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せっかち風呂と、セロリ。|夫婦エッセイ

夫の行動の中に、どうしても受け入れ難いものがある。

それは、私がお風呂に入っている時、常に急かすようにされることだ。

私はそれを、ここで「せっかち風呂」と呼ぶことにする。

子どもが入った後、私も続いて入るのだが、その入浴時間と「夫がどうしても入りたい」時間が重なる時がある。

夫は、私がお風呂から出て脱衣所で体を拭きあげ、これから服を着ようとしているタイミングで服を脱ぎ始めようとする。

私としては、着替え途中の裸を見られるのが嫌だし、ゆっくり化粧水で整いたい。

5分もかからない私の身支度を、どうして待ってはくれないのか?

いつもそう思う。

なんなら最近は、この不可解な行動がもっと前のめりになってきた。

つい先日なんて、私がまだ体を洗い終わって、流している途中で入ってきたのだ。

先に言っておく。

夫は別に、私の裸が見たいとかではない。

全然ない。と思う。

私はちゃんと、口で伝えている。

「妻が身支度している時に入ってくるのは、デリカシーがない。やめてほしい」と。

子どもがお風呂に入っている時、私が一緒になって入っていくのとは訳が違う。

違うの。分かりますよね?

そして何より、私にとってお風呂は、ゆったりくつろぐ場所。

回復の場所だ。

それなのに、なんだか「急かされている」その空気感が、どうしても不快なのだ。

「ああ、そうか。夫は帰宅も遅いし、早くお風呂に入りたいんだよな。自分が入りたいタイミングで妻に先に入られていたら嫌だよな」

そう思って、「先にお風呂入る?」と声をかけることもある。

そういう時に限って、夫は、

「いや、先に入っていいよ」

という。

それなら……

ゆっくり入らせてくれよぉーーーー。




ところが。

そんな夫の謎行動が理解できる出来事があった。

先日、義理の両親が泊まりに来たのだ。

そこで目にしたのが、夫と同じ「せっかち風呂」の光景だった。

ギョッとした。

それを、義理の両親もそのままやっているのだ。

ただ、私たちの場合と違うのは、
お義母さんの方が急かす側であったこと。

思わず笑った。

たしかに。

お風呂でなくとも、夫のお義母さんは常に周りの家族のことを急かしていた。

元々せっかちということは、否めない。

だけど、その「せっかち風呂」の件だけで言えば、義理の実家の生活スタイルが大きく関係しているように見えた。

彼のお義父さんは、魚の養殖をしていた。

彼のお義母さんは、みかん農家をしていた。

つまりは、一次産業。

体を使い、汗を流し、クタクタになって帰ってくる仕事だ。

朝は日が明ける頃に出勤し、夕方には帰ってくる。

そんな生活だった。

帰ってくるやいなや、一番に汗を流したいだろうし、体を使った後の晩酌は、きっと何よりの至福の時間だったのだろう。

暑い中、汗水流してくるので、夏場に湯船に浸かるという文化はない。

サッとシャワーで済ませ、我先に、
その至福の時間へダイブしたかったのだろう。

義両親の「せっかち風呂」を眺めながら、そんな光景が目に浮かんだ。





一方で。

我が家の文化は、こうだった。

私は、一人っ子ということもあって、
急かされることはまずなかった。

いつでも自分のペースでできていた。

食べるのだってゆっくりでよかったし、お風呂だって心ゆくまでくつろいでいた。

何より、私の母の実家には「ごゆっくりどうぞ」の文化があった。

だから、それがそのまま私の家庭の中にも流れていた。

それはそれで、夫にとっては不快だったのかもしれない。

「どうして人を急かすようなことをするの? 『ごゆっくりどうぞ』のはからいがあってもいいじゃない」

そう思う私の横で、

「次にお風呂を待っている人に、一秒でも早く明け渡してあげよう。その文化は、君にはないのかい?」

と、心の中で思っていたのかもしれない。

文化って怖い。

知らないって怖い。

思い込みって怖い。

もしかしたら、それが積もりに積もって、家庭が崩壊する原因になっていたかもしれない。

ひいてはこれが、世界戦争の種だったのかもしれない。

そんなことを思いながら、

でも、

不快なのは不快なのだ。


夫にちゃんと伝えようと思った。



「育ってきた環境が違うから」と。


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