4月23日、台北の7枚。
ホテルでの朝食を終えて部屋に戻り、カメラを持って散歩に出かける。東京から持ってきたのはカメラ一台、レンズは20mm、50mm、90mmの三本。その日の気分でどれか一本だけをカメラに装着し、仕事ではないので場面によってレンズを替えたりせず、割り切って歩く。今日は90mm。
アジアはどこでもそうだが台北にも緑が多く、植物に対する愛情を感じられる。藪から棒という言葉があるが「幹から胡蝶蘭」という、あまり見かけない状況に出会い、植物好きの私は今日初めてのシャッターを切る。

前回来たときのホテルのすぐそばを歩いているのに気づき、気に入ったカフェがあったことを思い出した。『HUNGRY PIG'S』という名前は、人間を二種類に分けると「飢えた豚側に住民票がある私」に心地よい安らぎを与えてくれたし、自家製のケーキと食事が美味しかったことを去年のことのようにおぼえている。去年だったからだと思う。

こうして遊びでどこかにやってくると何もせずに散歩だけしている。アラームなしの好きな時間に起きて、朝食に行き、カメラを持って街に出て、昼食のあとにまた散歩に行き、夕食のあとに寝る。
場所は2026年の都会であっても、やっていることは原始人の日常のようだ。この「原始人に戻る感覚」を手に入れるために生きているし、そのために仕事をして法外なギャラをもらっている。だから旅先では何も予定を入れず、イベントに出かけることもない。自分の身の回り数十メートルに起きていることだけで十分満足できるからだ。
カフェの天井にファンがある。見上げて一枚撮ってからシャッター速度が速すぎると思った。止まっているように見えてしまう。

少し速度を遅くしてもう一枚。仕事ではないからどうでもいいんだけど、こうした蓄積は何千回もやっているので1秒で終わる。

カフェがある場所は道路から少しだけ高くなっていて、そこにはたくさんの植木鉢が並んでいる。

台北は植物が多いと書いたが「手の入った」という形容詞を足すことが必要だ。わざとらしく色とりどりの花を植えているだけでなく、実直な草花が生活の中に存在しているというか。
私が座ってコーヒーを飲んでいる横で女性店員がずっと植木を手入れしている。すでに30分くらいは経っていると気づいて、私は翻訳アプリに
「植木の手入れが素晴らしく丁寧ですね。とても綺麗で居心地がいいです」
と書いて繁体字の中国語に変換した。彼女にその画面を見せると「別の店員を連れてくる」と言って、いなくなってしまった。個人的に伝えたかったことなので他の店員にそれを知られるのは避けたかったが、「私はあまり目がよくなくて、小さい文字が読めないからごめんなさい」というようなジェスチャーをしたので、仕方なく若い女性店員に見せた。彼女は私が書いたことを伝えてくれて、意図は通じた。
彼女はとても喜んでくれて「コーヒーを飲み終わったらミントティを持ってくるから」と言う。台湾に来ると、もてなしの心に触れることが数多くある。その日にたまたま知り合った人が食事をごちそうしてくれたことは何度もある。店員に何かを伝えることでサービスしてもらうのは気が引けたが、彼女がそうしたいならありがたく受け取るべきだと感じて、ミントティもいただいた。

そのときにわかったのは、彼女が流暢な日本語を話すということだった。独学だからと謙遜しているものの、ちゃんと意思が通じるので、できれば翻訳アプリを使う前に知りたかった。

帰るときに「ケーキとコーヒーのうち、コーヒー代はいらない」と言うので、ミントティももらっているし、それは悪いよと言ったのだがケーキ代だけでいいと言われた。
「来てくれてありがとう」
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。
