アウトオンアリムを今こそ、読んだり、見たりしてください。
『アウト・オン・ア・リム』を、いまこそ見てほしい
――人生は、見えない世界からの贈り物かもしれない
久しぶりに『アウト・オン・ア・リム』をYouTubeで見ています。
いやあ、やっぱりいいですね。
ずいぶん昔の作品なのですが、少しも古く感じません。それどころか、今の時代だからこそ、多くの人に見てもらいたいと思いました。
『アウト・オン・ア・リム』は、アメリカの大女優シャーリー・マクレーンの実体験をもとにした作品です。
彼女はハリウッドの大スターでした。名声もある。お金もある。世界中の人から愛されている。
普通なら「人生の成功者」と呼ばれる人でしょう。
ところが、彼女の心の中には、どうしても消すことのできない問いがありました。
「私はいったい誰なのだろう?」
「人間は死んだらどうなるのだろう?」
「人生には、目に見えるもの以上の何かがあるのではないだろうか?」
ここから彼女の不思議な旅が始まります。
そして、輪廻転生、霊的世界、チャネリング、UFO、瞑想、魂の成長など、それまでの常識では説明できない世界へと足を踏み入れていくのです。
題名の「Out on a Limb」という英語が、とても面白い。
直訳すれば、「木の枝の先に出る」という意味です。
太い幹のそばにいれば安全です。
みんなが信じていることを信じ、みんなと同じことを言っていれば、あまり批判されません。
でも、枝の先へ行けば、ちょっと怖い。
「そんなことを信じているの?」
「変な人だね」
そう言われるかもしれません。
それでもシャーリーは、枝の先へ、先へと進んでいきました。
なぜなら、自分自身の体験を無視することができなかったからです。
僕は、ここがとても大切だと思っています。
精神世界のことは、「信じなさい」と言われて信じるものではありません。
輪廻転生だって、信じてもいいし、信じなくてもいい。
死後の世界も、神様も、守護霊も、宇宙人も、信じなくてもいいのです。
僕自身も、誰かに無理やり信じてもらおうとは思いません。
ただ、
「もしかしたら、あるかもしれない」
と思ってみる。
それだけで、人生を見る窓が少し大きくなります。
僕の人生も、考えてみれば『アウト・オン・ア・リム』のようなものでした。
僕は東京大学を卒業して大蔵省に入りました。
当時の僕は、精神世界とはほとんど縁のない、ごく普通の役人でした。
その後、海外へ行き、世界銀行で働くようになりました。
ところが人生というものは面白いですね。
いつの間にか、僕と妻の亜希子は、精神世界の本を翻訳するようになりました。
『前世療法』。
『聖なる予言』。
『アルケミスト』。
『ザ・シークレット』。
そして、たくさんの不思議な人たちとの出会い。
若いころの僕に、
「君は将来、輪廻転生について話したり、精神世界の本を翻訳したりするようになりますよ」
と言ったら、
「まさか!」
と笑ったでしょう。
でも、人生は本当にそうなりました。
だから僕は思うのです。
人生は、自分の頭で考えているよりも、はるかに大きな何かによって導かれているのではないか、と。
『アウト・オン・ア・リム』のシャーリー・マクレーンも同じです。
彼女は最初から何でも信じていたわけではありません。
疑います。
戸惑います。
「本当なの?」
と思います。
でも、不思議な出来事が次々に起こる。
そして、人と出会う。
一つの出会いが次の出会いを呼び、その出会いがまた次の扉を開いていく。
気がつくと、人生そのものが大きな学校になっている。
僕たちの人生も、きっと同じなのではないでしょうか。
偶然会った人。
偶然手にした本。
なぜかわからないけれど行きたくなった場所。
突然起こった出来事。
そのときには意味がわからなくても、何年かたって振り返ると、
「ああ、あれがあったから、ここへ来たんだ」
とわかることがあります。
僕は、そういうものを「導き」と呼んでもいいと思っています。
そして『アウト・オン・ア・リム』を見ていると、もう一つ大切なことを思い出します。
それは、
人生とは、自分が本当の自分を思い出してゆく旅なのではないか
ということです。
僕たちは、つい肩書きを自分だと思ってしまいます。
会社員。
主婦。
先生。
医者。
作家。
有名人。
お金持ち。
貧しい人。
日本人。
アメリカ人。
でも、それは今生で着ている服のようなものかもしれません。
その服のもっと奥に、魂としての自分がいる。
