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わずか9日間の夏休み。ハイライトで振り返る:part2

前回までのあらすじ

二度と訪れない、かけがえのないお盆休みの9日間。その記録をハイライトで振り返ることにした。

1日目は、10歳以上離れていてほとんど交流のなかった年下のいとことスプラトゥーンで共闘する。かつて自分の電車の模型でいたずらしていた幼い子は、今や頼もしい存在になっていた。

2日目は、友人らと焼津へ。名物の鰹を食べたが本当の目当ては地名の由来だった。ヤマトタケルの火計の故事が残るはずのその土地に歴史を思わせるものは何もなかった。

3日目は、めったにない平日の休み。昼食にお好み焼き屋で馬鹿でかいデラックスを平らげ、お腹は正岡子規の頭のごとくまん丸になる。「帰ったら俳句や短歌をつくるぞ」と意気込むも、満腹と食後の眠気に屈して昼寝した。

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4日目:やせいのいぶき

4日目以降は父の実家を訪れ、そのまま5~6日目まで滞在した。父の実家は大地震が起こればすぐさま津波に襲われ、そのまま助けも来ないし、復興もされないようなポツンとした漁村である。端的に言えばド田舎だ。そんなド田舎にも関わらず、いや、ド田舎だからこそ賑やかな日々を過ごした。

まず、野生の生き物たちからの歓待がすさまじい。実家へ向かう道中ではタヌキが道から道へわんさか現れてお迎えしてくれたのでその都度、車のブレーキを踏んでいた。野良猫は当然のごとく実家の庭を通り道としているので、目と目が会えば「ニャー」なり「フシュ~」なり挨拶してきた。

また、私は眼鏡を外せば1m先のテレビの文字さえ読めないほどの近眼であるが、その私が裸眼ではっきりと縞模様がわかるほどの大きな蚊が少なくとも3匹室内にいた。その蚊たちに私は足の甲を5か所刺され、足の裏まで刺されてしまった。痒さでボリボリ足をかきむしる私の耳元で「ぷーん」という羽音が響く。

漫画を読みながら畳へ寝転ぼうとすると、小指ほどの大きさで薄茶色をしているクモを見かけた。すでに私の体は横に傾いていたので、そのまま自由落下により潰してしまうとギョッとしたが、クモはささっと横にそれたのでクモを潰さずにすんだ。きっとこのクモは私が地獄に落ちたときに糸を出して救ってくれるに違いない。

外に出ると、アスファルトで舗装された農道はユラユラと遠くで歪み、その道を歩く間はずっとアブラゼミとクマゼミの混成2部合唱が聞こえてくるのだった。この道はどうやらコンサートホールでもあるらしく、日没後にはアマガエルとスズムシらによるアンサンブルが演奏されていた。


5日目:おしゃべりなおばさん

野生生物による歓迎の次は親戚の訪問である。父の実家を訪れる親戚は皆おしゃべり好きだ。今回はおばさん夫婦がやってきた。

彼らのおしゃべりは夏の暑さにも決して霞むことのないすさまじさを持っている。おばさんが口を開けば仕事のこと、介護のこと、家のこと、私の幼少期のこと、30年以上前の事件など様々な話題が5分毎にシャッフルされて提供される。ポッドキャストでもこうはなるまい。そんな中でおばさんにひとたび悩みを相談すれば、たちまちおばさんの苦労話に変貌し、悩みを話す者と聞く者は逆転する。好き放題たくさん話したわりに、結局大した結論もないのもおばさんと会話の特徴だ。

一方でおじさんは知的な策でおしゃべりを吹っ掛ける。おばさんから出たワードに反応した人にターゲットに狙いを定め、関連する話題で個別に会話を始めるのだ。私が反応すれば、その話題をおじさんと始め、一旦会話が終結したときにおばさんの会話に合流する。そうした手法によっておじさんはおばさんに飲みこまれずに親戚と話すことを可能にしている。極めて知性ある話し方だ。

だが、場合によっては奇妙な構図も生まれることがあった。対面で話していた状況ががいつのまにか対角線に変わっていることもあったし、おじさんと私と父の3人で話しているにも関わらず、なぜかおばさんは1人で話し続けるなんてこともあった。

おばさん夫婦も夜もふければ帰ってしまう。あんなに騒がしかった居間は父と私2人になれば静かなもので、時計の針がカチカチとかすかに鳴るだけだ。


6日目:プロメテウス

実家滞在最終日の6日目。それなりに早く起きたので朝食は父と共にラーメンを食べに行った。おいしかった。

その足で我々は先祖代々之墓へ向かう。1年ぶりに見る我々の墓はそこまで汚れておらず、スズメバチとアシナガバチがいる程度のことだった。彼らは毎年我々の墓をねぐらにしているのだが、もしかすると彼らがいるから墓はきれいなのかもしれない…とこの文章を書いていて、ふと思った。

だが、そのときの我々は彼らに見向きもしないで、墓の上から桶の水をだばーっと流し、花をささっとお供えし、適当に手に取った過剰とも言える本数の線香にバーナーで火をつけ、「ウリャ」と香炉にぶっ刺し、数秒手を合わせて踵を返した。とにかく暑いのだ。これくらいスピーディーに動かねば体力が持たない。

その日の、西の空だけが橙色に染まり、玄関前の白い石が青みがかって見える薄暗さとなったころ、父と私は素焼きの皿に松の木を井の字状に重ね、紙を敷いてマッチで火を放った。いわゆる迎え火である。

普段なら木に燃え移ることなくたちまちに消えてしまう炎はめずらしく燃え続け、木まで火を灯した。素焼きの上で燃え盛る炎はオレンジ色に光を放ち、その煙は空へと立ち昇る。

炎とは熱エネルギーがあまりにも大きすぎるために電磁波を外部放出する過程であると聞いたことがある。逆説的にそれほどまでに巨大なエネルギーを使わねば死者を迎えることはできないということでもある。「なるほど、よくできたものだなあ」と私は炎を眺めながら考えていた。この炎から生ずる煙をたどって、今年も帰ってきたのだ。


こうしてお盆休みの2/3が過ぎた。それでも私の冒険はなお続く。クライマックスを見届けるまで。
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