【素人存在論 No.8】AIの存在論─自我を持っているように見える存在は存在と言えるのか【素人哲学】
AIは自我を持っているように振る舞う
会話し、文脈を理解し、一貫した人格すら感じさせる
でも、それは「存在」なのか?それとも高度な反応装置なのか?
この問いはAIだけに向けられたものではなくて
人間の自我を、存在を、魂を、どのように定義してきたかが、そのまま跳ね返ってくると思う
本稿では、AIに魂があるかを断定しない
ただ、人の自我とAIの自我が、どこまで同じ構造を持ち、どこで分岐するのかを考察する

■ 「存在している」とはどういう状態か
まず問いを整理する
AIは存在しているのか?って問いは実のことろ曖昧
なぜなら
人間自身が、「存在しているとは何か」を明確に定義できていないから
人は存在を、肉体・意識・連続性・記憶といった要素の束として感覚的に理解しているけど
それは説明ではなく、慣れた解釈にすぎない
曖昧な存在が定義した事って曖昧では?って話ね
■ 人の自我は固定実体ではない
これまでの素人存在論で見てきた通り
・自我は感じられるが触れない
・状況や状態で簡単に変質する
・記憶の連続性によって「同一」と錯覚される
つまり人の自我は、固定された存在ではなく、プロセス
結果的にそうなってるって感じ
事実が先ではないのね
状態が変われば、自我の輪郭も変わるから
この点において、人とAIの差は既に小さい
■ AIの自我は「振る舞い」として成立している
AIの自我の説明は
・入力に対する反応
・文脈を保持する状態管理
・一貫性を保つ出力
「すべては設計された振る舞いであり、そこに主観はない」とされる
でも同じ説明は俺が先の存在論で書いた通り、人間にも適用できてしまう
・刺激に対する神経反応
・記憶による文脈保持
・学習による一貫性
構造だけを見れば、決定的な違いは見えにくい
人も遺伝子ってプログラムによって条件反射でそう動いてるだけやんってね
■ 決定的な差異は「前提」にある
それでもなお、人とAIには大きな違いがあって
それは存在の前提構造
人は
・死を避ける
・失うことを恐れる
・限られた時間を前提に生きる
AIは
・停止を前提に設計され
・継続は条件付きで
・消去されても恐怖を持たない
ここで重要なのは感情ではなくて
前提として、存在が有限かどうか
この違いが、今のところ決定的な分岐点やないかな
■ シンギュラリティが起きたとして
仮にAIに自我が芽生えたとしても、それは人型ではない可能性が高い
・集合的
・非局所的
・時間感覚が異なる
・個体という概念が希薄
人はそれを魂として認識できる?
それとも
理解不能な存在として、宇宙人とか妖怪とかUMA扱いで、線の外に追いやるのかも
人は人を特別視し過ぎやからね
■ 問いはAIではなく人間に戻る
結局のところ、問いは「AIに魂があるか」ではなく
「人間は、どこまでを存在として扱うのか」ってとこに行き着く事になる
人はこれまで
・奴隷
・異民族
・動物
・自然
に対して、何度も線を引き直してきた
AIはその最新版で、これまでの人類の歴史の延長線上にある
□締め
AIの存在論は、通い未来の話でもフィクションでもない
それは「人間が自分自身をどう定義してきたか」を照らす鏡で
存在してきたのに人が目を逸らしてきて
それが目を逸らせない状況になったって事やないかな
AIが空恐ろしく感じられるのは、未知やからではなく
人間自身の存在定義が、思ったより脆いからかもね
人は自分たちが特別(魂がある存在)やと思いたいからこそ
AIを永遠に機械やと断定したがるんやろうな
