ヨルシカ「プレイシック」を聴いた感想
私はヨルシカが好きで、アップルミュージックにあるヨルシカの曲は全て聴いていると思う。新曲がでると、いつもウキウキしながら再生ボタンを押している。
ヨルシカの曲は、繰り返し繰り返し聴いて、じんわりと、いいなあと思うことが多い。身体に染み込んでくるというか、馴染んでくるというか。この「プレイシック」の曲は、この感覚が顕著に現れた一曲だった。
始まりは、(多分)トランペットの音が印象的で、なんだか朝ドラの主題歌みたいだと感じた。そう、とにかく、よく晴れている朝の印象を、この曲から感じる。晴れている朝の爽やかさが曲調にあって、そして、私たちが時たま持つ朝の憂鬱さが歌詞にあるように思う。
ヨルシカの曲で、心の底から明るい曲はあまりないなあと思う。強いて挙げるなら「晴る」は、力強さを感じるので、明るいと言ってもいいかもしれない。しかし、ほとんどの曲は、切なさが根底にある気がする。
「プレイシック」も、なんともいえない悲しさを感じた。いつも、最初に聞くときは、歌詞を見ずに耳だけで楽しむのだが、「全部嫌になるくらい」「傘を掲げて、祈ってる」というフレーズがまず耳に飛び込んできた。歌詞を改めて見ると、「傘を揚げて、祈ってる」と聞こえてきたところは、正しくは、「晴れに傘を掲げて僕ら祈ってるみたい」だったが。
率直に、生きてると全部嫌になっちゃうことあるよなあと思った。傘を掲げて祈る、という行動はしたことがないけど、なんだかしっくりきた。そして、歌詞をみて、「晴れに傘を掲げて」というフレーズだと知ったとき、めっちゃいいじゃん!!と思った。
よく晴れた朝に、日傘機能も付いていないお気に入りの雨傘を掲げて歩くことができたなら、どんなに素敵だろうか。そして、そんな行動が当たり前になった世の中は、なんだかとても平和で、穏やかで、ほっとできる気がする。晴れになった日には、色とりどりの傘が道に現れる。そんな日の、人々が混じり合う光景は、とても綺麗なことだろう。田舎の車社会の地域だって、そんな日は車がとても少なくなって、みんな歩いて通勤するかもしれない。道が狭いところは、大変かもしれないけど。
そんな、突拍子もない想像が、ぽわぽわと頭の中に浮かんだ。晴れの日も傘を掲げることが当たり前になることはきっとないだろうけど、素敵だと思ったのだ。
全部嫌になるくらいの朝に、この曲は、寄り添うでも、突き放すでもなく、そうであったらいいなあ、という気持ちを呼び起こしてくれる曲だと思う。ああ今日も嫌だなあ、こんなことがあったらいいのに、と思いながら、曲に合わせて足が動く。そうしていたら、いつのまにか目的地についている。そんな、いつもの道のりに、ちょっとした空想を抱かせてくれる曲だと思った。
あと、Suisさんの「針みたい」の歌い方めっちゃ好き。カラオケで真似したい。