もし輪廻転生が本当にあるのなら、僕たちは何度も何度も違う服を着て、この地球へやってきたのでしょう。
ある人生では男だった。
ある人生では女だった。
ある人生では日本人だった。
ある人生では外国人だった。
金持ちだったこともあるでしょう。
貧しかったこともあるでしょう。
そう考えると、人を差別することが、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきませんか。
今、自分が嫌っている国に、前世では生まれていたかもしれない。
今、自分と対立している人が、別の人生では大切な家族だったかもしれない。
輪廻転生という考え方には、人間をやさしくする力があると僕は思っています。
そして、
「死んだらすべて終わり」
ではなく、
「魂の旅は続いていく」
と思うことができたら、死に対する恐怖も少しずつ変わっていくでしょう。
もちろん、『アウト・オン・ア・リム』を見たからといって、すべてを信じる必要はありません。
「これはちょっと信じられないな」
というところがあってもいい。
それでいいのです。
大切なのは、自分の心の扉を完全に閉めてしまわないことです。
僕は精神世界について長い間かかわってきましたが、年齢を重ねるほど、「わからない」ということの素晴らしさを感じるようになりました。
宇宙はわからないことだらけです。
人間だってわからない。
生命もわからない。
死もわからない。
神様もわからない。
でも、わからないから面白いのです。
「そんなことは絶対にない」と決めてしまった瞬間に、宇宙は小さくなります。
「もしかしたら……」
と言った瞬間、宇宙は大きく広がります。
『アウト・オン・ア・リム』は、その「もしかしたら」の扉を開いてくれる作品です。
そして何より、この作品にはユーモアがあります。
精神世界というと、難しい顔をして修行しなければならないと思っている人もいるでしょう。
でも僕は、そうは思いません。
笑っていい。
楽しんでいい。
おいしいものを食べてもいい。
踊ってもいい。
恋をしてもいい。
失敗してもいい。
人生そのものが、魂の学びなのですから。
シャーリー・マクレーンは、まさにそれを体現しているように思います。
華やかなハリウッドの世界にいながら、「私は誰なの?」と問い続けた。
そして、世間から何と言われようと、自分の体験を語った。
これは勇気のいることです。
彼女が枝の先まで歩いていってくれたから、その後に続く人たちは、少し歩きやすくなりました。
僕も、その一人だったのかもしれません。
そして今度は、僕たち一人ひとりが、自分の枝の先へ行く番です。
それは何も、霊能者になることではありません。
自分の心に正直に生きること。
人にやさしくすること。
許すこと。
感謝すること。
愛すること。
「本当にこれでいいのだろうか」と、ときどき自分に問いかけること。
それだけでも十分なのです。
いま世界を見ると、戦争があり、対立があり、国と国、人と人が憎み合っています。
こんな時代だからこそ、僕は『アウト・オン・ア・リム』のような作品を、たくさんの人に見てもらいたいと思います。
もし私たちが本当に魂であり、何度も生まれ変わっているのだとしたら。
国籍も、人種も、宗教も、性別も、今生だけの衣装なのだとしたら。
争っている相手も、本当は同じ大きな生命の一部なのだとしたら。
世界の見え方は、ずいぶん変わるのではないでしょうか。
僕たちは、別々の存在に見えます。
でも、本当はつながっている。
僕は長い人生を生きてきて、だんだんそれを確信するようになりました。
すべてはつながっている。
そして、その根底にあるものは、やはり愛なのだと思います。
『アウト・オン・ア・リム』は、そんなことを楽しく、時には大胆に、僕たちに問いかけてくれる作品です。
見終わったあと、
「人生って、僕が思っていたより、ずっと不思議なのかもしれない」
そう思えたら、それだけでも十分です。
枝の先へ行ってみませんか。
怖がらなくても大丈夫です。
その先には、いままで見えなかった景色が待っているかもしれません。
そして、もしかするとそこで出会うのは、
ずっと探し続けていた、
本当の自分
なのかもしれません。
人生は不思議です。
だから面白い。
そして、人生は素晴らしい。
『アウト・オン・ア・リム』。
まだご覧になっていない方には、ぜひ一度見ていただきたい作品です。
きっとあなたの心の中にも、小さな「もしかしたら……」が生まれるでしょう。
その小さな「もしかしたら」から、人生の新しい旅が始まるのです。
