもしれないし、両方のソフトがないと遊べないと思ったのかもしれない。この両親の見立ては誤っていて、弟はデジモン派に育ったし、ぼくは金バージョンでしか遊ばなかった。
6歳、幼稚園年長のぼくはひたすらにポケモンに没頭した。母はぼくに1日1時間しかゲームすることを許さなかったので、ゲームをしていない時間は手元にあった説明書を読み耽った。あとから攻略本を買い与えられた時には、ゲームをもう一本買ってもらえたくらいの喜びがあったことを覚えている。
初めてのポケモンは苦難の連続だった。
最初のポケモンはくさタイプのチコリータを選び、キキョウシティのジムリーダー ハヤトに手も足も出なかった。もちろんアカネのミルタンクには何度も泣かされることになったし、エンジュシティのマツバ戦では、一本槍だったベイリーフの「のしかかる」が一切効かないことに絶望した。
それらを一つずつ、悩み、克服し、薙ぎ倒していった。
今にして思うと人生における大体のことはポケモンをはじめとするRPGに集約されている気さえしてくる。困難は、耐え、力を蓄え、踏破するのだ、という静かな教えは、この頃に身につけたのかもしれない。そんなことはないか。
引越し
一度現実世界の話に戻ってくる。
ぼくが幼稚園を卒園し小学校に上がるタイミングで、我が家は分譲マンションへ引越しをすことになった。どういう意思決定で引越しをすることになったのかはわからないが、ぼくの小学校入学と、父の昇進がトリガーだった気がする。
引越し規模は小さく、横浜市の隣の区に移り住むだけだった。引越しに際しての打ち合わせも現地で行うことが多かったようで、車移動が増えた。
連れられて移動するぼくはもちろん、車の中でポケモンをやっていた。
ロケット団を討ち取り、赤いギャラドスを手に入れたこの頃のぼくは「計画性の鬼」になっていたように思う。
一緒に冒険しているポケモンたちはレベルアップするが、それを追い越すように登場する敵も手強くなっていく。少し油断するとすぐにパーティを壊滅させられてしまう。早く物語を前に進めたい。しかし、母との「1日1時間」の約束はまだ生きているため、無尽蔵にゲームに時間を費やすことは出来ない。
ゲームをしていない間に、トレーナーやジムリーダーを倒す方法、そしてお目当てのポケモンを捕まえる方法を考える必要があった。
すごいきずぐすりをたくさん仕込んでおきたい。そうなると金が必要だ。ふむふむ、攻略本によるとこうやって金策をするのがいいのか。
水タイプのポケモンを手に入れたい。ルアーボールなるものがあるのか。ガンテツさんに作ってもらう必要があるんだな。あおぼんぐりを集めないと…。
などなど、余念なく準備を進め、60分のゲームの時間で行動に移す。そして振り返り、翌る日の60分のために準備を進める。
幼さゆえの純粋と、ポケモンという楽しすぎる遊び、そして母が課した「ゲームは1日60分」という枷により、ぼくはPDCAをストイックに回す化け物に変貌した。まさしく「小さな怪物」。ポケットモンスターとは、ぼくだった。
きみは いま!
引越しの当日、ぼくは段ボールと共に車に揺られ新居に到着した。
元の家から車で20分、新築のマンションである。いままで内見などで何度も訪れているから今更目新しさはないが、「ここで暮らすんだ」ということに思い至り、変にソワソワしたことを覚えている。
大人は荷物の搬入など大忙しである。手持ち無沙汰なこともあり、ソワソワした気持ちを紛らわせるべく、ぼくはゲームボーイの電源を入れた。
その時はポケモンも佳境だった。最後のジムリーダーであるフスベシティのイブキと揉めていた。ジム戦で勝ったのにもかかわらず、バッジはあげられないという。なんという強情、と幼いながらに憤ったのを覚えている。
最後のバッジだ。そうも思っていた。
この後待っているポケモンリーグについてはよくわかっていなかったぼくは、「これで終わってしまうんだ」と感傷にも浸っていた。なんとも感情の忙しいガキである。
イブキからのお遣いを済ませ、ひでんマシンを入手する。言われるがまま、ワカバタウンからなみのりで26ばんどうろに向かう。
26ばんどうろに降り立つ。BGMが変わる。
NPCのおじさんが言う。
「おいっ!」
「きみは いま!」
「カントーちほう への だいいっぽを ふみだした!」
だいいっぽを ふみだした。
そう、この「ポケットモンスター金/銀」はスタート時の「ジョウト地方」に加えて、過去作「ポケットモンスター赤/緑/青/ピカチュウ」の舞台となった「カントー地方」も冒険できたのだ。
当初8つかと思われたジムは、実はその倍の16箇所用意されていた。つまり、佳境かと思われたぼくの冒険は、全体から見ればまだ50%程度だった。
ゲーム開始当初は隠されていた情報が、このとき、この音楽とNPCのセリフで明かされる。
この瞬間、6歳のぼくの「こころのキャパシティ」はパンッパンになった。
まず音楽がいい。ここまでの旅を肯定し労ってくれているようでいて、一方でこれからの冒険も予感させるようなこの音楽はなんだんだ!!?
そして、旅はこれで終わりじゃないのか?リーグが終わっても、まだ冒険は続くのか?PDCAの化け物をまだ続けてもいいのか?
こんなことを感じていたように思う。
一番感動したのはおじさんの言葉だった。
「だいいっぽを ふみだした!」が、今の自分そのものへのメッセージのようにも思えたのだ。新しい家に引っ越してきて、これから小学校にも通う。今までと全く違う環境に身を置かないといけない、ソワソワとした不安を、ゲームに登場する名も知らぬおじさんが喝破してくれた。
そうだ。これは「だいいっぽを ふみだした!」なんだ。
これらすべてに猛烈に感動し、興奮したのを覚えている。ただ、小さなぼくはこういう時どうやって感情を爆発させたらいいか知らなかった。泣いたらいいのか叫んだらいいのかわからなかった。
両親は引越しでそれどころではなかったので、どうにか自分の中で、この大きな感情の塊を飲み込んだ。
これもまた、大人になるということだったのだろうか。
おわり
26年が経ち、ぼくは32歳になった。あれから何本もゲームを遊んできたけれど、「26ばんどうろ」を超える感動にはまだ出会えていない。
「ゲーム時間の制限」だったり「自身の環境の変化」だったり「まだ幼かったこと」だったりが重なった結果、あの感動につながっていたのだとすると、ぼくはもうあれ以上の感動をゲームから得ることはないのだろうなぁとも思う。
でも、まったく寂しくはない。なぜなら当時飲み込んだ感情の塊は、消化されないまま残っているからだ。あの時の感動は今でもぼくとともにある。26ばんどうろの音楽を聞くと、その頃のことをありありと思いだせる。
将来生まれてくるであろう自分の子供にも、こんな感動に出会ってもらいたい。
今後もポケモンは2バージョン同時に発売されるだろうが、どちらのバージョンに感動のきっかけが詰まっているかわからない。
両方買い与えてあげたいと思う。
以上である。

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