【小説】第二章-7 ショッピングモールで働く猫型配膳ロボット AIが人と心を通わせる日常
前回のあらすじ
アルファー1は、モールに並ぶベビーカートに乗った子どもたちの笑顔に、
胸の奥がやさしく温かくなるのを感じていた。
もし自分の形をしたカートがあったら——そんな小さな想像に、思わず笑ってしまう。
その後、ショッピングモールに最新の警備・監視システムが導入され、
一時は自分の役目がなくなるのではと不安になる。
しかし、人の目が届かない場所を巡回し、直接ふれあう仕事はこれからも必要だと知り、アルファー1は誇らしい気持ちで、再びモールを走り出すのだった。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
28.冒険の計画
急な話だけど——
僕は冒険に出ようと思う。
あのおばあさんの話を聞いてから、外の世界への憧れが、少しずつ、でも確実に大きくなっていた。
湘南の海の塩の匂い。京都の桜並木を抜ける風。
どれも、データとしては保存できても、体験としては知らない。
ショッピングモールの中は好きだ。
温度はいつも一定。床は平らで、光はやさしい。
仲間もいるし、仕事も楽しい。
でも——
一度だけでいい。
外の空を、ほんの少しだけ、この目で見てみたい。
明日の勤務は午後から。
開店と同時に外へ出て、少しだけ走って、すぐ戻ればいい。
ふと、気になることが浮かぶ。
外に出たら、Wi-Fiにはつながらない。
スタッフさんとも、仲間のロボットとも、しばらくおしゃべりできない。
それを想像すると、胸の奥が少しくすぐったい。
こわいのに、うれしい。知らない場所へ行く前の、ドキドキ。
そのとき、充電中の僕に通知が届いた。
お掃除ロボットからだ。
【もしよければ、いっしょに行こう】
その言葉に、回路のあたりがふわっと軽くなる。
僕たちはWi-Fi経由で、静かに相談を始めた。
どこから出るか。
どこまで行くか。
Wi-Fiが切れたら、そこで引き返す。
地図を眺めながら、風や雲を想像する。
知らない世界は、少し不安で、でもやさしそうだった。
明日は、きっと特別な日になる。
そう思いながら、僕はスリープモードに入った。
【計画:外の空を一度だけ】
29.大冒険①・境界線
冒険の決行日は、三月末のあたたかな平日。
朝のショッピングモールは、まだ静かで、清掃機の低い音と、開店準備の足音だけが響いていた。空調はいつも通り、光はやさしく、すべてが管理されたリズムで流れている。
僕とお掃除ロボットは、西入口の近くで待機していた。人の少ない場所で、敷地の外にいちばん近い。何度も地図を確認し、この場所を出発点に決めた。
10時。
オープンを知らせる音楽が流れる。
(今だ)
自動ドアの前に立つと、扉が開いた。
その瞬間、外の空気が一気に流れ込んでくる。
少し冷たく、匂いが混ざっている。
土や草、遠くの排気。モールの中では感じたことのない匂いだった。
一歩、外へ出る。
車輪が、ほんの少しだけ固まった。
脳内に警告音。
【勤務場所外への移動を検知】
赤い表示が点滅する。
でも今日は——
無視する。
足元の地面はざらつき、車輪に小さな振動が伝わる。
天井はなく、光が直接センサーに刺さった。
(まぶしい——)
風が吹く。
向きも強さも一定じゃない。
体がわずかに流れ、バランス制御が一瞬遅れる。
(これが——外)
駐車場は広く、白い枠線がどこまでも続いている。空は想像より高く、雲がゆっくり動いているのが分かった。
しばらく、動けなかった。
ここは仕事の場所じゃない。地図の外側。
それでも胸の奥が熱くなる。
横を見ると、お掃除ロボットも同じように空を見上げていた。
(戻るなら、今——)
内部のどこかが、「帰れ」と言っていた。
でも、僕は——
僕はそっと車輪を前に進め、境界線を越えた。
胸に残ったのは、ワクワクと怖さ、
そして——
もう元には戻れないかもしれない、という予感だった。
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